第88話 ブラッドベリー爆誕

「まったく、酷い目にあったぜ……」


 俺の回復魔法で復活したショットが腹を擦りながら言った。


「……年々、アネキの一撃が強烈になってるんだよな」


 やはりショットもそれを感じていたのか。姉さんの一撃を食らうのは主に俺とショットだからな。


「ふんっ! その分、お主らも体を鍛えればよいだけのことじゃろう? 鍛錬が足らんわ!」


 滅茶苦茶言うー。そもそも殺すぞと言うと同時に殺しにかかるのはどうなの?

 そんなこと言ったらまた手が出てきそうだから言えないのが悲しいところ……。

 俺はショットと顔を合わせて溜め息を吐いた。


「で、お主はこれからどうするつもりなのじゃ? お主がルナの執事になるのはその恰好から見ても本気だと分かったが……(まったくルナの奴、羨ましい)」


 姉さんの質問に、俺はこう答える。


「実はルナを学校に通わせてやろうと思っているんだ」

「が、学校に?」


 チェリーが訊いてくる。


「ああ。ルナは今までずっとかごの鳥だったからな。同い年の友達を作ってやりたいんだ」

「ふふっ、エイビーは優しいね」

「え? い、いやあ」

「……じゃから何で男相手に顔を赤くする」

「だけど、いいんじゃねえか? 俺たちはルナっちの仲間だが、それでも全員年上だからなぁ」


 ショットががしがしと頭を掻きながら言った。どうやら彼も同じ思いを抱いていてくれたらしい。

 ルナに外の世界を色々と見せてやるには、まずは学校に通ってみるのがいいだろう。

 帝国の同学年の者とよしみを通じておくことも、絶対に無駄にはならないはずだ。


「ふむ。それでルナを通わせる学校というのは……」

「帝都学園にしようと思っている」

「ほう……」


 姉さんの眉がぴくりと動く。

 何故なら帝都学園は帝国においてダントツで一番の学校だからだ。帝国中から優秀な者たちが集まり、皇族すらも入学する、皇帝お墨付きの学びの園である。

 もちろんその分、入学資格も厳しいものとなる。

 しかし、ルナならば問題ない。家柄は問題ないし、能力も高く、学もある。

 もっとも心配なのは彼女のコミュニケーション能力だが……それについては俺がフォローしてやればいいだろう。そう言っている俺自身もそこまで得意な方ではないのだが……。


 ――ただ、帝都学園に決めたことには、俺にとって実はもう一つ大きな目的があった。


 帝都学園には多くの重鎮の子息たちが入学する。

 加えて、帝都学園は皇帝のおひざ元――帝都のど真ん中に位置する。


 ――即ち、世界を裏から操っている【偉大なるあの方】が帝国にちょっかいをかけてくる場合、それを調べるにはうってつけの場所だ。


 ただ……俺は皆にこのことを伝えるかどうか迷った。

 出来れば皆を危険には巻き込みたくない。

 でも、生死を共にすると誓った仲間として、伝えないことは裏切りのようにも感じる。どうしたものか……。

 ちなみにルナにも姉さんたちにも、クロはただ単に「中華大国を裏から操ろうとしていた」としか伝えていない。肝心な部分、「世界を裏から操っている奴がいる」ということに関してはまだ伏せていた。

 俺が内心で悩みに唸っていると、ショットがこんなことを言い出す。


「面白そうだな。俺も一緒に帝都学園に通うぜ」

「え?」


 そのセリフはかなり意外だった。何故ならショットは戦い以外はあまり興味を示さない男だからだ。


「帝都学園には【帝都六英才】の残りの二人が通っているしな」


 ……なるほど。そういうことか。

 つまりショットは残りの二人に喧嘩を売りたいわけだ。……入学動機としてどうなの、それ?


「それに帝都なら、上手くいけば将軍とかともやり合えるかもしれねえし」


 やり合えないよ。というかやり合ったら大変なことだよ。

 ショットのあまりのバトル脳に頭を抱えていると、


「……ぼ、僕も通おうかな」


 隣で小さな声でそう言ったのはチェリーだった。

 ちらちらと俺の顔を見てくる。

 可愛いからオケ。

 しかし、そうなってくると黙っていられないのがあのお方である。


「なんじゃ! これではわしだけ除け者みたいではないか! だったら、わしも通うぞい!」


 そのセリフに、皆が一斉に耳を疑う顔になる。

 何故なら【学校】は十三歳から十八歳の間に通うのが一般的だからだ。

 この世界では十五歳で成人の儀があり、さらには十八歳になると世の中から正式な大人として認められる。

 ――つまり学校は子供の間に通うものなのだ。

 だが、姉さんは既に十九歳。十九歳なのである。それどころかもう少しで二十歳だ。


「な、なんじゃその目は!? わしが学校に通ったらそんなに変なことなのか!?」


 ちなみに学校には年齢制限は特にない。そこら辺に関しては自由だ。十三歳から十八歳の間に通うというのは、あくまでそれが一般的になっているというだけに過ぎない。

 ――だが、ほとんどの場合がそうなのである。そこから逸脱することは、やはり違和感は拭えない。

 特に姉さんは既に能力は高く、名声は帝国中に轟いている。

 学校に行って一体何を得るというのか?

 それを聞くと、


「それを言ったらショットだって同じじゃろうが!?」


 姉さんが喚いた。

 そうかもしれないけど……。でも、ショットはまだ十五歳だし……。


「なんじゃ、なんじゃ! 皆して姉を除け者にして!」


 地団太を踏んでいる姉さんは幼女にしか見えないが、これでも二十歳前の女性なんだよな……。

 そんなことを考えていると、姉さんがまたとんでもないことを言い出す。


「あ、そうじゃ。今日からわしはブラッドベリーじゃ。わしはこんな容姿じゃし、別人として十三歳くらいで入学できるじゃろ?」


 いや、じゃろ? って……。

 それに都合の良い時だけ自分の幼い容姿を利用しているのはどっちだよ……。他の人がそれをいじったら怒るくせに……。

 誰も何も答えられないでいると、姉さんがまた怒り出す。


「とにかく! 今からわしはブラッドベリー・レム・パトリオトじゃ!」


 どうやらブラッドベリーで押し通すつもりらしい……。しかもちゃっかりパトリオト家の分家の『レム』という名前まで使ってるし……。

 しかし誰も、鼻息荒く、ふんす、ふんす、しているストロベリー姉さんに突っ込めなかった。

 だって言ったらまた鉄拳制裁が飛んでくるしー。

 ほんと、三年経っても何も変わってねえな……。

 俺はため息と共に、しかしながら、どこか安堵する気持ちを感じていた。



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