第142話『大人の仕事』

前回のあらすじ


マスターが眠りから目覚めた直後に夢の内容なのか錯乱。

オネイロスが夢を封印したのにも関わらず

夢の内容を話した事は気になるが…

幼子のような言動でアスクレピオスと

対話していた。

終わったら元に戻ったがよく分からぬ。

プロメテウスのマスターにも恐怖を覚えていたのも疑問だ。

マスターは本当に無事なのだろうか。



場所は王宮。

ヴァルハラ本部室。


「えっ!?」


褐色肌の青年アーヴァン=クシャトリヤが

デバイスを見て声を荒らげた。


「あら、アーヴァン君どうしました?」


円卓の向こう側に居たアムル=オスクルムが

フェイスパウダーを顔に叩きながら問いかける。


「シュヴァルツからエクスが入院って!」


「あらま。

最高神のマスターであるあの子が?」


「うん、学校で倒れたんだと。」


アムルはパフを仕舞い自身のデバイスを

確認した。


「まぁ!本当ですわね。」


「俺お見舞い行こうかな?」


「アーヴァン君が行ったらアスクレピオスに摘み出されるだけですわ。

ユリウス君の報告にあった祈りの森の件が

関係しているのかもしれませんわね。」


「すんげぇ大変だったんだろ?」


「森が1つ消えたくらいですからね。

怖い怖いですわぁ。」


アムルは全く思っていない顔でそう言うと、デバイスを指でスイスイと操作する。


「ユリウス君が言うには…」


タッタッタッタッ


「ん、何か足音聞こえね?」


「えぇ、聞こえますわね。」


2人が扉を見た瞬間、それが勢いよく開かれた。


「困りますギルベート様!」


現れたのは息を切らしながら彼を止めようとしたであろう衛兵を引きずって来た


髪も息も乱れ、汗だくなジル=ギルベート

だった。




「あら、ジル君?」


「ジル〜!久し振りだな!どったのお前!」


全く心配する素振りもなく話しかけてくる2人にジルは衛兵を振り払い睨みを効かせる。


「はぁっ…はぁっ…!

あ、あむる…!!キミかい!?」


「は?何のことですの?」


「しらばっくれんな!!」


左手で鍔を僅かに押し上げる彼を横目に紅茶が入ったティーカップを持つアムルは苛立ちを含んだ声で問いかける。


「だから、何をそんなにかっかしてらっしゃるのかと聞いてるのですが。」


「学園に…オーディア学園に怪しげなカラスの大群を呼んだか…!?」


「「カラス…?」」


アムルとアーヴァンは顔を見合せた。


「わたくし、カラスを操る力なんてありませんわよ?貴方もご存知でしょう?」


聞いてんだ!!

俺に洗脳魔法紛いなもの掛けやがったのはお前か!」


口調がバラバラなジルをアーヴァンは戸惑いながら宥める。


「お、落ち着けよジル。

アムルは今まで俺と一緒に居たぞ?」


「えぇ。

それに、午前は魔物討伐と城下町の見回り。

と、リンネさんのお見舞いに行ったのでそれはシュヴァルツ君が証人ですわ。

午前だって仕立て屋さんに聞けば分かりますわよ。」


「…ッ」


「お分かりいただけました?」


「……ごめん。」


刀から手を離し、姿勢を正すジル。

アムルもティーカップを置き、

ジルを見据えた。


「ではお話してくれますわね?」


「…うん。

今日、いきなり学園で嫌な気配を沢山感じて中庭を覗いたら沢山のカラスの大群がいたんだ。凄いゾッとするような邪悪な気配が

1羽1羽にあった。」


アーヴァンはジルの背後に回り、顔をのぞき込む。


「見てたら洗脳?に掛かったのか?」


「んー…上手く言えないんだけど…

起きてるのに脳が寝てるって感じになって…まだ意識がある内にしーくんに会っておこうと思ってさ。んでうろ覚え。」


「んー?」


理解出来ていないアーヴァンを横目にジルは話し続ける。


「ゼウリスに行ったのは覚えてて…

何話したか覚えていないんだ。

ただ、殺意が込み上げてきた。

カラスと似たような気配を持った子に対してね。」


「…そのような怪しい子が居ますのに

何故わたくしだと?」


「性格がクソなキミならやりかねないなと

思って。」


「ぁ?」


「それにキミ、

とある生徒と何かあるだろう?」


「とある?何か?抽象的すぎますわ。

わたくしはそれで、はいそうですなんて言いませんわよ。」


再び紅茶を口にするアムル。


「名前が分かれば…確か銀髪で海みたいな

青い目だったような…。」


特徴を聞いたアムルはティーカップを置こうとした手を止めた。

僅かに開いた口から発せられそうになった

言葉を、目を輝かせたアーヴァンが遮る。


「え!それってアイツじゃね!?

ほら!えっと確かヨシュ」


「銀髪で碧眼。

そんな子、沢山居ますわ。

衛兵にだって複数人居ますわよ。」


「つまり、キミと話をするには論より証拠ってことか。」


「第一、わたくしはカラスなんて知りませんわ。それにオーディア学園を潰すメリット

ありませんし。時間の無駄ですわ。」


「(話を逸らされたな。)

言うねぇ…

俺が居るうちは潰させないけど。」


「ジル君それですわよ。

もしも今何かあったらどうしますの。」


「オーディア学園の教師舐めてもらっちゃあ困るなぁ。俺は学園最強だけど、俺も認めてる強い人しか居ないよ。」


「そうですか。

そんな(自称)最強な貴方がカラスの洗脳に負けたほどなのに…

他の方々は無事なのかしら?」


アムルの皮肉に、ジルは目を見開いて固まった。


「…」


「…何その顔、まさか確認してませんの?」


「………ついカッとなって…

ゼウリスから直接来ちゃった…。」


「えぇっ!?

早く確認しようぜ!!」


「はぁ…おバカさんね。

元ヴァルハラが聞いて呆れますわ。あら?」


アムルのデバイスが小さく震え、操作するとシュヴァルツから一通のメールが入っていた。中身を確認すると


“お願い聞いて欲しいんだけどダメかな。”


と短い文章だった。


(シュヴァルツ君のお願い…?

何かしら、彼がお願いだなんて珍しい。)


“良いですわよ。他ならぬ貴方の為ですもの”


短くそう返して紅茶を飲む。

すぐに返信が来た。


“ありがとう。

あのね、アスクレピオスが任務に同行させて欲しいって言ってて…アムルの任務なんだけど、ぼくも行っていいかな?”


(任務?聞いてませんが。)


コンコンコンッ


タイミング良くノックされた扉に目をやると、頭部に包帯を巻き付けているユリウスが入ってきた。


「やぁ御三方、珍しい組み合わせですね。」


微笑むユリウスの手には1枚の紙。


「(やけにタイミングが良すぎますわね。)」


「アムル、何か言いたげですね?」


「いいえ?

ただ面倒臭い気配を察知しまして。」


「お、流石ですね。」


話を聞いていないジルとアーヴァンを横目にユリウスはアムルの元へ歩んだ。


「これを、明日の任務内容です。」


手渡された紙には


エクス=アーシェの見た夢の内容を調査せよ


と書いてあった。


「わたくし達はいつから便利屋になったのかしら。夢の調査なんて万事屋でもやりませんわよ。」


「せめて内容まで見てくださいよ。」


「…はぁ…」


現在治療中であるエクス=アーシェから話を聞いたアスクレピオスによると、彼は祈りの森の際に先手を打たれ夢の中で何者かが起こした悪魔召喚の追体験をした可能性が高い。

祈りの森での出来事も踏まえた結果、

確認が必要だと判断。

スピルカ=アストレイ

ヨガミ=デイブレイクの故郷であった

【喪われし郷】が関係する模様。


上記2名、アムル=オスクルム、

エクス=アーシェへ悪魔召喚の調査を命ずる。


ニフラム=ギアミニット




「まぁ、悪魔召喚ですって?」


ユリウスは中指で眼鏡を押し上げ、

アムルに伝える。


「エクス君とヴィランとの会話をシルヴァレから聞きまして。魔女の夜ヴァルプルギス・ナハトという組織が悪魔召喚を企て、この世界を滅ぼす予定…という感じですかね。」


「へぇ…何故わたくしなのでしょう?」


「またまた、自分が一番分かってるくせに。沢山人が亡くなってしまった場所なのですから。」


「わたくし達のスキルは確実に話を聞けるわけではありませんがね。」


「まぁまぁ、頼みますよアムル。

エクス君とゼウス様は凄いですから。

貴女の理想の殿方かもしれませんよ。」


ユリウスの微笑みにアムルは口角を上げ、

目を伏せて紅茶を飲み干した。


「そうだと良いですがね。

ただ、彼はどうなのでしょうか。」



アムルの言う彼とは、未だ心の傷が癒えない


「ヨガミ…これ…」


「…」


ヨガミ=デイブレイクのことだった。

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