19話♡:まぁこういう襲うのに適したスキル持ちもいるよね。
■□■□
だいぶ時間が過ぎた頃になって、クラスメイト達がうつらうつらとし始めて、壁を背にして、本格的に寝始めるヤツも出て来るようになった。
魔物がいつ出るとも限らない迷宮の中で、見張りも立てる相談もせず、次々に寝入るのもどうかとは思うけど……でも、休まないワケにも行かないのは確かではある。
出来る事なら施設の宿で休みたい、と言うのが、恐らくはクラスメイト達共通の本音だ。けれども、クラスメイト達は、お金を持っていないのだ。
だから、宿に泊まる事は出来ない。
魔物を倒せば魔石が手に入り、その魔石がお金になる、という事が施設に入って初めて分かった事だから、まぁそれは仕方が無いんだけどさ。
「ぐがっ……」
いびきをかきながら、鼻ちょうちん作るクラスメイトを見ていると、不思議と僕も眠くなって来た。少しひんやりしていて気持ち良さげな地面の感触のせいで、うつらうつらとしてくる。
このまま目を瞑れば、そのまますぐに眠れそうな気さえしてくる――のだけれど、今は我慢した方が良いと思い、僕は瞼を擦って耐える事にした。
エキドナが集めてくれる魔石の量によっては、僕はもしかしたら施設で眠れるお金を手にする事が出来るかも知れない。
だから、あともう少し頑張って起きていようと思うのだ。
それで、しばらくの間待っていると、やがてエキドナが帰還した。
「ぎぅ」
「……おかえり」
ごしごしと瞼を擦りながら、エキドナの体に括りつけたポーチを見ると、パンパンに膨れていた。中を見るまでもなく、大量である事が分かる。
ちょこまか、ステータスの確認をしていたから、けっこう倒してくれていたのは分かっていたけれど、直接その成果を見ると改めて感無量な感じがある。
「じゃあ……一旦換金しに行こうか……」
僕は施設への扉を出現させる。
と、その時だった。
「……俺の【
ふと、甘い匂いがした。
焼き菓子のような匂い。
誰もお菓子なんて持ってないハズなのに、確かに、そんな感じの匂いが漂って来て――急に、頭の中に薄ぼんやりと霧が掛かってくるような、そんな感覚に陥り、僕はがくんと膝を落とした。
それから、続いて、先ほどまでの眠気とは比べものにならないくらいの強烈な睡魔に襲われる。
「ぅぅ……」
僕は、呻きながら、指輪を使って出現させた扉に向かって手を伸ばす。
すると、ふいに、視界が遮られた。
誰かが僕の目の前に来たのだ。
「これで……好きなように出来る……俺の女にしてやる」
睡魔のせいで霞んだ視界になっていたせいで、よくは見えないけれど、縦に短くて横に大きいシルエットだけは分かった。
……僕の意識は、一時、ここで途絶えた。
■□■□
「いってえええ、くそっ! この蛇! こいつ眠らなかったのか!」
「ギュウウ!」
「くそったれ……これじゃ触る事すら出来やしねぇ!」
「ギッ!」
「いだだっ! いだい゛っ!!」
そんな悲鳴が聞こえて、僕はハッとして覚醒した。
慌てて周囲を確認すると、そこには驚くような光景があった。
エキドナが、クラスメイトの一人に噛み付いて居たのだ。
えっと……一体何が起きてるのかな……?
「くそっ、いい加減にしろ! この蛇――っゆ、勇気!」
エキドナに噛み付かれていたクラスメイトは、エキドナを振り解こうと必死になりつつ、僕の存在に気づいた。
「いやっ、その……別に、お前に何かしようとか、そういう事を考えていたワケじゃないからな?」
クラスメイトは僕を見るや否や、目を泳がせて動揺した。
それを見たエキドナが、噛み付くのを一旦止めると、僕の前に来て庇うような姿勢を取った。
その瞬間に、僕は、薄々このクラスメイトがどうしてエキドナに噛まれたのかを、理解してしまう。恐らく、寝てしまった僕に、イケナイ事でもしようと考えたのだ。
でないと、エキドナが噛みついたりするわけがない。
召喚主である僕に危険が迫っている、と判断したから、攻撃をしたのだ。
ただ……エキドナが勘違いした、と言う可能性もゼロではない。
ゆえに、念のために、確認を込めて本人に聞いてみる。
「……何で、エキドナちゃんに噛まれていたの?」
「いやっ、何がって、突然その蛇が……」
「……本当に? 僕に何かしようとした、とかそういう事は無い?」
「そ、そんな事は無い」
クラスメイトは、服の袖で額の汗を拭った。
エキドナと戦って汗を掻いたのか、真実がバレるかどうかで緊張しているから掻いた汗なのか、このクラスメイトは小太りだったので、どうにもそれが分かり辛い……。
「ねぇエキドナちゃん」
「ぎぅ?」
「この男は、僕に何もしようとしていなかったと言っているけれど、それは本当?」
「ぎーぅ」
エキドナに確認を取って見ると、首を横に振られた。
どうやら、ギルティのようだね……。
「なるほど。って事は――」
「――待て! そ、その蛇と俺の言う事のどっちを信じるんだよ!」
小太りのクラスメイト――あだ名は子豚にしよう。で、その子豚が、僕の言葉を遮るようにして、声を張り上げる。
明らかな狼狽えぶりに、僕はより一層と確信を得た。
その態度が、答えを言っているようなものだ。
「君を悪者にしても、エキドナちゃんには何の得も無いよ。ウソを言う必要が無い」
「し、知らねぇ。召喚した魔物だか何だか知らないが、所詮は魔物だ!」
息も荒げに、再び子豚は声を張り上げる。
大きな声だったからか、寝ていたクラスメイト達も次々に起きはじめた。
「……んあっ? 何だ何だ」
「何か甘い匂いしたと思ったら、ぐっすり寝ちまった。ああ、甘い匂いか。そういやお菓子食いてぇな」
「んなもんあるわけねぇだろ。ふぁああ」
甘い匂い……?
そう言えば、僕も甘い匂いを感じて、急に眠くなったような――
――まさか。
「……ねぇ、子豚、君のスキルって何?」
「こ、子豚ってなんだ! 俺はぽっちゃり男子だ!」
「良いから答えて。君のスキルはどんな効果あるの?」
「へっ……何で答えなきゃならない?」
「隠す必要あるの? 隠さなきゃいけないような効果だったりすんの?」
「隠さなきゃいけないワケじゃないけど、教えたくねぇ!!」
僕と子豚の言い争いがヒートアップする。
すると、起き抜けのクラスメイト達が、何だ何だと様子を見に来た。
「……ちっ。どいつもこいつも起きて来やがった。……ふぅ、なぁ勇気、これ以上はどちらの得にもならないと思うんだ。だから、一旦この話は水に流そうぜ」
クラスメイト達の目が気になったのか、子豚が、そんな事を言う。
どうにかして逃げようとしているのが、一目瞭然だった。
「ふぅん。逃げるんだ?」
と、僕が問うと、にちょり、と子豚が笑った。
「……逃げるとか逃げないじゃない。ただ単にこれ以上争っても勇気にも得は無いだろ。俺の優しさだ」
意味不明すぎる理屈ではあるものの、どうにか上手い事を言って、煙に巻こうとしているのだけは分かる。
「――うん? 何の騒ぎだ? 俺が寝てる間に何かあったのか?」
と、ここで、丁度良くゴリが起きて来た。
やたら人道的なゴリの事だ。
説明すれば、ケダモノ一郎の時のように、子豚に渇を入れてくれそうな気がしたので、
「その、実は――」
僕は、ゴリに、事態の説明をする事にした。
「あっ、待て待て! ゴリに言うのは――」
子豚が慌ててて止めに来たが、知った事では無い。
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子豚はクラスメイト達から抑え付けられ、膝を地面につけている。
今から、ゴリが子豚にスキルを使うそうなのだが、その際に逃げる事の無いようにする為らしい。
子豚が、苦渋に満ちた表情で、ぶつぶつと何かを呟いている。それが、ふと僕の耳に届いた。
「僕は悪くねぇ、僕は悪くねぇ。男なら誰だってああしたくなるハズだ。自然の生理現象ってヤツだろうが。遺伝子の保存本能だ」
何か気持ち悪い言葉を口走っている……。
僕が腕をさすりながら距離を取ると、ゴリが子豚の前でしゃがみ、目線を合わせた。
「ともあれ、何もやましい事をするつもりは無かった、と言うのがお前の言い分だな?」
「そうだっつの。何もやましい事は考えて無いってば。だから放せって」
「ならなぜ、勇気に自分のスキルの事を教えなかった? と言うか、俺らの誰もがお前のスキルを知らないんだが。……どんなスキルだ?」
「言う必要も義理もねぇ」
「なぜ隠す?」
「……なあゴリ、お前教師だろ? 俺の事信じてくれよ」
「分かった。信じる為に、今から俺のスキルを使うぞ? 俺だって生徒を疑ったままではいたくない。安心させてくれ」
ゴリの表情が真剣なものとなる。
「……俺のスキル【
言って、ゴリがスキルを発動させた。
すると、錆びた鉄で出来た、血涙を流す――
明らかに異質な雰囲気を放つそれに、その場の全員が、息を呑む。
鉄の処女は、大きく口を開くと、突如として賛美歌を歌い始めた。
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