第155話『存在証明の欠損』

前回のあらすじ


ネームレスが何故、どのように悪魔憑きになったのかを見せられています。

小さい頃の彼は悪魔と2人だったけど、

顔が見えずともどこか寂しそうでした。

ネームレスは一体何を願ったの?



「…望みは…感情を知りたい。」


「ほう?」


小さい彼の後ろ姿は酷く寂しげで

後ろにいたエクスにも俯いたのが分かった。


「本で読んだ愛とか、大人と居る子供の笑顔や泣き顔の理由とか、自分は感じたことが無い。分からない。だから、知りたい。」


彼を一瞥した悪魔は目を伏せた。


「そんな事で良いのかい?」


「そんな事?じゃあいらないものなの?」


「まさか!

僕を喚ぶ者は皆感情というものに振り回されているのさ!感情は空っぽな自分を満たすものだよ。」


「空っぽ…知りたいな。」


「分かった。じゃあ君に感情を知る術を与えよう。じゃあ代償はそうだな……」


頷いた悪魔は暫く考え、

思いついたのか彼に視線を向けた。


「言わば

【存在証明の欠損】ってとこかな!」


「存在証明の欠損?」


「君は僕の力でこれから沢山の感情を他者から向けられるだろう。そこから感情を受け取れるようにしてあげる。

ただ、それは君自身へと向けられたものでは無い。」


「…?」


「他者を通じて感情を知るんだ。」


悪魔は理解をしようとしている彼の周りを

クルクルと歩き回る。


「君は他者から見て君という存在ではなく

別の誰かとして映る。君という存在はあるものの、他者から認識されづらくなる。」


(僕たちが知っているネームレスだ…。

僕に彼の姿はゼウスで映った。

でもネームレスという存在と認知は出来ている。)


「君も感情を知っていく内に、他者から感情を向けられ続けていれば次第に自分が分からなくなるだろう。それが写真や鏡に映った君だとしても。」


「それでも良い。今と何も変わらない。」


悪魔は彼を嘲るかのようにくすりと笑い、

彼の目の前で優雅に舞う。


「分かった。じゃあ本当の…

所謂、真の契約を結ぼう。」


「どうすれば良い?」


悪魔は首を傾げる彼の背中を押し、

魔方陣の上に立たせてから微笑む。


「僕に名前を頂戴。

君と契約する上での呼称とでも言おうか。」


「名前…」


「君には無いものを貰うことになるけど。」


彼は考える時間も少なく、


「自分を壊す奴だから、デストラクショ…

ディスト。お前の名前はディスト。」


名前を貰った途端、魔方陣が紫に輝き出す。


「ディスト!いいねぇ。

正直もっと変な名前付けられるかと思った!気に入ったよ!」


彼の目の前で手を広げ、ディストは浮かび上がった。


【我は強欲の悪魔、名をディスト=マモン。

契約に応じ、汝の望みを叶えよう。】


最初の頃の人ならざる者の姿になり、

彼の手をとった。


【代償は存在証明の欠損。

内容は伝えた通り。

己の破滅を栞とし、望んだモノを己に書き記すが良い。】


こくりと頷いた彼。

光っていた魔方陣は輝きを増していき白くなり、部屋全体を染める。


「まぶしっ」


エクスも思わず声に出すほどの眩さ。

しかし彼だけはその場で何も言わず立ったままだった。

ディストも人型に戻り、にこりと微笑む。


「はいっ!契約完了〜!

君は晴れて僕の正式な契約者となった訳だ!」


「あっそ。」


「いやん冷たい。」


「…」


「あ、そうそう。僕には本当の君の顔が

バッチリ見えるから安心して?」


「ふーん…」


「反応うっす〜!!」


(ネームレスにはやっぱりちゃんとした顔があるんだ…それなら契約の代償の力はどれだけ凄まじいんだろう。)


思考を巡らせているエクスの背後から階段を慌てているように駆け下りる足音が響いた。


「誰ですか貴方達は…!!?」


カンテラをもった牧師姿の男性は息を切らしているものの汗はかいていない。しかしその顔は酷く動揺していた。男性を見たディストは嫌そうに顔を引き攣らせた。


「げっ!ここ教会の地下だったのか。

全然のに!」


「な、貴方達は一体…

そもそも形跡すらなく此処に侵入するなんて不可能です!」


焦る牧師を見つつも


「あ、そうだ契約者。

君は僕の力を少し似せたものを使えるよ。

身を守る時に使いなさいな。」


と話すディスト。


「使い方分からない。」


「あ〜…」


「契約者?…まさか!」


身構えることをやめ、2人に近づく牧師は

カンテラを上げて2人の顔を確認した。

そしてディストを見て


「まさか…悪魔!?」


と驚愕した。


「(僕は今、完璧に人間に擬態している。

普通ならバレるはずないんだけどな。

契約者、としか言っていないから召喚士の可能性だってあるのに。)」


ちらりと彼を見ると、同じくディストを見ていたのでにっこりと微笑み牧師を見る。


「流石聖職者さんだ。バレちゃった。

でも殺意感じないんだけど?

悪魔だよ?僕。」


「…」


「驚きすぎて言葉が出ないかい?

君の行動次第ではすぐに殺しちゃうけど」


「お待ちしておりました、ずっと…!」


予想外の言葉につい驚いてしまう。


「えぇ?」


「…もしかしてこの儀式の道具を揃えたのって…」


彼の質問に牧師は頷いた。


「はい、私です。」


「うっそぉ…聖職者でしょうがアンタ…

ダメじゃないそれ?」


(お前が言うな)


つい突っ込んでしまったエクスだが、


(ネームレスとディストが契約したのは間違いなくこの教会。でも悪魔すら教会だと気付かなかった仕掛けが絶対にある。)


と思考を巡らせ話に聞き入る。


「私はこれ以上、嘆き苦しむ子供を見たくないのです。辛いのです。ですから、この命で何かを変えられるのなら変えたい。」


「ふーん…残念だけどもう本契約しちゃったから僕は暫く彼にしか力を貸さないよ?」


「えぇ、非常に残念ですが…

魔女の夜ヴァルプルギス・ナハトの方に違う悪魔の契約方法を伺おうかと思います。」


(魔女の夜ヴァルプルギス・ナハトだって!?)


ディストは眉間に皺を寄せ、


「僕以上に優しい奴なんて居ないと思うけどね。」


とそっぽを向いた。


「何張り合ってるの…。」


彼が呆れると牧師は彼に視線を向けた。


「それはそうと…

見たところ君は子供のようですね。家は?」


「無い、訳じゃないけど…。」


口篭ると牧師はカンテラを置き、

膝をついて彼と目線を合わせる。


「嗚呼なんてこと。

良ければ此処で過ごしなさい。

悪魔の事も喋りませんし口裏も合わせてあげます。」


「…」


困惑した表情でちらりとディストを見る彼。


「良い顔してんじゃん。

好きにすれば良いよ。

僕は此処に居るか鏡から君を見ているから。」


「………居て、いいの…?」


「もちろん。」


微笑んだ牧師に差し出された手を、

震える小さな手で握り返した。


【はぁいここまでぇ!】


ディストの声と共に再び目の前が暗転した。


【これで、彼は教会暮らしが始まったんだ。でも見た通り牧師は悪魔を呼ぼうとしていた。だから教会は見た目だけなんだ。】


「つまり?」


【悪魔憑きでも平気ってこと。

讃美歌も無ければ聖書の読み聞かせもない!ただの孤児院な訳さ!】


「もし、牧師が正常だったら?」


【彼は生きていないかもね。

まぁ悪魔ってバレちゃったあの時に殺してたよ。】


「でしょうね…。」


【そしておかしいのは教会だけじゃなかった。もう分かったかな?】


「え。おかしいところ…牧師?」


エクスが首を捻ると、嘲るようにくつくつと声が聞こえる。


【そうそう!

彼はそのまま、孤児としてあの子を皆に紹介したのさ。それも普通の人間を紹介するようにね!!】


「…?何かおかしい事?」


【あれ、エクス君麻痺してる?

僕との契約の代償は存在証明の欠損。

感情を知るために、他人が強い感情を持つ相手の顔になってしまうというものだよ。】


「あっ!!

牧師はそれに気づけていなかった!?」


【そう、彼はあの子の本当の顔を認知出来てしまっていた。それに代償も、願いも聞いていなかった彼は知れるはずもなかった。】


「何で伝えなかったんだよ…」


【契約者が言わなかったんだ。

言う必要ないでしょ?】


「…」


【普通に紹介されたあの子の顔は他の子にどのように映ったのか分からないけれど、

皆の顔が真っ青になり、驚愕し、逃げていったんだ。牧師はそこでやっと異変に気づいた。】


「ネームレスは?」


【初めての感情を理解したさ。

拒絶、嫌悪、疎外感を与えられた彼は

深い哀しみをね。】


初めて知れた感情が哀しみ、

もしも自分だったらと立場を逆転させて考えてしまうエクスは手が震えた。


【胸の奥がズシンと重くなったのを感じたと言っていた。進歩だよね。】


「傷ついてるじゃないか!そうなること、

分かってたくせに言わなかったのかよ。」


【僕は感情を知りたいって言われてるんだよ?守ってあげる、愛をあげる訳じゃない。感情は喜怒哀楽様々だ。守ってあげたら負の感情を知れないだろう?】


「それは…そうだけど…。」


【しかし、1人だけ逃げない子が居た。】


パチンと指を鳴らした音。

視界には彼と牧師、そして彼の目の前に驚いた表情1つせず棒立ちしている黒髪の男の子が立っていた。


「…」


「…」


「み、皆どうしたのでしょうか…?」


困惑した顔で黒髪の少年を見る牧師は


「君は大丈夫なんですね?



?」


と言った。

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