第87話 仲間たちの英躍
あの後、何とか一命を取り留めた俺は、回復魔法を自分の首にかけていた。
「まったく……アネキはやり過ぎだぜ」
「面目ない……」
破天荒な男であるショットをして嗜めるのが、ストロベリー姉さんという人だった。
「だ、大丈夫? エイビー」
「あ、ああ」
チェリーが心配そうに顔を覗いてくる。
まつ毛が長い。いい匂いがする。……なんでこいつ男なの?
というか本当に男なのだろうか? 成長したらさすがに男っぽくなると思っていたのに、三年経って益々美少女化しているのはどういうことなのか。
「……おい、何で顔を赤くしておる?」
姉さんが睨んでくる。また殴られそう。
次殴られたら命に関わるので、俺はチェリーから視線を外した。
ショットが言ってくる。
「そんで? 色々あったみたいじゃねえか、エイビー。お前の噂は帝国まで流れて来てたぜ?」
「……どうせロクな噂じゃないだろう?」
「そんなことはねえさ。俺たちが本当の噂を見抜けないとでも思っているのか?」
「アニキ……」
「それに、見ただけで分かるぜ。随分と男を上げたじゃねえかよ」
ショットがニッと笑う。
「今すぐにでもお前と久々に戦りたいところだが、まずは話を聞かせろよ。中華大国で過ごした三年の、な」
バトルマニアのショットらしい言い方だが、同時にクレバーであることも窺わせる。彼もまた人間的に成長したようだ。
――それからは互いの三年間の報告になった。
俺はルナに伝えたことと同様のことを彼らに話した。
逆に、彼らは俺がいなくなってからのことを語ってくれる。
その中で俺が最も興味を惹かれたのは【帝都六英才】という単語だった。
元々帝国には【帝都六将】という、極めて優れた六人の将に与えられる称号がある。どうやら【帝都六英才】はそれをもじったものであるようだ。
そして【帝都六将】が極めて優れた六人の将に与えられる称号であるのに対し、【帝都六英才】は極めて才能がある若手の将に与えられるものらしい。もっとも、【帝都六将】が皇帝から与えられる公式な称号であるのに対し、【帝都六英才】は人々の噂から成り立っているものだが。
そして驚いたことに、その【帝都六英才】の中に、ストロベリー姉さん、ショット、チェリー、ルナの四人が揃って入っているのだという。
これには本当に驚いた。
ストロベリー姉さんとショットに関しては分からなくもない。
しかし、ルナとチェリーはその限りではない。
ルナは極めて若い上に屋敷から出られない状態なのに、【スカイフィールドの鬼才】、【風神の子】、【風姫】という噂だけでランクインしたのだとか。屋敷から一切出てこないということが逆に人々の噂に尾ひれを付けたようだ。……もしかしたら、叔父がルナの外出許可を出したのはそこら辺も関係しているのだろうか?
チェリーもまだ若い上に、引っ込み思案な性格のせいで世の中から評価されるのはもっと後になると俺は踏んでいた。確かに才能のある奴だったが、ここまで早く世間から認められるとは思っていなかった。
そのチェリーが顔を引き攣らせながら言う。
「ね、姉さんに無理矢理戦場に引っ張り回されて……」
……こいつはこいつで色々と苦労したみたいだな……。主に姉さんのせいで。
だが、その体内に渦巻く雷の魔力は、彼の実力が噂だけではないことを裏付けている。……こいつ、大分腕を上げたな。恐らく実戦を経験したことが大きかったのだろうが、それをさせた姉さんはさすがだ。……まあ、大分スパルタだったみたいだが……。
そのおかげで最近では【雷神】の二つ名が定着しつつあるのだとか。
しかし、それを上回る名声を得ているのが【武神】、【戦場の紅い雷帝】ことストロベリー姉さんと、【戦場の黒い死神】と詠われるショットの二人だった。
二人は主に盗賊討伐や内乱の平定に率先して出陣していたようだが、その戦いぶりは他の将と比べて凄まじく、連戦しては連勝。今ではその名を聞くだけで降伏する者が後を絶たないらしい。
「さすがだよ、二人とも」
俺は仲間としてこれ以上ないほど誇らしい気持ちになった。
「へっ、ぬかせよ。お前だって本気を出せば、このくらいのことは出来るだろうが?」
「それはどうかな? 軍を率いるのはまた別の才能だから」
「それが分かっておる時点で、お主は将としても大成するじゃろうて。それはずっと間近で見てきたこのわしが保証する」
「姉さん……」
姉さんは嘘を吐かない。だから姉さんが言うなら、きっと本当にそうなのだろう。
しかし、
「でもどの道、俺にはそんな機会はないと思うよ」
「? どういうことじゃ?」
「だって俺は、スカイフィールドの跡取りとして戻ったわけじゃないから」
「……な、なんじゃと?」
姉さんの眉がぴくりと動く。
そこで俺は今の俺がどういう立場なのかを詳しく皆に説明した。
ルナの執事であり、今の俺は単なる平民の一人に過ぎないということを。
それを聞いた姉さんが顔を顰める。
「……わ、わしのせいで……」
そのセリフを聞いて、俺は心が焦燥に駆られるのを感じた。
……この人、まだそのことを引きずって……。
俺は慌てて弁明する。
「ちょ、ちょっと待ってよ姉さん。これは俺の狙い通りなんだから」
「……狙い、じゃと?」
「ああ。そもそも俺はスカイフィールドの家を継ぎたいなんて考えたこと、生まれてこのかた一度もないよ」
なにせ、生まれた時から叔父に嫌われていたからな。
神妙な顔を向けてくる仲間たちに、俺は堂々と言う。
「俺は元々、外の世界を見てみたかったんだ。いや、一度外に出た今、更にその想いは強くなっていると言っていい。俺はいずれ、他の国も見てみるつもりだ」
俺がそう言い切ると、皆、ぽかんと口を開けていた。
どうやら、俺がそんなことを考えているなど思ってもいなかった顔だ。
ややあって、姉さんが笑い出す。
「くく……はーっはっはっは! どうやらお主はわしが考えていたよりずっと大きな男だったらしい」
姉さんは俺の肩にぽんと手を置いて、見上げてくる。
「小さく考えすぎていた自分が恥ずかしいわい。よかろう、その想い、しかた聞き届けたぞ。いずれお主が国を出る時、このわしが力を貸してやろう」
そのセリフに俺は狼狽えた。
何故ならそれは、姉さんもまた国を出ると言っていることに他ならないからだ。
「で、でも、姉さん……」
「なあに。パトリオトの家のことなら心配はない。なにせ立派な跡取りがそこにおるからのう」
ストロベリー姉さんはチェリーの方を顎で示して言ったが、当のチェリーはめちゃくちゃ驚いているんだけど……。そういう大事なことは意思の疎通はしておいた方がいいと思う。
「い、いや、待って。姉さんは今や【帝都六英才】の一人だろ? そんな姉さんが国を出ることは国の損失で……」
「それを言ったら、お主が国を出ることも同じことじゃろうが?」
「い、いや、俺は……ほら、【魔力ゼロ】だから」
「ええい、都合の良い時だけその二つ名を使うでないわ! いいか、さっき約束したな? 今度どこかに行く時は、必ずこのわしに言うと」
「や、約束したけど……」
「よいか? 約束を違えれば、ただでは済まぬと心得よ」
この人の「ただでは済まない」はシャレにならないんだよ……。
そんなことを考えていると、ショットが、くくっと笑い声を上げる。
「エイビー、諦めろよ。なにせアネキはお前が出て行った時、」
「余計なことを言えば殺すぞ!!」
「ごぶぅぇっ!?」
何か言おうとしたショットだったが、姉さんの一撃を腹に受けて吹っ飛んで行く。……あれは今までの中でもかなり強烈だったぞ……。というか、腕を上げている分、姉さんの一撃がさらにシャレにならなくなってるんだけど……。それと「殺すぞ」と言いながら殺しにかかるのは本気で止めて欲しい。
遠くで地面に突っ伏したショットがぴくりとも動かない……。
「まったく、口の軽い奴じゃ」
腕を組んでご立腹のご様子の姉さんを尻目に、俺はショットに回復魔法をかけるために駆け出した。
……姉さん、頼むから手加減を覚えてください……。俺たちの耐久力にも限界があるよ。
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