第13話 感謝(一歩前進だろうか……)

 文化祭の話し合いは後半戦へと突入した。


 二年生はそれぞれのクラスが一つずつ出し物をする以外に、二年生全クラスまとめて一つの劇をすることに決まっている。


 全クラスと言っても、一クラスに数人ずつを代表で選抜するため、劇の参加人数は裏方も合わせてだいたい三十人程度になるらしい。


 なので、ここで選抜されるのは目立つ人間。それすなわち俺は対象外ということだ。このターン、俺を攻撃することはできない。


「次は劇の代表者を決めるよぉー」


 星山はきゃぴきゃぴしながら議題を提示していく。


「一組からは役者を四人、裏方を三人だすことになったよぉー」


「星山ー。何の劇をやるかはまだ決まってないのかー?」


 クラスの男子生徒が質問を投げた。


「そうなの。とりあえず、人を集めてそれから題目は決めるんだって」


 わいわいがやがやとクラスメートは思い思いに友達と話していている。


 星山はパンパンっと大きく手を鳴らし、全員の注目を自分に集めた。さすが星山。こういうカリスマっぽさは中学から変わっていないな。


「そこでね。みんな色々考えていると思うから、立候補でも質問でも何でも発言しちゃってぇー。ただし、手を挙げて私に指された人から順番にね」


 すると、数人が手を挙げ始めた。


「はい。竹下君」


「いやね。この辺で話してたことなんだけどさ。やっぱり、代表の一人に安野さんは外せないんじゃないかなって思うんだけど、どう?」


「え!?」


 眠気と闘っていた俺の肩をツンツンとつついて遊んでいた安野は、唐突に自分の名前を出されて驚きの声を上げた。


 バッとクラスメートが一斉に後ろを振り向いてきて、なんだか俺まで注目されてるみたいで、居心地が悪い。


 かろうじて安野の俺への一方的な戯れは見られていなかったようだ。


 安野は俺にギリギリ聞こえるくらいの音量で、フッと小さく息を吐いたかと思うと、例の表向きモードへと切り替わっていた。


「私で大丈夫なんですか?他にやりたい人がいらっしゃるんじゃ……?」


 なるほど。こいつにとって小さく息を吐くのが切り替えの合図だったりするのかなと勘繰ってみたりするが、実際のところはまだわからん。


「大丈夫!この四人の中に安野さんは入るべきだよ!なあみんな?」


「ああ。安野さんしかいねえって」


「完璧美少女の安野さんが代表じゃなかったら、一組全体がクレーム入れられるだろ」


「うん。安野さんならうちらも文句なんて言えないよ」


 教室中から男女問わず、安野への推奨の声が溢れていた。こいつら安野のこと好きすぎだろ。


 女子なんかはうわべだけ取り繕って安野を褒めているのかと思いきや、違うらしく、心底推薦しているようだ。


 女子の腹黒見分け検定一級を取得している俺が言うから間違いない。ちなみに非公式。


 女子にとって安野は嫉妬をとうに通り越して、憧れすら追いつけない高みへと昇っているらしい。レベル6まで到達してしまったか。


 話のベクトルを戻すが、クラスメートからの絶賛を受けて、安野は視線を彷徨わせ、どうしたらいいのかわからないといったようにおろおろしていた。


 安野はあまり乗り気じゃなさそうだな。


 嫌なら嫌だと言えばいいのに、おそらく普段みんなの期待に応え続けた軌跡が足を引っ張って言い出せないんだろう。


 仕方ねえな。誰かに相対するのは目立って癪だが、それよりも知ってる女の子が辛そうなのを見てる方が虫の居所が悪いんだよ。


 上等じゃねえか。今から敵になってやる。無関心から嫌悪へレベルアップだ。


「え、えと……」と言い淀んでいる安野を横目に俺はダンっと勢いよく立ち上がった。


「いや、お前ら一方的に話すだけじゃなくて、安野の意見も聞いてやったらどうだ?」


 うっわ。恥ずかしい。全員俺を見てる。俺という存在証明がなされている。そんな喋るツチノコを発見したみたいな顔でこっち見ないで。


 隣で縮こまっていた安野も立ち上がった俺を上目遣いで覗いている。


 みんなに視線で殺される。


 慣れない注目に委縮していると、一人の男子が荒々しく口を開いた。


「えーっと。お前はーわっしょい君だっけ?ダメだよ。みんなに水を差すようなこと言っちゃ。ノリ悪いよ」


 誰だよわっしょい君。俺はそんな祭りみたいな名前になった覚えはない。どちらかと言うと祭りからは縁遠い人生を送ってきたまである。


 ケラケラと教室が嘲笑で満たされていき、俺もどうすればいいかわからなかった。安野のこと言えねえな。


 そんな様子を見かねたのか、クラス委員の星山が助け舟を出してくれた。


「まあ、でも確かに和瀬君の言うことも正しいじゃない。ひまりんはどう?もしひまりんがだめでも私がいるから大丈夫だよ。このふ・う・か様が☆」


「おいおい。星山じゃ安野さんの代わりは務まらんだろー(笑)」


「そうだそうだー」


「ちょっとーそれどういう意味ー?(笑)」


 星山は上手く矛先を自分に向けてくれたおかげで、何とか窮地をしのがせてもらった。後でお礼言おう。


 ただ、一人だけ星山いじりに不服を持つ者がいた。


「何を言っている。風花は可愛い方だろ」


 ぶっきらぼうに、さぞ当たり前の事象を説明するかのように口を出した御影は真剣そのものだった。きっと下心とかがない純真な感想なのだろう。


 それを聞いた星山はみんなに見られているにもかかわらず、顔をリンゴみたく真っ赤にし、両手で頬を隠した。


「ちょ、ちょっとシュウ。な、何言ってるの、場所考えてよ……」


 そう言われて、御影はようやく気付いたのか、同じように顔を赤くし「ま、真に受けるなバカめ。じょ、冗談に決まっているだろ」と強がっていた。


「ひゅーひゅー」とクラスメートたちは捲し立てる。


 完全に俺らのこと忘れられてるな。


 ふと左隣を覗き見ると、緊張が解けたのか、安野の表情は幾分かほぐれていた。


 そして、意を決したのか、手を真っすぐ天井に向けた。


「あっ、ひまりん。どうぞ」と星山。


「皆さん、私を快く推薦してくださりありがとうございます。ここまで言ってくださるので、謹んでお引き受けしようかと思います」


「おおぉぉぉ!!」と教室中が盛り上がる。


「でも期待しすぎないでくださいね。私演技なんてできるかどうかわからないですし……」


 嘘つけ。めちゃくちゃ演技上手いじゃねえか。好きでもない男に躊躇なく胸を貸せるし、なんなら本当に幼馴染みたいだったし……って痛い。


 俺の心の中読んで、見えないところで足踏むのやめてくれますか。バレなきゃ足踏んでいいのはサッカーだけだ。ってこんなこと言ったらサッカー部に消されちまう。やべえ。


 他の奴らの反応も、安野の実力は知らないが、絶対できるよ安野さんならとエールを送っていた。そのエール逆にプレッシャーになりそうで、俺ならとっくに音を上げているだろう。


「ありがとね、ひまりん。もし何かあったらいつでも頼ってくれていいからね☆」


 嫌みのない天真爛漫な笑みで星山は親指を立てる。


 それを受け、安野は落ち着いた笑みのままガラス細工のように繊細な身振りで腰かける。


 先ほどクラスに波風立ててしまった俺に対する非難も特になく、話し合いは代表者の件を引き続くことになった。


 ふうっと息を整えた安野に、俺は彼女の方を向かないまま口だけを動かした。


「劇に出るのか」


「ええ。確かにいきなり名前を出されたときはびっくりしたけど、別に嫌って程でもなかったもの」


「さいですか……」


 どうやら俺の渾身の発言は無駄骨だったようだ。


 はあーとため息を吐いていると、「でも……」と安野が付け加え、出し抜けに俺の耳元に唇を寄せてきた。




「かばってくれたのは嬉しかったよ……」




「~~~~~~~~~ッッッ!!!!?!!?」


 俺は周りに気づかれないよう音を立てないことに一生懸命で、ビクッと間抜けに彼女から二十センチほど距離を取ることしかできなかった。


 囁かれたときの彼女の甘い吐息が、脳内を伝って、耳の神経が何度も反芻して、根強く残っている。


 俺の耳を吐息でぞわっと撫でた安野はいたずら好きの先輩みたいな笑顔を浮かべていた。


 彼女の不意打ちにまんまとやられたことによる忸怩たる思いを誤魔化すためのセリフしか言えなかった。


「い、今のは本音か?それとも年上ムーブの一環か?」


 それを聞いた安野はニマリと目を細め、「さあ。どっちでしょうね?」とからかってきた。


 くそっ。調子狂うな。


 これ以上話し続けると、恥ずかしさが限界突破してしまいそうだったので「寝る」とだけ言って俺はなんとか腕を枕に顔を伏せた。


 それから五秒もしないうちに、安野は「感謝くらい素直に受け取ればいいのに」と呟き、俺の背中に指で文字を書き始めた。


 全部で五文字。


 俺はのび太じゃねえんだからそんな一瞬で寝れねえんだよ。


 そういう言葉は俺が寝たのを確認してから書けよ。恥ずかしいだろ。




『ありがとう』なんて……

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