第156話『2つの宝石玉』
前回のあらすじ
ネームレスは感情が知りたいがゆえに悪魔と契約したらしい。
その代償は存在証明の欠損。僕の知っているネームレスはそうやって生きてきたんだ。
ただ、何故ネームレスの目の前にシュヴァルツと呼ばれた男の子が居るんだ?
…
「君は大丈夫なんですね?シュヴァルツ?」
牧師は目の前に唯一残った黒髪の少年に話しかけた。少年は小さく頷いた。
「…別に、皆がおかしいだけだと思う。」
「一体何が…」
牧師が困惑しているとシュヴァルツは持っていた本を胸の位置できゅっと持ち直す。
「…メルヴ先生、ぼく本読みたい。」
「えぇ、お昼まで自由にしていて下さい。
あ、そうだ。
彼の事をお願いしても良いですか?」
「…ぼくが?」
「えぇ。君になら任せられます。
私は他の子達を落ち着かせますので…」
牧師があまり動かない表情筋を困ったように動かした為、シュヴァルツは少し考えた。
「…何もしてあげられないと思うけど…。」
「いいえ、貴方なら大丈夫。
いつも助けられてますから。」
「…分かった。…名前、何?」
名前を聞かれた彼は首を横に振る。
「名前なんて要らない。
そのうち自分じゃなくなるから。」
「…?よく分からないけど…
呼ぶ時不便なんだけど…。」
「呼ばれることなんてない。
だから要らない。」
頑なに拒否された為、
シュヴァルツは早々に諦めた。
「…そう。ねぇ、本好き?」
「嫌いじゃない。」
「…じゃあ丁度いいや。来て。」
スタスタと1人で歩いていってしまうシュヴァルツ。その背中を見つめていたら背後から優しく手が添えられた。
「私も助けられるくらい、
彼は年に見合わない大人な子供です。
何か知識を得られるかも知れませんよ。」
「…」
その言葉で決意したようにシュヴァルツの
後を追いかけて行った。
「さて、どうしたものか。
皆が何故怯えたのかを調査する必要がありますね。」
…
シュヴァルツに連れられて来たのは小さな図書室だった。
「…古い書物ばかりで難しい言葉も多いけど面白いものが多いよ。」
「ふぅん。」
興味なさげに返答した割に彼は辺りを
キョロキョロと見ていた。
「…君はぼくと似てる気がする。」
「そう?」
「…うん。」
【それからシュヴァルツ君だけは周りの子と違って彼に普通に接し続けた。
ご飯を食べる時も、勉強している時も、
外で他の子が遊んでいる時には図書館で一緒に本を読んで。】
エクスの目には早送りで動く2人の姿。
確かに2人はずっと一緒だった。
【彼はシュヴァルツ君のおかげで心というものを手に入れ始めた。
物語にも感想を抱くようになり、お互いに感想を言い合って、時には喧嘩して、仲直りして。普通に、普通に過ごしていた。】
「…」
映像が霞みがかっている為、あまり顔は見えないが、確かに2人の口角が上がっているように思えた。
【でもさ、エクス君。
ここは孤児院。常に里親募集してる訳。】
「!」
早送りの映像は急に普通の速度になり、
シュヴァルツが1人で本を読んでいる時、
目の前に大きな影が出来た。
影の正体を目で追うと、気品のある立ち姿、身なりの良いスーツ姿に赤髪の若い男性が居た。
「…」
シュヴァルツと目が合った男性はにっこりと微笑み、後ろを振り向いて手招きした。
手招きに応えた者の足音は慎重で、小さなものだった。
シュヴァルツは音の発端から目を離せず、
じっと見やると、男性の足元にしがみつく男性よりも明るい赤髪の少女が居た。
ちらりとシュヴァルツを伺う少女。
その子は緊張と不安と期待。
それらが入り交じった顔をしていた。
「ほら、ヒメリア。ご挨拶して。」
男性がそう言って彼女の背中に手を当てる。
エクスはその名前に聞き覚えがあった。
「ヒメリア…えっ!?ヒメリア先生!?」
【男性はルージュ家当主、そして彼女が…】
ディストの言葉に続くように、少女は
「ひ、ひめりあ…るーじゅ…です。」
と弱々しく言った。
片手でピンク色の犬のようなぬいぐるみをもっていた。
「…」
驚いているのか、表情があまり変わらないシュヴァルツは彼女をじっと見つめることしかしない。
そんな中、男性はヒメリアの頭を撫でて優しく微笑んだ。
「よく言えました。
では私も。私の名はカイル=ルージュ。
王様の身をお城の外から守る者さ。」
「…おーさま。」
「そう、この国の王様。
私のお仕事はね、王様に向かって危ないことを考えている人達が居ないか目を光らせる事。」
「…へぇ。」
「だから忙しい時に、ヒメリアを寂しがらせちゃうんだ。そこでだシュヴァルツ君。
いきなりだけどうちの子にならないかい?」
「…」
小さく開いたままの口は動かず、
その内に牧師が戻ってくる。
「やっと見つけました…!
勝手に動かれては困りますカイル様!」
「はははっごめんごめん。
早く逢いたくてつい、ね。」
先程の質問の答えを求めるように
シュヴァルツに視線を向けたカイル。
「…ぼくを後継ぎにさせたいの?」
「!驚いた…その歳で後継ぎなんて言葉知っているのかい。」
途端にシュヴァルツの瞳が鋭くなる。
「…何でぼくなの。テストで満点だから?」
「うーん…(話には聞いていたけれど物静かで大人な子供だなぁ。これは嘘を言わない方が良さそうだ。)」
何か考える素振りを見せたことにより、
シュヴァルツの警戒度が上がる。
「それは別に、1番はヒメリアがね?
君が良いって」
「パパ!!なんで言うの!?」
「えっ言っちゃダメだったの?!」
「だめなのっ!
言わないでって言ったのに!」
頬をぷくっと膨らませてカイルの足を
ポカポカと殴ったあと、
「ママにパパが約束破ったって言っちゃうもんね!」
「えー!?
ママ怒ると怖いからやだよ〜!!」
「約束破ったのパパだもーん!!」
そのまま走り去ってしまった。
「そんな約束聞いてないんだけどなぁ…
はは、参った…。」
「はぁ…
ではヒメリア様は私が追いかけます。」
「すみません、お手数お掛け致します〜!」
ヒメリアを追いかけたメルヴの後ろ姿を見てからシュヴァルツへと視線を戻すと、
ヒメリアのように頬を膨らませていた。
「…わざとでしょ。
それに先生使わないでよ…。」
「(バレてるし娘にとても似てる…)
あ、やーごめんごめん。
君と2人になれた良いチャンスだからね、
本当のことを言いたくて。」
「…ほんとうのこと?」
「君は大人びているからね、濁したり匂わせたりするよりも直接言った方が良いと判断した。」
カイルは床に座っていたシュヴァルツの目の前にどすんと胡座で座った。
「私は後継ぎを選びに来たんじゃない。
自分で言うのもなんだけどまだ若いからね。」
「…」
「私は我が王を守れれば血筋なんてどうでも良いと思っている。あっ!これ内緒ね?」
「…(口軽だ。)」
「後継者候補なんていくらでもいる。
本当に、純粋に、ヒメリアの心の隙間を埋めてくれる弟になってくれる子を探しているだけなんだ。」
「…」
「私の妻は病弱でね。
あまり長く話すことが出来ない。
そして私は多忙で構ってあげられない。
メイド達とは年の差からか自ら距離をとっている。」
「…あの子、1人ぼっち?」
シュヴァルツの問に目を伏せるカイル。
「辛いことにね。その時間が日に日に長くなってしまうかもしれない。」
「…」
「だから、直感というかヒメリアが何か感じた子なら心を開けるんじゃないかって。
心を埋めてくれるんじゃないかなって。」
「…ぼく不幸オーラ出てたのかな…」
「何でそうなるの??」
どよんとしているシュヴァルツの小さな手にカイルは大きな手を被せる。
「そうじゃなくて、君が良いって思ったんだよ。お話したいんだと思うよ?」
「…ぼくで良いのかな…」
「君じゃないと。私の子供になってヒメリアを助けてあげてくれないかい?」
「…たすける…?」
「うん。君の力を借りたいんだ。」
「…」
助けるという言葉はシュヴァルツを動かすには十分で、彼は何も言わずにカイルの横を走り去った。
「あっ!?シュヴァルツくん!?
…ヒメリアの後を追ったのか。」
カイルも足早に後を追うのだった。
【ルージュ家当主、
今でも厄介な存在だよほんと。】
ディストに疑問を持ったエクスは問いかける。
「そ、そもそも何でお前がこの事を知っているんだよ。」
【僕は契約者の周りに鏡があれば移動も顕現も自由なんだけど1番はね?】
再び動き出した映像。
シュヴァルツが居た場所の後ろの本棚から
俯いた少年がゆっくりと歩いてきた。
「!…ネームレスは聞いていたんだ…。」
【その通り。
盗み聞きしてしまった彼の影に潜んでいたから知っている。】
「…」
エクスは悲痛な面持ちでネームレスを見る。
「シュヴァルツ、君はそっちを選ぶの…?」
彼は呟いて重たい足取りでシュヴァルツが読みかけていた開いたままの本に目を向けた。
とある文章が気にかかったのか、
悪魔に声をかける。
「ねぇディスト。」
「ん?どしたの契約者。」
「大人になればなるほど
子供の頃の記憶は無くなっちゃうの?」
「人間は記憶媒体が弱いからねぇ。
例外はあるけど難しい話をするなら長くなる。だから簡潔に答えはYESさ。」
「そんな…どうしよう、ここからいなくなったらシュヴァルツはここでの事を忘れちゃう?」
「可能性は高い。否定が出来ないね!」
「そんなの嫌だ。どうしよう…
どうしようどうしようどうしよう!」
【この時、契約者が心に惑わされた顔を
初めて見たんだよね。】
「ネームレスの心を作ったのは
シュヴァルツさんだったんだ…。」
【そんな彼が自分を置いて行ってしまうどころか忘れてしまうと来た。
表情筋が接着剤で固定されているかのような子があんな顔をするとは思わなくて面白くて。1つ、提案をした。】
「契約者、代償を追加で払えば
君の願いを叶えてあげれるよ。」
「代償…何すれば良い?」
「願いによるなぁ。
願いを先に聞きたいなぁ。」
「本当はシュヴァルツとずっと一緒に居たい。でも…彼の幸せが手に入るのなら…
大人になっても自分のことを忘れないで欲しい。」
「え?それだけ?」
「うん。あ、あと出来れば感情をもっと出しやすく…子供っぽさを出してあげて欲しい。」
「またまた何でだい?」
「シュヴァルツが言ってたんだ。
何回か自分のことを見に来た大人が居るけど、子供っぽくなくて気味悪がられたって。」
「随分と他人思いだね君は。
分かった。あまり此処で顕現したくないけど!」
文句を言いながらもディストは彼の影から人間体へと姿を変えた。
そんなディストは手を握っており、彼に差し出す。
「はいこれ。」
手に落としたのは紫の包み紙を纏った飴玉だった。
「…飴?が2つ。」
「1つは彼の。
1つは君のさ。」
「どういうこと?」
思っていたことと違うのか、
彼はディストを睨みつける。
「こわいなぁ…そんな怒らないでよ。
これを食べるとあら不思議。
周りの子供みたいにはしゃげて泣ける代物さ。」
「何でシュヴァルツのだけじゃないの?」
「代償だよ、だいしょー。
決めた代償は【自身も同じ目に遭う】ことさ。だから2つ。」
「趣味悪…」
「褒め言葉♡
食べる事を拒否しても僕が操って食べさせちゃうから意味ないよ♪」
「代償なら受け入れる。」
ディストが視線を外している内に包み紙を解き中身を口に含んだ。
「えーーー適応能力高すぎ〜!!!
契約者のそういうとこ好き〜〜!!!」
【と、まぁこんな感じ。】
「あの飴のせいでシュヴァルツさんは…」
【そう、全ては彼の願いの力さ。
自身もそうなっちゃった訳だけど。
それはさておき、シュヴァルツ君の旅立ちが近くなるにつれて彼は焦りを覚え始めた。】
パチン
「…」
エクスの前には月夜に照らされた白いベッドの横で蹲っている彼の姿が。
「どうしたの契約者。
浮かない顔だね。」
「…シュヴァルツ、
もうすぐ行っちゃうって思ったら…」
「寂しい?」
ディストの問に小さく頷く。
【はは、驚いたよね。
素直になっちゃってまぁ。
可愛げってのが出てきたんだ。
若干飴のせいなんだけどさ。】
(お前のせいじゃんか。)
エクスの考えと並行し映像の中のディストは嬉々として話す。
「ねぇ契約者。
あの子の記憶にも残れて彼を足止め出来る術が有るとしたら君はどうする?」
「払える代償…もう無いもん。」
「願いじゃないよ。
用意したら叶うものさ。」
「……何それ。」
「僕の使い魔を貸してあげる。
ただ代償の力が無いと簡単には呼べない。
だから用意して欲しいものがあるのさ。」
「…何すればいい?」
「まず今から言うものを揃えて欲しい。」
「子供が揃えれるもの?」
「正直厳しい。
だから味方に力を借りよう。」
「味方?」
「居るじゃないか。
とっておきの大人な味方が。」
「あ…。」
【彼は直ぐに分かっただろう。
だから僕は“悪魔が世話になっているから少しだけ願いを叶えてあげる”って言ってたと伝えてもらった。】
「誰へ?」
【彼へ。】
指が鳴ると、目の前には
「メルヴ=メルヒェン…!」
彼と向き合う牧師が居た。
「私の願いを…?」
「うん。先生のお願いの1部を供物さえあれば手伝ってあげるって。」
「まぁ何と言う心変わり。
そうですね、私の願いは…
君のような悲しむ子供を減らしたい。
出来れば無くしたいのです。」
「…」
言葉に迷っていると、
メルヴは優しく微笑み彼の頭に手を乗せた。
「なんて。私を駒にしたいのなら素直にそう言いなさい。」
「えっ」
「君の考えていることは分かりますよ。
死者を出さないと言うのなら手を貸しましょう。」
「うひゃー話のわかるてんてーだね!」
牧師は少年の影から出た声に目を向ける。
「それで?何をすれば宜しいので?」
「えっとね、
Sランク以上の魔物の心臓が無いと始まらない!」
「おや、随分と難しそうな…
彼に頼んでみましょうかね。」
「彼?」
ディストが首を傾げると、
メルヴは少し遠い目をして頷いた。
「えぇ、伝手があるので。他には?」
「種類は問わないけど骨をすり潰した粉!
300gくらいあれば充分!」
「…分かりました。」
「助かるよ♪」
「ね、ねぇちょっと待ってよ!」
やり取りを見ていたエクスは思わず声を荒らげた。話す為にディストは映像を止める。
【ん?どうかした?】
「どうかした?じゃない!
お、お前…先生の御家族を!
人を殺したじゃないか!それも沢山!!」
【まぁ結果的にね?】
「それってメルヴ=メルヒェンとの約束を破ったってことじゃないか!!」
【え?待ってはこっちの台詞になったよエクス君。】
「は!?」
【だってさ?
僕がいつ約束を取り付けたの?
牧師の言葉にいつ肯定したの?】
「えっ」
【繰り返そうか?】
パチン
「君の考えていることは分かりますよ。
死者を出さないと言うのなら手を貸しましょう。」
「うひゃー話のわかるてんてーだね!」
巻き戻されて再び流れる映像。
【ね?】
「き、汚いぞ!!」
【何で?勝手に納得したのは牧師だもん。
僕はそれに関して何も言ってない。
約束もしていない。
だから破るとか以前の話。】
「…」
言葉も出ず、何を言っても無駄だろうと悟ったエクスは開いていた口をゆっくりと閉じた。
【納得した?じゃあ次がラストだよ!
この郷が喪われる時さ!!】
パチン
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