第141話『夢の謎』

前回のあらすじ


エクスが他人の夢を見せられ、

ヨガミ少年の悲鳴が響き渡る。



「ねぇちゃんっ!!!」


ヨガミ先生の声!!

声の方向へ顔を向けると瓦礫と化した民家の前で座り込む黒髪の少年が居た。


「なんっ…なんだよこれぇ…っ!!

姉ちゃん!起きろって!!」


瓦礫の中の力無き白く小さな手には鞄が

握られており、ヨガミ少年に渡された。

声を聞こうにも燃え上がる炎、

焼けて爆ぜる音、人々の悲鳴が響き渡り、

泣き叫んでいるであろうヨガミ少年の

絶望した顔しか見えず声も聞こえない。


涙が溢れて止まらないヨガミは突如現れた国の衛兵に抱えられワイバーンに乗せられた。


「離せって!!

なぁ、まだ家に家族が!姉ちゃんが、

皆が居るんだよ助けてくれよおっ!!」


悲痛な声がエクスの耳に入ったが、

衛兵は聞かずにワイバーンを羽ばたかせた。

刹那、ヨガミの家族が取り残されている家だった場所に隕石のような巨大な火の玉が直撃した。


「ぁ…」


「嫌だぁああぁあああッッ!!!!!」


既に空遠くに居るヨガミの悲鳴は地に足を

つけているエクスの耳を穿つ。


なんだよこれ…

何なんだよぉ…!!

僕が何をしたって言うんだ!!?

何もしてない…何もしてない…

なのに、なのに!!



また1人、目の前で炎に飲まれて焼き切れる。

聞くに絶えない声なのかも分からない音を

発しながら火の中で原型を留めていない手を伸ばしてくる。



もう嫌だ…見たくない…何なんだよこれ…


誰か助けて…




『…』


手を広げたまま眉間に皺を寄せ続けている

オネイロスを見てゼウスは首を傾げた。


『オネイロス?』


『何者かの力が強く作用し、

夢に入れません。』


『何だと?』


「!」


ヨシュアは自分の中に居る者との会話を思い出し、目を見開く。


その瞬間だった。


『貴様』


何気なしに1回瞬きしただけで怒りを帯びた

ゼウスが眼前に迫っていた。


「ッ(速すぎるだろ…!!)」


『貴様息を飲んだな。何を知っている。

返答次第ではタダでは済まさんぞ。』


「し、知らない!本当に知らない!!

俺だってエクスを助けたいのに何も出来ないのが辛いんだ!!」


ヨシュアの言葉に頷いたオネイロスが助け舟を出す。


『ゼウス様、少なからず彼ではありません。

どうか御容赦を。』


『…』


訝しげにヨシュアを見たあと、踵を返した

ゼウスはエクスを悲しそうな顔で覗き込む。


『マスター…。』


するとオネイロスが小さく驚く。


『む、急に…今なら起こすことが可能で』


『起こせ。』


食い気味に返答したゼウスはオネイロスを

睨みつけるように見る。


『は。起きてください、マイマスター。』


オネイロスの呼び掛けに応じ、薄らと目を

開けたエクス。


「…」


『マスター!!私が分かるか??』


喜んでいるゼウスの声でヨシュアもエクスの元へ移動した。


「エクス!」


「…」


虚ろな目で2人を捉えたエクス。


「…ここ、どこ?」


『アスクレピオスのマスターの病院だ。

私が分かるか?』


「ぜうすと…よしゅあ?」


ちゃんとした返答を受け、

ゼウスは安堵する。


『良かった…。

意識はしっかりしているな。』


「いしき…」


「…?

ゼウス、エクスってば何かおかしくない?」


『む?』


ヨシュアの指摘でゼウスはエクスを凝視する。彼は手で顔を覆いボソボソと呟いている。


「ぼくはわるくないぼくはわるくない…」


『マスター?』


「どうしたのエクス?」


「!!」


ヨシュアを再度見た途端、

エクスの顔が強ばった。


「え」


「くるなッ!!」


腕を振り、己を護るように頭を覆うエクスを見たゼウスはヨシュアに指示をだす。


『何か分からんがプロメテウスのマスター

離れろ!』


「う、うん!」


言われた通り数歩下がり、エクスの視界から外れたヨシュア。


『マスター、落ち着け。』


「うぅ…?」


『私を見よ、刮目せよ。』


優しく言うとエクスは言うことを聞き、

ゼウスの顔を見つめる虚ろな目にゆっくりと光が灯る。


「あ、ゼウス!」


『マスター!』


「う?あれ、僕…」


のそりと身体を起こし、辺りを見回すエクスにゼウスは問いかけた。


『マスター、あの童を見てどう思う?』


童と指したのはヨシュアのこと。

エクスはきょとんとし首を傾げた。


「ヨシュアだよね?」


『…そうだな。

もう問題無いそうだな。』


さも当然に言う所を見てヨシュアもゼウスも胸を撫で下ろす。

ヨシュアは再びエクスの元へ。


「ご、ごめん…此処病院だよね?

僕どうしたの??」


『急に倒れたのだ。私が運んできた。』


「マジか!」


『マスター、先程はどうしたのだ?』


「先程?先程って何?」


『む、目覚めてすぐの事だ。』


「…?」


エクスが首を傾げた。

その理由をゼウスは見つける。


『オネイロスか。』


『一時的に夢で記憶を封じています。

先程の発狂はあまりにおかしいので。』


「え、誰?!」


ゼウスはオネイロスに驚いたエクスに紹介をする。


『む、マスターに黙って私が召喚したのだ。

オネイロスと言う。夢の神だ。』


『ご紹介に預かりました。

我が名はオネイロス。夢を司る神です。』


「あ、ども…

ゼウスのマスター、エクスです…。」


「エクス、身体におかしな所は無い?」


ヨシュアの質問で自身を確認するとエクスは頷いた。


「倒れた記憶も無いしその前に身体がおかしいと思ったところは無いよ。勿論今もね!」


「そう、良かった。」


『マスターはノイズと言う男に精神干渉を

受けている。故に私が手を出しづらくなっておったのだ…すまぬ。』


「そうなんだ。

でもずっと護ってくれてたんでしょ?

ありがとね。」


『うむっ!!』


ドンッ!!!


ゼウスの満面の笑みと共に鳴り響くドアが

開く音。

乱暴なその音へ一同が驚き目を向けると右足を上げているアスクレピオスの姿が。

その後ろから表情は全く変わらないが慌てているようなシュヴァルツが。


「…あ、アスクレピオス…

ドアは足で開けちゃダメだよ…!」


『祖父が触った所を触ってたまるか。』


「…えー…」


『私傷付いた…

私の心に最高神のスキルは無いぞ…。』


『だから何だ』


『ぐはっ!?』


胸を抑え吐血したゼウスを一瞥し、エクスの元へ向かうアスクレピオス。


『貴様、身体に異常は?』


「な、無いです!」


『他に何か思い当たることは?』


「え?えー…夢で小さなヨガミ先生や

スピルカ先生に会いました。」


『!?』


エクスの発言に驚いたオネイロスが目を見開く。ゼウスは不思議に思い思考を巡らせた。


『(おかしい。

マスターは何故夢の話が出来る?

何者かに侵入を拒まれた夢…

しかし急に入れた夢…

まずはマスターの調子を見るしかないか。)』


アスクレピオスはシュヴァルツから

バインダーを受け取った。


『ヨガミ、スピルカ…

あぁ、ワカメとチビか。』


「…アスクレピオス…失礼極まりないよ…。

…でもぼく患者さんの所に行かなきゃだから頼んだよ。」


『ふん。』


彼の反応を見て申し訳なさそうに部屋を出るシュヴァルツ。

アスクレピオスは咳払い後エクスへ質問を

始めた。


『どんな夢だ?』


「えっと…ヨガミ先生とスピルカ先生がまだ小さくて楽しそうに走っていました。」


『…それで?』


「僕じゃない誰かが教会みたいな所で虐められてて…それで…」


『夢は貴様の視点か?』


「は、はい。でも身体が勝手に動きました。匂いもしました。」


『どんな?』


「血腥いというか…

鼻がつーんってする刺激臭でした。」


『匂いの元は?』


「誰かが乳白色の粉で魔法陣を描いてて、

黒いビニール袋を開けたら…

赤黒い臓器があって…

それで…」


ゆっくりと下を向きながら話していたエクスだったが、やがて完全に下を向き、アスクレピオスが疑問に思った瞬間


「うわぁあああぁあっ!!!」


エクスは叫び出した。


『!』


「人が目の前で焼かれて死んだんだ!!

ヨガミ先生の家族も!!

知らない家族も!!小さな子供も!!

【何か】に焼かれて死んだんだ!!」


『【何か】って何だ。』


「ぼくじゃないやったのはぼくじゃない。

うぅう…やだ、やだぁ…。」


耳を塞ぎ身体を震わせるのを見て眉間に皺を寄せたアスクレピオスは舌打ちを1つ。


『チッ話にならん。

まるでマスターと似たような状態だな。

仕方ない、【心理的治癒カウンセリング】』


詠唱後、杖から1匹の白い蛇を出しエクスの

元へ置いた。

そして深呼吸をしてエクスと向き合う。


『誰もエクスがやったとは言っていない。

誰も君を責めていない。

分かるかい?私は話がしたいんだ。』


「!?」


アスクレピオスから発せられた先程とは真逆の口調にヨシュアは身体を震わせる。


『教えてくれないか?

大丈夫、私を信じてくれ。』


「……」


『魔法陣で呼ばれたのは誰?

何が見えた?』


「く、くろい…【何か】…」


『形とか分かるかい?』


「おおきくて…つのが…

あったきがする…。」


『ちゃんと覚えてるね。

どれくらい大きかったの?』


「どのたてものよりも…おおきかった…。」


『ふむ…。』


「ぼくじゃないのに…

ぼくはそれがいやじゃなかった…。」


『は?』


「ひっ!」


ついいつもの調子に戻ってしまい、

エクスが怯える。


『す、すまな…ごめんね。

どういう事かな?』


「ひとをもやしているのに…

みるのがいやなのにいやじゃないっておもってた!

すきってわけじゃないとはおもうけど…」


『もしや親近感か。』


「たぶん…」


全てを書き終えたアスクレピオスは元の声色に戻り祖父を呼ぶ。


『ゼウス。』


『あぁ…。

マスターは何者かの記憶の追体験をしていた可能性がある。』


『そしてその何者かは…』


『とある儀式…いや、悪魔召喚を行った。』


お互い考えていることが同じだとわかった

アスクレピオスは溜息を吐く。


『だな。

贓物を使用する儀式なぞ人体錬成もしくは

悪魔召喚以外には知らん。』


『しかし何故マスターは追体験をしたのか。』


『考えられる理由としては…

こいつは精神干渉を受けたと言ったな。』


『あぁ、様子がおかしかった。』


『その精神干渉のせい。

もしくは別の場所で何か仕込まれたか。』


『悪魔召喚などを考えた場合、

ノイズとなるか…。』


『今1度ヨガミ=デイブレイク、

スピルカ=アストレイの故郷を調べる必要があるな。』


『うむ。』


話がまとまり立ち上がるアスクレピオスは

白蛇を消した。


『【治癒終了】』


再びエクスの瞳に光が灯った。


「う…あ、あれ?」


『貴様、今日は1日ここに居ろ。

その後が決まり次第解放してやる。』


「監禁みたいな…?」


『監禁だ。勝手に出たら殺す。』


「命救う場所で言う台詞じゃない!!」


『ふん!』


その後振り返ることなくアスクレピオスは

退室した。

それを見ていたヨシュアが声をかけた。


「エクス大丈夫?」


「う、うん…。

起きているのに寝てた気分…。」


「無理しちゃダメだよ。」


「うん、ありがと。」



アスクレピオスは退出した後、壁に背を付けて俯き、呟く。


『アイツの幼児退行のような言動…

マスターと似ている。

もし、もしも…マスターのアレが何者かの

仕業なら私は解放してやりたい。

協力せざるを得ないな。』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る