第7話ニシノ1

土埃の中、大勢の叫び声が聞こえる。


若い男女の声。


いや、男女の声というよりは、獣の声。


歓喜の叫びだ。


激突する衝撃音。


大きな音。


やはり、若者の笑い声も聞こえる。


...ビュウウゥ...


...ガツッ...


...バシィッ...


風を切り裂くような音。


何かがコンクリートの壁に突き刺さり、破片が飛び散る。


シルバーに輝く楕円球。


質量も弾力もある。


...フォーーーン...


ホイッスルが鳴る。


和音のホィッスル。


「休憩~!。」


土埃の中を3人の男が歩いている。


中央の男が大きい。


3人とも白に青いストライプの強化スーツ。


スポーツの審判の姿だ。


右側の男は色黒で髪が短い。


筋肉質。


名札にはハセガワと書いてある。


「少しタイガーは、粗暴過ぎます。この子たちの中ならまだ何とかなりますが。」


「そうじゃなぁ。人様の中であれをやられたら。わしらまで捕まってしまう。あかんわ...。ガハハハハハ!。」


ハセガワは、真ん中の男の笑い声にひるんだ。


頭は禿げ上がり、首の辺りまで筋肉が盛り上がっている。


それが、男の首を余計に短く見せている。


丸い眼鏡から覗く目。


人懐こそうだ。


前歯が少し欠けている。


笑った時に見せる真っ白な歯は、男の人柄を表しているように思える。


大きな笑い声は、雲一つ無い澄んだ青空も連想させる。


肩を抱かれている男達は、大男のせいで小さく華奢に見える。


大男の名札にはニシノと書かれている。


ハセガワは続けた。


「最悪の場合、部分シナプス化や、コーパーソンズを考えなくてはなりません...。」


「ち、ちょっと待ってください!。3ヶ月前のタイガーを思い出してください!。変わったじゃないですか!。」


もう一方の男が声を荒げる。


名札にはキョイと書いてある。


黒縁のメガネのその男は色白で細身だ。


キョイは、神経質にメガネを押し上げると、捲し立てた。


「シナプス化〔※1〕とか、コーパーソンズ〔※2〕化とか...。まるで物を扱うみたいな言い方ですね?。彼らは我々と同じく知能を持ち、豊かな感情を持つ人間なんですよ?。」


〔※1 シナプス化:肉体を殺し、脳や神経を大型人工知能の回路(部品)とすること。〕


〔※2 コパーソンズ:下層市民や奴隷で優秀な者を、大型人工知能の1回路(部品)として使用すること。生きたまま埋め込む場合と、脳だけ摘出して埋め込む場合がある。あるいは、特定の肉体の代替知能として使用すること。〕


キョイが強い口調で言う。


大人しそうな外観から想像できないほど。


「危機感がまるで無い。まるで学園ドラマだな?。」


ハセガワは、吐き捨てるように言い返す。


「あんたはいつもそうだ。ザネーサー〔※3〕の時だって。」


〔※3 アトラの軍事兵曹〕


「ザネーサーの時?。どれだけ多くの尊い人命が奪われたか。おまえは忘れたのか?。」


「やめんか。あんた達が揉めてどうする。揃って反省室に入るのはだけはやめてくれや?。片付け終わったばかりじゃけんの。タイガーが散らかしたんを。ガハハハハハハ!。」


「しかし、所長!。」


キョイが、遮るように言う。


「ハセガワは最悪のことを考えてるだけ。タイガーはええ子じゃ。終わり。ガッハッハッハッ!。」


「所長!。し、しかし!。」


今度はハセガワが声を上げる。


「あかんぞ!。あんた達。あかん!。二人とももっと自分の弱点を自覚しなさい!。いつも言うとるじゃろがい!。」


2人が硬直する。


ニシノの声には迫力がある。


「ええか?。キョイ。おまえは、公平で誠実。おまえのすること、言うこと、考えることにはいつも愛がある。これは大切なこと。それに、腕も良い。技術も知識もある。ほじゃけん若いおまえにここまで任せとる。けど、危機感が足りない。人が良すぎる。最悪の時はどうする気じゃ?。想定外の時は?。人が亡くなったら?。どう責任を取る?。」


「それは...。」


「それにもっと愛想良くせい。笑え。おまえの優しさが伝わらないから、相手も不幸じゃ。」


「真剣にあいつらの事を考えているんです。分かって貰わなくても構いませんよ。」


「キョイよ。伝えねば。受け取れなんだら子供も寂しいままじゃ。まだ相手は幼い。受け取るんも上手じゃない。上手くこちらが伝えてやらんと。」


「......。」


「何(なん)もせんかったら反応は起きん。違うか?。」


キョイは、更にうつむく。


ハセガワは顔が綻んでいる。


「ハセガワ。」


「は、はい。」


「おまえは、論文、実験、技術、全部ワシ以上よのぅ?。」


「い、いえ。そんなことは..。」


「おまえとこの女の子?。えーと。あれや。いつや?。」


「はい。来月の3日が予定日です...。」


「もう来月か...。早いのぅ。」


「おかけ様で...。」


「あんたの奥さんや生まれてくる赤ちゃんに対する思いがどんなものか考えてください。どんな者でも愛される資格がある。権利がある。愛されない者...。どんなに可哀想か分かるか?。愛があり始めて人は人らしく、自然でいられるのじゃ。キョイのいつも訴えてることは、おまえの言うように無駄なものか?。」


「...。」


「おまえ達はワシが認めるええ人間や。じゃが、おまえ達もまた弱点のある人間。それを分かってお互い支え合って助け合って行かんと...。ん?。ワシもな。ガッハッハッハッ!。」


2人が激しく硬直する。


声が大きい。


「おーい!。ジェイ、ちょっとこっち来い。」


2人がまた硬直する。


ニシノが一際大きい毛だらけの生き物に声をかけた。


猿人のように牙が生えている。


土埃の去った場所にいる群衆。


ユニフォームらしき衣類を着ている。


ほとんどが人間の容姿では無い。


ジェイが近寄って来る。


のそのそと。


「タイガーはどこに行った?。」


ジェイは首を横に振る。


ニシノより1mほど大きい。


「父さん。タイガーは俺の手に負えないよ。あいつはダメだ。」


ジェイは人間の言葉を流暢に話し、お手上げという風な、仕草をした。


「でかい図体して弱気な。で、タイガーはどこにおる?。」


「また通信塔に登ってるよ。」


「どっちの?。」


ジェイが茶色い毛並みの腕で、施設の南東を指す。


「あ?。あかん...。無理だ。ジェイ、おまえ連れてこい。」


南東にある方の塔は200m以上の高さがある。


「え~嫌(や)だよ。タイガーに突き落とされるかも。」


「アホか。俺があんな高い塔登れんだろが。おまえはリーダーだろが。」


ニシノがゲンコツを固めると、ジェイは頭を下げた。


ニシノがゲンコツをしやすいように...。


ニシノは殴らなかった。


「わかった。ワシが行く。」


「誰か若い人に言ってもらってよ。」


「それこそタイガーに突き飛ばされて落ちたらどうするんや?。」


「キョイは?。キョイなら落ちてもいいじゃん。ムカつくし。」


「おまえ!。あかんぞ!。本気で言ってるのか。」


ニシノは唇を噛み締め、ジェイの腕を引いた。


そして、今度は躊躇無く頭を殴った。


...ゴン...


「い、い、痛てえ!。だってキョイはいつも怒ってくるんだもん!。」


「何を言うとる!。おまえは分かって無い!。キョイのこと。全然分かって無い!。あんなに優しい奴はおらん!。」


「は?。キョイが優しい?。何言ってんの?。意味わかんない。いいよ。俺が行くよ。」


「いや、いい。」


「え?。怒ったの?。」


「いや、分かった。いつもと違うんだな?。そういう時はボスの出番だ。お前のような小者の出番ではない。」


「え!?。汗。小者?。」


ジェイが不満そうな顔をする。


「ガッハッハッハ!。」


ニシノの笑いに、ジェイも飛び上がる。


ニシノの後姿は肩の筋肉が盛り上がり過ぎて首が見えない。


...ピシッ....ピシッ...ピシッ...


突然大気がスパークする。


「あかん。磁気嵐が来るかもしれんな。」


ニシノはジェイに言った。


この施設は、タルカントにある。


タルカントは、広大な砂漠地帯だ。


レムリア海に面している。


豊富な地下資源があり、二つの太陽の日照、そして、今は、更なる付加価値がある。


アスカ計画に関連する開発施設と人材のメッカ。


レムリア海沿岸には企業のプラントや研究施設が密集している。


大規模な研究施設は、海上にあるのが普通...。


灼熱の磁気嵐の激しいこの砂漠は、バグーの民 バグダディスにとって発祥の地であり聖地だ。


太古 バグダディスは、タルカントのオアシス タルカンドラに、首都を作り、大変な栄華を誇った。


古代 中期 バグーは、メッカであるタルカントを、当時絶大な勢力を誇ったシャイアン帝国に奪われてしまう。


シャイアン帝国の支配はその後8000年続いた。


シャイアンが、巨大な牛蛙モンタギューの群れに食い尽くされ、歴史に終止符を打つまで。


そして、バグダディスは、砂獣ヤーの力を借り、悲願のタルカント奪還に成功した。


しかし、今から600年前に、また、魂の土地タルカントは奪われてしまった。


軍事帝国アトラの強力な軍事兵曹によって。


タルカントは、その可能性と資源の豊富さ故に、常に、脅威に晒されている。


近年、アトラとバグーとの国境戦は、過去に例が無いほど激化している。


ニシノのこの研究施設は、タルカント砂漠の中に建造されている。


砂漠全体がこの施設を要塞化し守っている。


風によって形状の変わる砂の山脈は、人の視界を惑わせ、体力を奪う。


不定期に発生する磁気を帯びた猛烈な砂嵐は、戦闘機や航空戦艦を遠ざけている。


そして、民間では最強のスーパーシナプスフレーム コマチが、大演算で、この研究施設の存在を消している。


まるで、生き物が、擬態するように。


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「おまえのせいで死ぬか思たわ!。」


ニシノは梯子を降りよろけた。


ボールを持った格闘技とも言われるスポーツで、鍛えられたその身体と魂は、筋金入り。


しかし、還暦を越えている。


200mの塔への梯子の登り降りは想像を絶する。


...ゴツッ...


ニシノはタイガーと呼ばれる、少年の頭をゲンコツで殴った。


タイガーは一瞬鋭い目をしたが、すぐに視線をそらした。


意外にも、タイガーは、小麦色の肌にやや癖のある銀色の髪をした美しい人間の少年だ。


とても、ジェイを震え上がらせる存在には見えない。


「何だその目は!。」


...ガツッ...


ニシノは容赦無くタイガーの頭を殴った。


タイガーは泣いている。


「何を男のくせにうじうじ言っとる!。おまえがどれだけ恵まれているかわからんか!。」


ニシノはまたタイガーの頭をポカリと叩いた。


「タイガーは分かってます。父さん。もう許してやって下さい。」


「何で自分でちゃんと謝らない!。おまえは!。ジェイ!。大体おまえもなんだ!。おお?。」


「....ごめん。」


タイガーが小さな声で呟いた。


「....。分かったんか...。ん?。」


タイガーが頷く。


「おい、タイガー。ジェイ。父さんをハグしてくれ...。」


2人は素直に応じた。


...ゴキィ...


鈍い音。


「...痛あっ!。」


何かの折れる音...


「バカ!。加減せんか!。二人でギュッとされたら潰れるじゃろがい!。」


ジェイもタイガーも笑った。


もう一度二人を抱きしめた。


無言で。


ニシノ目が優しくなった。


『...博士。アトラの兵曹がこちらに向かってきます...』


ニシノの胸のラジュカム(アフロダイ通信機)が鳴る。


「何?。アトラの!。また来おったか!。今そっちへいく。普通のか?。」


『...い、いえ....軍事兵曹です。...』


「軍事兵曹!?。レベルは!?。」


ニシノは慌てて、建物に向かって走り出した。


『...そ、それが...。と、トリプルX超級で。...』


「トリプルX超級?!。ばか言うな!?。落ち着いてもう一度カウンターを読んでみろ!。そんな者が来たらここは一貫の終わりや!。」


『...二体とも、に、二体とも同じ。です。...』


「二体とも?...バカな....」

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