第66話 花姉妹

 ファラウェイは翌日から己の派閥形成のために奔走し始めた。

 色々な名家に挨拶に行き、あっちこっちに使いを出したりしている。

 ファラウェイがそうしている間、その方面で俺が出来ることは何もない。何故なら俺は所詮、他国に人間にすぎないからだ。

 俺が出来るのは最低限のアドバイスと、来たるべき時に備えて己を鍛えることだけ。

 そんなわけで俺はこの数日、中華大国王室の魔術書庫に籠っていた。

 ここにはパッと見ただけでスカイフィールドの屋敷では見たこともないようなタイトルの魔術書がたくさんある。

 場所によってこれほど魔術の形態が違うのは面白い。これでまた魔術に応用が利くし、幅も広がるだろう。

 ――だが、それはあくまで小手先だ。あのクロに対して切り札になる書物があるかといえば、そうでもない。

 俺がクロや叔父の領域に足を踏み入れるには、あと一つ何かが欠けている気がした。

 そのために何をすべきなのか?

 俺にはやはり瞑想による魔力コントロールの上昇しか思いつかなかった。

 ――ただ、それだけでいいのか?

 もちろん魔力コントロールは重要であるし、時間さえ積めばいずれはあのクラスに追い付ける自信はある。

 しかし、短時間でクロを上回るにはそれだけでは足りない。

 では、どうする?

 俺は書庫の椅子に座りながら考え込んでいた。

 ――その時である。コンコン、と、扉を叩く音がしたのは。


「失礼するぞ」


 入って来たのは一人の女性だった。

 見た感じ、一目で武人と分かる出で立ちだ。

 中華風ドレスに鉄の胸当てをしており、背中には錘(すい)と呼ばれる武器を三本も抱えている。錘とは棒の先端に丸い鉄球が付いた武器で、言ってしまえば中華式ウォーハンマーだ。

 そんなものを背中に三本も背負った彼女は、しかし、滅茶苦茶美人だった。

 前髪は右半分がぱっつんで、左半分は後ろに流している。

 後ろ髪はとてつもなく長く、地面すれすれまで伸びていた。

 黒髪に黒目。

 瞳は凛々しくこちらを見据えており、彼女の内面の強さを伝えてくる。

 これぞ中華風美人。息をのむほどの美貌だった。


「君がエイビー少年だろうか?」

「え、あ、は、はい」


 いかん。めっちゃどもってしまった。俺、こういう美人美人した人は苦手なんだよな……前世から。

 しかしどもってしまった俺を気にした風もなく、彼女は手を前にだし中華風の礼をすると、


「わたしはニャンニャンの姉で、項花玲(シィアン・ファ・リン)という。以後、見知りいただきたい」


 何と。この人がファラウェイのお姉さんか。あの有名な詩、『中華大国に二つの秘宝あり。一つは玉璽。一つは花姉妹』と詠われた片割れの女性だ。

 彼女は片膝を付くと、頭を下げてきて、


「まずはニャンニャンの姉として礼を言わせてもらう。よく妹の命を救ってくれた。この通り、感謝する」


 俺は慌てる。


「い、いえ、そんな! あれは彼女の力があってこそ切り抜けられたんです!」

「謙遜しなくていい。妹から詳細は聞いている。君がいなければ最初の襲撃で死んでいた可能性があると言っていた」

「そ、そんなことは……」

「ふむ、なるほどな。妹が苦戦するはずだ」

「え?」


 彼女は立ち上がると、俺をまっすぐ見下ろしてくる。


「【魔力ゼロ】というのは本当のようだな。だが、君からは何か不思議な感じを受ける」

「不思議な感じ?」

「ああ。武人だからこそ分かる。君の立ち振る舞いには隙がない」

「……!」

「それに、いざとなったらどんなことにも対処してみせるという自信を感じる」

「き、気のせいでは?」

「………」


 玲さんはじっと俺のことを見下ろしている。……ぐおお、凄い圧迫感。美人の目ってなんでこんなにプレッシャーなんだろうか?

 ややあってから彼女は相好を崩した。


「フッ、そういうことにしておこうか」


 笑ったら笑ったで、こちらは顔を赤らめるしかない。美人ってどう相手をすればいいのかホント分からないわ。


「だが、出来ればいつか、君とは手合せをしてみたいものだ」


 そう言って今度は鋭い覇気を放ち始めた。……ふぅ。こっちの方が心地良いってどういうこと?

 だが、彼女から感じる内包された魔力量は大したものだ。

 そして、それ以上にその質。彼女の体内を駆け巡るエネルギーは、これまで見てきた誰よりも大きく、熱い。

 それにその立ち振る舞い。どこかあのストロベリー姉さんを彷彿とさせるものがあった。

 ……恐らく彼女は現段階のファラウェイよりもずっと強い。そして、俺よりも……。

 中華大国一の将軍と噂される力はどうやら本当のようだ。


「今の俺ではあなたに勝てそうにありません」


 俺がそれだけ答えると、玲さんはぴくりと眉を動かした。そして、値踏みするようにまた俺を見下ろしてくる。


「……なるほど。あのババ様が気に入るわけだ」

「?」

「物事を正しくとらえられる力は、存外に持ちがたいものであるということだよ」


 ……中々難しい言い回しをする人だな。まあ、何となく言わんとしていることは分かるけど……。


「それに、わたしは『いつか』と、そう言ったろう? 君はいずれわたし以上の強さになる。わたしにはそれが分かる」

「……!」

「君からはニャンニャンを前にした時と同じか、信じられないことにそれ以上の才気を感じる。わたしの武人としての魂が、ここまで震えるのは初めてのことだ」


 ……あの、だからって覇気を全開にしないでもらえるかな? オキクの殺気ほどではないにしろ、圧迫されて中々苦しいんだけど……。


「フッ、すまぬ。わたしとしたことが逸る気持ちを抑えられんとは」


 彼女は覇気を抑えて言ってくる。


「そういえば、こんなことを言いに来たのではなかった。エイビー少年、わたしに何かして欲しいことはないか?」

「? して欲しいこと?」

「ああ。君はわたしの大事な妹を助けてくれた。それは何にも代えがたいことをしてくれたということだ。だからわたしは君のために何でもするぞ」

「な、んでも……?」


 思わず玲さんの体を見てしまう。

 ――いやいや、何を考えているの俺? 最低だよ。だから前世で『肝男田キモオ』っていうあだ名が着くんだよ。

 俺は首を振ると、


「い、いえ、俺はこの書庫の使用許可をいただいただけでも大変助かっています。それに俺にとってもファラウェイ……ニャンニャンは大切な仲間。助けるのは当たり前です」


 そのように答えると、玲さんがきょとんとした顔になった。


「……君は本当に良い男なのだな」

「え? い、いえ、そんなことは……」

「気に入った」

「は?」

「困ったことがあったらいつでもわたしに言うといい。一武人として君の力になろう」


 それだけ言うと、彼女は踵を返した。


「すまないな。今日帰ったばかりだというのに、またすぐに前線に出なければならないんだ」


 ……忙しい人なんだな。

 この人がいるからこそ魔族領との境界線が安定していると聞く。だから彼女はずっとここに留まるわけにはいかないのだ。

 彼女自身、妹の力になりたいだろうに、国のことを思うとそれも満足に出来ない。恐らく歯がゆい思いをしているに違いない。


「どうか妹をよろしく頼む。大切な妹なんだ」


 その言葉に全てが集約されていた。


「頼んだ」


 最後にもう一度言うと、頭を下げて玲さんは出て行った。

 ――その言葉の重みが俺の胸を打つ。

 同時に、深い信頼を得たことによる心地良さが胸の奥を駆け巡っていた。

 ………。

 よし、じゃあ頑張るか。

 取りあえずいつも通り瞑想しながら、新しい力について考えるとしよう。



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