第9話 怠惰担当の妹と家庭的な安野
俺たちは一緒に下校し、一緒の駅で降り、一緒に俺の家まで来た。
俺の家は安野の超高層マンションとは程遠い普通の一軒家だ。そんな舐めるようにくまなく観察してても何も面白いものはないぞ。
「これが界人の家かー。何か幼馴染が隣に住んでそうな家だね」
「いや、知らんけど」
褒められているのか貶されているのかわからない感想を述べた安野を横目に流し、俺はいつも通りにドアの鍵を解錠し、からんからんと開ける。
そして、俺の視界に映ったのはリビングからちょこんと顔だけ出した妹の音夢の姿が。とっくに学校から帰ってきてたのだろう。
「お兄ちゃん遅いよ~~~。お腹空きすぎて死んじゃいそうだよ~~…………って誰そこの美人な方は?」
そう訊かれて俺が安野を紹介しようとした刹那、彼女にグイッと袖口を引っ張られ、小声で俺に詰問してきた。
(ちょっと。妹さんいるなんて聞いていなかったんですが)
(あ。そういえば言ってなかったな。でもそんなに焦ることか?)
(焦りますよ。だって妹さんいたら幼馴染っぽく振舞うとかできないですよ)
(あー。確かにそうだな。じゃあ、とりあえず安野は表向きモードで対応してくれるか?)
(人を裏の顔があるみたいな言い方しないでくれますか?)
(いや、だって実際ドえ……)
「和瀬君の妹さんですね。いきなり押しかけてしまい申し訳ありません。私は安野ひまりと申します」
安野の変わり身の速さを見るたび、光る才能を感じる。光りすぎてすでにムスカの目がやられているまである。
彼女の懇意な挨拶を受け取った音夢は、タッタッタっと早足でこちらへ近づいてきて「これはこれはご丁寧にどうも~」と宣っていた。
人様の前ではこいつも猫被るのか。確かに家から出たがらない習性は猫そっくりだな。
ほぼ猫の音夢は俺を一瞥した後、見損なったと言わんばかりの眼差しで俺にこう言い放った。
「お兄ちゃん……。刑務所のごはんは臭いらしいよ」
「なんで俺が捕まる前提なんだ!?」
「だってお兄ちゃんがこんな可愛い女の子家に連れてくるとか、法外な手段をとったとしか考えられないよ!」
「なわけあるかっ!俺が何やらかすって言うんだよ」
「…………拷問とか?」
「せめて詐欺とかにしてくれない?実の妹が言うと俺の人格を疑われかねないからっ!冗談に聞こえないからっ!」
「だって彼女の作り方を図画工作で習おうとしてたんだよ~。完全にサイコパスじゃん」
「わぁぁぁぁぁぁぁ。もうお前何も言うな!」
これ以上ないぐらい狼狽した俺は慌てて音夢の口をガバっと両手で塞いだ。
そんなギリギリ冗談で済む茶番を目の当たりにした安野は、演技なのか素なのかわからんが、クスっと笑みをこぼした。
「妹さん面白いですね」
「毎日見てると飽きるぞ……」
俺は駅前で買ってきた極上……より少し安価なメロンパンを音夢に差し出し「これあげるからあっち行っといで、バブルスライムや……」と窘めると、音夢はにへらと原作リスペクトな笑顔で立ち去って行った。
ただ、俺たちもいつまでも玄関にいるわけにはいかないので、結局音夢についていくようにリビングに足を運んだ。
********
リビングではテーブルでしもふりにく、ではなくただのメロンパンにありついている音夢がぼーっとテレビを見ている。
その様子を尻目に、俺は小声で安野にある提案をした。
(なあ安野)
(何ですか和瀬君)
(提案なんだけどさ。下の名前で呼んだりボディタッチは無理でも、幼馴染っぽい行動は取れるんじゃないか?)
(というと?)
(料理とかどうだ。今日も晩御飯は俺が作るつもりだったが、男の家で料理するとか幼馴染っぽいだろ?)
(あ、その……料理ですか……)
(あ、いやもちろん安野が嫌ならいいんだ。事情はどうあれ安野は客だ。家の者がもてなすのは当たり前だしな)
メロンパンしか見えていない愚妹もいるが。
(その……私料理できないんです)
(え?そうなのか?意外だ)
成績優秀、運動神経抜群の完璧超人かと思われた安野にも苦手なものはあるんだな。さしもの安野も人間ってことだな。
(なのでその……他で何か手伝えることがあればそちらに従事します)
(って言ってもなぁ)
安野は借りを作るのが好きではないということが最近わかってきたので、ここでただ待っとけと言われたらそれはそれで苦痛に感じるだろう。
俺は安野にできそうなことがないかと辺りを見渡していると、ふと、メロンパンを食べている音夢が目に入った。
具体的に言うと、テーブルの上にポロポロとメロンパンの欠片を地味にこぼしているのだ。
それを見て閃いた。
(ならちょっとこの家の掃除を手伝ってくれないか?)
(掃除なら任せてください。なんせ数々のごみを葬ってきましたから)
(そのごみって人間は含まれてないですよね)
(さあどうでしょう?)
(意味のない含み笑いやめて!)
安野は音夢に掃除用具のことを尋ねに行き、数分後、音夢も一緒に掃除の準備万端の格好で現れた。
それを軽く見届け、晩御飯の支度に取り掛かろうとしたが、俺は見逃さなかった。何をかって?
それは安野の制服エプロン姿だよ。
黒のエプロンに身を包んだ安野。彼女の髪は、作業しやすいようにポニーテールにまとめられている。そこから覗く白いうなじはどこか艶やかで、やましいことはないが、つい目を逸らしてしまう。
それに、エプロンを着ているというだけで、家庭的な側面、例を挙げると、奥さんをもった気分になる。だが、同時に制服が学生であることも主張してくるので、このコントラストが魅惑の世界へと誘ってくるのだ。
制服エプロン、あり。
「どうですか?似合ってますか?」と体を左右に揺らし、ふりふりと見せつけてくるので、正直な感想を吐いた。
「あ、ああ。可愛いな」
すると、安野は「え?あ、その……そんな直球で返されると思いませんでした……」と呟き、居心地悪そうに前髪の毛先をちらちらと弄っている。
かくいう俺も、言ってから今のは狙ってるみたいな言い方じゃないかと自分の発言の浅はかさが恥ずかしく思えて、それを誤魔化すように頬を掻いた。
なにやら音夢が俺と安野へ交互に怪しげな視線を送っている気がするが、気のせいってことにしよう。うん、現実逃避大事。
この微妙な空間から脱出しようと、俺はキッチンへ向かおうとするが「ちょっと待ってください」と安野に呼び止められ、立ち止まると、
「ここ。ほこりついてますよ」
と胸元に手を伸ばし、つまんでほこりを取り除いてくれた。
だが、その際、安野は俺に近づいてきたゆえ、至近距離で、彼女が見上げる形で目が合ってしまった。
安野が美少女ということもあり、彼女の上目遣いは俺からすれば非常に落ち着かなかった。
にもかかわらず、安野は何食わぬ顔でけろっとしているので、彼女に悟られないよう、羞恥が顔に表れる前に背を向けた。
俺じゃなかったらうっかり恋に落ちてるところだったぞ。
というかこれじゃあ幼馴染というか夫婦なんじゃ?
いやいや、何考えてるんだ俺。俺の家に招いているのも、全部安野のためだろ。情けないこと考えるんじゃねえ。
人知れず、気合を入れると、さっさと晩御飯のカレー作りに勤しんだ。
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