第48話『逃げたくない』

 前回のあらすじ


僕が究極魔法を詠唱無しで発動してノートを倒しました。カッコよかったでしょ!

ノート消滅によって夜が終わり、死にかけのモーブ君を抱えたヨガミ先生を保健室へ送り、協力の対価としてスカーレット君へ堕天アンヘルについて話すことに…。


 …


「一応皆も聞いて。

スカーレット君、アビス=アポクリファって奴知ってる?」


僕の問いに首を小さく横に振るスカーレット君。


「知らないわ。」


「とにかく危ないヤツなんだけどね、そいつが召喚獣を闇に堕として狂わせる真っ黒な薬…僕らは堕天アンヘルって呼んでるんだけどそれを他生徒に渡しているんだ。」


堕天アンヘルって呼んでるのは僕と

ヨシュアとゼウスだけだけど。


「闇に堕とす…だからさっきのノートは肌も服も色がくすんでたり、暴れてたりしたのかしら。」


「多分ね。渡し文句はこの僕、エクス=アーシェに薬の中身をバレないように嗅がせること、そうすればお金をあげるって。」


「金に群がるラクしたいカスばかりってことね。」


言い方…間違っちゃいないけど。


「ぅ、うん…まぁ…そんなとこ。

でも実際は僕じゃなくて、薬を渡した他生徒がターゲットみたい。」


「…ふーん。アンタだけに害があると思わせて真実を隠してんのね。」


「そんな感じ。さっきのモーブは実際に薬学で堕天アンヘルを僕に使った。

僕とゼウスがいやーな感じを確認してるから間違いないと思う。」


「薬学…それってアンタ1人だけがポーション作れず泣く泣く練習させられてた時よね。」


「う、うん…」


その説明いるかな…ポーションの上位互換であるエリクサー作ってるけどね!


「なら周りの子は?」


「え?」


「モーブがアンタに薬を嗅がせたってことは薬を使ったのよね。周りの子に危険が及んだとか分からないの?てか何でモーブは怪しまれてないのかしら。」


「怪しまれていない理由は薬が空気に触れると気化して透明になるから…で…風魔法で……僕ピンポイントに運ぶ…から…」


あれ?透明なら…薬が広がる範囲見えなくない?カプセルを潰した瞬間、どこまで広がるか分からなくない?線香の煙みたいに広がっていくかもしれなくない?それが早くて蔓延したかもしれなくない?

つまり、もしかして皆も結構危ない?


「あら、考えてなかったの?」


「ご、ごめん…

自分が狙われてると思って焦ってた…。」


「御身が1番可愛いもの。分かるわよ。

で?アンタ達これからどうするの?」


これから…か。モーブがこんな事になって

僕らは動けるのだろうか。

でも、やらないと。


「アビスを止める。」


「どうやって?」


「それはまだ分からない。

けどやれる事はやりたい。」


「ヒーローになりたいのね。っふふ、良いじゃない。アタシも乗り掛かった船だし、手伝ってあげるわ。

クリムが危ないかもしれないし、ね。」


「そういえばさ、スカーレットってクリム

大好きだよね。」


急にヨシュアが口を開いた。

スカーレットは目を丸くして


「は?当たり前じゃない。クリムに手を出したら例えゼウスだろうが叩きのめしてやるわ。」


ピッとゼウスに中指立てた。


『わぉ。それは私に向かってか?』


「他にゼウスって居るの?」


『主様…っ!』


イーリスが凄く慌てふためいている。


『ふふ…私に中指とは…

若者のくせに随分と肝が据わっているな。』


ゼウスに言えるのはすっごい。

僕でも言わないよ。


「というか、取り敢えず教室へ戻らないか?

 僕達だけ取り残されてるぞ。」


ローランド君の言葉にハッとして召喚獣に

小さくなってもらってから教室へ急いで向かった。勢いよく扉を開けると皆が席についてノート(紙の方)に何か書いていた。

スピルカ先生はこちらに気付いて走ってきた。


「お前達!今アストライオスに迎えを頼もうと思ったところだぞ!」


「す、すみません…。」


「ヨガミは?」


「保健室にモーブ君と共に居ます。」


先生は生徒達に向かって


「…お前ら教科書読んで自習ー!」


と言って僕らを外に出るように促した。

僕らの間をすり抜け教室を出たスピルカ先生は振り向き「食堂へ」と言って1人進む。

僕達は顔を見合わせてついて行った。


 …


食堂は誰も居らずガランとしている。

スピルカ先生はアストライオスにど真ん中の椅子へ座らせ、彼の膝の上に座った。

僕は皆にスピルカ先生の正面に座らされた。


「まず…お前らが無事で本当に良かった。

本当は縛ってでも連れ戻そうと思ったんだけど…お前達は何か知ってるからそこに居たのだと思ってやめたんだ。だから、お前らの知っていることを教えてくれ。」


「はい。スカーレット君に伝えたことをそのままお伝えしますね。」


僕は堕天アンヘルの内容を話した。


「召喚獣を闇へ堕とす…?」


そう呟いたスピルカ先生はアストライオスを見上げた。

アストライオスは先生を見て首を傾げる。


「それと召喚士を廃人にさせるとも…」


小声で言うとスカーレットが左手で頬杖をつき、右手で小さく手を挙げた。


「アタシそれ聞いてないわ。」


「言い忘れた…ごめん…。」


「まぁいいけど。」


「それをアビスが持ってんのか…

一体どんな魔法を…」


「ミカウさん曰く禁忌に触れるかも…

という代物らしいです。」


僕の言葉に「うーん…」と唸るスピルカ先生。


「1度でどれだけ、バレないように何処で作ったのか。アイツ今持ってんのかな。ヒメリアとシオンに言って捕まえてもらうか。」


ヨシュアがおず…と手を挙げた。


「あの、それについてなんですけど…昨日、俺アビスと会って堕天アンヘルの事を聞いたんです。

けれど持ってないって言ってて…

探ったら本当に持ってませんでした。」


「マジか…。部屋には?…ってセキュリティでお前らは行けないよな。」


先生に頷く僕達。他人の部屋へ入ろうとするとセキュリティなのか雷魔法で手を焼かれるから入れない。


「寮の部屋のセキュリティを解くには生徒と同じクラスの担任教師の魔法が無いとダメだ。男子寮だしシオンに言うか…。

よし、役割分担するぞ。

エクス、ヨシュア、メルトが俺と共にアビスの部屋突入。イデア、スカーレットはモーブの証言を聞いてきてくれ。シャーロットとローランドは他生徒に聞き込み!聞き込みの際は

周りに十分気をつけること!

堕天アンヘルを使われるかもしれないからな。よし、この話は終わ」


『待った、アストライオスのマスターよ。

話がある。』


スピルカ先生の話を遮ったゼウス。


『昨日の化け物事件を覚えているか。』


「あ、あぁ…スタッフが化け物になったやつだろ…?上からこっぴどく言われたよ。

今分析中で…」


『その化け物事件、前回は魔獣の血と言ったが…これを見るに使用されたのは堕天アンヘルと同じものだと私は推測する。』


何だって…?


「ね、ねぇ…エクス君。

化け物事件って何…?」


メルトちゃんが聞いてきて僕、ヨシュア、先生以外の皆が続いて首を傾げる。

アビスに近づく以上言わないと。

口を開こうとした時、ゼウスが机の上にふわりと降りた。


『マスター、私から言う。

よく聞けひよっこのマスター達よ。

これから先は命に関わる可能性が出てくるのだ。その中でも昨日遭った化け物事件、その犯人は人間を魔物に似た何かにする薬か道具をも作っている。実際にやられた人間のその姿は自我もなく暴れる生ける屍、化け物だった。皆も狙われ、殺される可能性があることを忘れるな。

綺麗に人のまま死ねるとも限らないという事もな。』


話しながら指を鳴らして、あの化け物がゼウスの魔法で拘束され倒れつつ暴れている映像を映し出す。皆、「うっ…」という小さな悲鳴をあげた。


言葉にされ、見せられると分かっていたはずなのに改まった恐怖が襲ってくる。

皆、青白い顔に汗を一筋垂らし口を手で塞いでいる。流石のスカーレット君も目を見開いて口を噤んだほどだ。

恐れる僕らに小さな召喚獣達が心配そうに顔を覗き込む。


アテナがメルトちゃんの頬に擦り寄った。


『マスター、マスターの事は私が命を懸けて守り抜きます。このアイギスに誓って。』


「あてなぁ…。」


『召喚士を護らない召喚獣はこの中に居ないわ。』


シャル君の頬にすりすりしながらのアルテミスの言葉に、召喚獣全員が頷いた。

あのロキも。

先生が咳払いで視線を集める。


「善は急げだ。さっそく今日の放課後、動き始める。お前達、逃げるなら今しかないぞ。」


誰が逃げるものか。皆気持ちは一緒だ。

僕らはせーのという言葉も使わずに


【逃げる訳ない。】


と声を合わせた。

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