第80話 玉璽レプリカ
医者に宣告された十日間を乗り越えた俺は、再び先生――アル・シェンロンの元に師事して錬金術を学んでいた。
もちろん、妹のルナに渡す玉璽のレプリカを作るためである。
それと肝心の本物の玉璽だが、何と見せてもらうことが叶った。
王である大然さんが、国を救ってもらった報酬としては安いほどだと言って、特別に本物を見せてくれたのだ。
こんなことは中華大国の長い歴史の中でも初めてのことらしく、快く思わない者からのバッシングを覚悟していたのだが、意外なことに反対の声は一つも出なかった。
どうやら俺は中華大国の人々にそれだけのことをやったと認識されているらしい。
嬉しいが、何やら身に余る想いでもある。
で、【流体魔道】を全開にして玉璽をじっくりと観察させてもらった結果、どうにかその造りを把握することが出来た。
一応先生にその造りを教えたのだが、完全に理解している俺でなければ作ることは出来ないと言われた。
しかし、現在の俺の錬金術の技術では、とてもではないが作れる気がしなかったので、結局のところ、先生の元で錬金術のレベルを上げるしかなかった。
それで現在は先生の研究を手伝いつつも、玉璽レプリカを作るため、マジックアイテム作りの技術を始め多方面の技術を学ばせてもらっているところである。
それと同時に、【纏い身体強化】の魔術や、八卦掌をよりものにするための修行も行っている。
特に八卦掌の修行はファラウェイと共に行っているので楽しい。互いに忙しい時間の合間を縫っての修行だが、婆さんの容赦ないしごきによってメキメキ上達していた。
たまに玲さんが前線から帰って来ては勝負を挑んでくるが、今のところ、勝敗は一進一退。俺が本気を出さないと言って怒られることもあるけど、女性を本気で殴るわけにもいかないし、どうしたらいいんだろうか? その問題ばかりは解決できる気がしない。
そうやって充実した日々を送っていた俺だが――
気付けばあっという間に一年と数か月が経過していた。
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俺は間もなく十四歳になろうとしていた。
背が伸び、手足もすらりと伸びて、背丈だけなら既に普通の大人くらいはあるかもしれない。
もちろん成長したのは体だけではない。色々と学んでいたこともそれぞれがレベルアップしていた。
特に稀代の錬金術師であるアル・シェンロンから師事した錬金術は目覚ましい成長を遂げた。
おかげで――ようやく――あれが完成した。
そう、玉璽レプリカである。
「ついにやった……」
俺は思わず感嘆の声を上げた。
特別な意匠がこらされた、手の平の上に収まる程度の大きさの像型マジックアイテム。
本物に比べ龍の意匠は可愛らしくデフォルメしたのは、ルナ用にこしらえたためだ。
さらにはルナが持ちやすいように本物に比べ小型化してある。
気配遮断の機能を高めるために、他の機能は極力削ぎ落した。それ故に気配遮断以外の機能はほとんど期待できない。その代り、ルナの気配……とりわけあの強大過ぎる魔力の気配を打ち消す機能は折り紙つきだ。
恐らくそれでも完全には抑えきれないだろうが、「普通に凄すぎる魔術師」くらいまでは抑えられるはず。
要はそれでいいのだ。叔父はルナがこの世に一人だけの特別過ぎるくらい魔力を隠したがっていたのだから。
ルナがこの世にただ一人の特別ではなく、せいぜい「十年に一人くらい」の特別くらいなら問題はないだろう。
「ついにやったな」
ずっと付き合ってくれた先生がそう言った。
「へっ、たった二年でそんなもんを作り上げちまうとは、てめえはもう一部に関しては俺を抜いちまったかもな」
「何言ってるんですか。まだまだ先生には全然敵いませんよ」
「だから、『一部』に関してはって言ったろ? そう簡単に俺の全てを抜かれてたまるかよ」
その通り。錬金術に関して先生はまだまだ遥か高みにいる。
「その『一部』だが――物を見て、それの贋作を作ることに関しちゃ、お前は他のどの錬金術師よりも長けている。それだけは胸を張りな」
確かに、玉璽のレプリカとはいえ、恐らく他の誰も作れないはずだ。先生も含めて。
それは別に先生の錬金術としてのレベルが、玉璽を作った人に比べて低いというわけではない。
先生は【玉璽】を作れないが、逆に【玉璽】を作った人は、先生の研究している命を造り出す錬金術に関しては先生に敵わないはずだ。つまり、錬金術は己の得意分野を高める法なのである。
で、俺の得意分野はというと、他人が作った物を真似ることだった。
これは俺が【流体魔道】を使えるからという、特別な状況によるものであることは間違いない。【流体魔道】で物質に宿る魔力の流れが見えるから、造りが理解出来るのである。
――まあ、マジックアイテムなど魔力が流れているもの限定ではあるが。
逆に魔力が流れていないものは、そもそも簡単な造りのものが多いから別に構わない。
とにかくこれで目標としていた物が完成したわけだ。
後はこの玉璽レプリカをルナに届けるだけだが……そのためには俺はここを去らなければならない。
先生には事前にそのことを伝えてある。だが、やはりここでもう一度言わなければならないだろう。
しかし、言いづらかった。
さんざん色々と教えてもらっておいて、作る物を作ったら、はい、さようならなんて……なんと都合が良い弟子だろうか。
俺はぎゅっと手を強く握って、それでも口を開く。
「先生、すいません、俺……」
「研究はどこでも出来る」
「え?」
「約束しろ。スカイフィールドに帰っても俺の研究を続けろ。そしてたまに答え合わせに来い」
「先生……」
「いつか作るぞ。俺たちの理想の美少女を」
「……はい!」
やはり先生は男だ。
内容はアレかもしれないが、俺たち二人にとってそれは掛け替えのない『夢』そのものだった。
ただ、一つだけ釘を差しておかねばならない。これはとても重要なことだ。
俺は咳払いを入れると、
「先生……理想の美少女は、お互いにそれぞれ一人ずつ作りましょうね?」
「当たり前だ」
さすが。
何故なら俺たち二人の理想の美少女はそれぞれ違うのだ。だから一人ずつ作らねば意味がない。先生は当たり前のようにそれを理解していた。
「そう言えば理想の美少女について散々語り合ってきたが、お前はどんな美少女を作るつもりなんだ?」
「ツインテールのヤンデレ型美少女です」
俺は即答した。
「ふっ、さすがだな。淀みのない答えだ」
「先生はどのような美少女を作る予定なのですか?」
「従順なご奉仕メイドだ」
ふむ、なるほど。そう来たか。真っ直ぐな答えだ。
ちなみに先生はずっと助手を欲しがっていた。もっと詳しく言えば、理想の美少女に研究を手伝ってもらいたがっていた。
素直で優しい助手の女の子と一緒に自分の仕事をやっていきたいらしい。
それを知りつつも、俺は一応言ってみる。
「ウチのオキクみたいなのもおすすめですよ?」
「あれはあれで悪くないが……というかお前、理想の美少女像といい、あのメイドといい、ちょっとMっ気がないか?」
「………。そんなことありませんよ」
「……何故言い躊躇う」
そんなわけない。俺はノーマルだ。
ヤンデレとか言ってる時点で全然ノーマルじゃなかった。
「………」
「………」
「趣味は人それぞれだ」
「……ですよね」
大都にある先生の研究室の中、ちょっとだけ、気まずい空気が流れた。
だが、先生には最後まで気遣われてしまった。
俺が気負わないように、敢えて茶化してくれたのだろう。
多分、俺はずっと先生に頭が上がらない。そう思った瞬間だった。
とにもかくにも、これで先生に関しては何とかなった。
次は――
そう。
ファラウェイである。
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