第21話 【雷神】
俺が家から出て行くことが決まってから十日が過ぎようとしていた時だ。
俺は修行のため、いつものように見晴らしの丘へとやってきたのだが、そこに先客が一人いた。
――花畑の端で蹲るようにして泣いている少女。
透き通ったような金の髪が特徴的で、彼女が啜り泣くたびにそのボブカットの金髪が揺れている。
……こんなところに女の子が一人でいるのは珍しいな。
そう思いながらも、放っておくわけにもいかないので俺は声を掛ける。
「あの……大丈夫?」
ビクッと揺れる肩。
その顔がゆっくりと上げられていく。
俺は驚いた。
目の前の女の子が目を見張るほどの美少女だったから。もしかしたらルナとタメを張るくらい可愛いかもしれない……。
しかし、その青い瞳が俺を見るなりに恐怖で彩られる。
「ひっ!?」
「い、いや、怖がらなくてもいいよ。俺はほら、子供だから」
一応手を広げ全身を見せることで子供アピールすると、こちらが同い年くらいの少年だと見ると少し警戒感が薄れたのか、
「……あ、あなた、だあれ?」
「君こそ誰だ? こんなところ女の子が一人で来るところじゃないぞ?」
「ぼ、ぼくは無理矢理ここに連れてこられただけだよ……」
なんと……この子は僕っ子か。
――説明しよう。僕っ子とは女の子で「僕」という一人称を使う子のことである!
説明しなくても分かるかもしれないが、俺にとっては結構重要なことなので説明してみた。
それにしてもこんな可愛い子を無理矢理連行するなんて許せないな。
誰だよ、そいつ。ぶっ飛ばしてやる。
「誰に連れてこられたんだ?」
「ストロベリー姉さん……」
前言撤回。あの人の関係者かよ……。あの人をぶっ飛ばせるわけがなかった。
しかし、「姉さん」だって? あの人に妹なんていたのか? 弟の話しか聞いたことがないが……。
「あ、自己紹介がまだだったな。俺はストロベリー師匠の弟子でエイビー・ベル・スカイフィールド」
「き、君が……?」
「俺のことを知っているのか? ところでストロベリー師匠はどこに行ったんだ?」
「全て弟子のエイビーに任せると言って僕を置いて帰っちゃった……」
なんじゃそら。あの人、大雑把にもほどがあるだろ……。
大体こんな可愛らしい少女を俺に預けることに何の意味があるのか?
「ところで君は師匠とどういう関係なんだ?」
「ぼ、僕はストロベリー姉さんの弟のチェリッシュ・ラム・パトリオト……です……」
「ふーん、弟……ん? 弟?」
俺は思わず目の前の少女を二度見してしまった。そこにはどう見ても超がつくほどの美少女しかいない。
服装もふわりとしたフレアスカートに清楚なブラウスという装い。どこからどう見ても超可憐な少女である。
「……え、もう一度言ってくれる? 弟? え? 妹じゃなくて?」
「お、弟です……」
「……君、男なの?」
「……うん」
まさかの僕っ子じゃなくて男の娘でした。
――説明しよう! 男の娘とは性別は男だが、外見が女の子と見分けがつかないくらいに可愛い男の子のことである!
……いや参った。俺にはそっちの趣味はない。
そっちの趣味はないのに、目の前にいる子が可愛すぎておかしくなりそうなほど可愛い
しかし、なるほど……師匠が嘆いていた理由が分かった。こりゃ男らしくないとかいうレベルの話じゃないわ。
もう女の子じゃん! そんじょそこらの女の子よりよっぽど可愛いとかいうレベルを飛び越えて超絶美少女。そりゃあのストロベリー師匠にため息を吐かせるわけだ。
それで、この子を俺に任せて置いていったの?
……荷が重いよ。もうこれ、男らしくするとかそういう以前の問題じゃん。むしろアレが付いているのが信じられないんだけど……。
うるうるとした視線で見上げられて俺の思考回路もショート寸前。ミラクルロマンス。
あかん。だんだん頭がおかしくなってきた。
そんな益体もないことを考えていると、
「やっぱり僕っておかしいのかな……?」
「え?」
師匠の弟――チェリッシュは顔を伏せて、
「僕、こんな見た目だから周りから変な目で見られるんだ。それに加えて性格も弱々しいし、趣味だって女の子っぽいことが好きなんだ……」
「ふうん。で?」
「そのせいで親には『嫡男としての自覚はあるのか』と怒られ、姉さんも悲しませてしまって……」
そう言ってチェリッシュは目に涙を溜めて鼻をすすり始めた。その様はもう美少女が泣いているようにしか見えないし保護欲のそそられ方がヤバい。
ただ、俺は思っていた。
これはこれでアリじゃないか、と。
「やっぱり僕って変だよね……?」
「いや、別に?」
「へ?」
チェリッシュはきょとんとした顔をしていた。
「……もしかして、慰めてくれているの?」
「いや、別に?」
「へ?」
チェリッシュはまたきょとんとした顔になった。
「き、君は僕のことを変だと思わないの?」
「別に? お前のそれは単なる個性だろ」
「個、性……?」
チェリッシュは意外そうに首を傾げるが……俺は実際そのように思っていた。
万人が万人、同じはずがないし、チェリッシュのそれは単に個性が強いだけだ。
別に悪いことをしているわけでもないのだから、そんなに気を止む必要はないと思うのだが。
「ほ、本当に僕のことを変だと思わないの?」
「安っぽい言い方になってしまうけど、お前はお前だろ?」
「……!」
「『女だから、男だから』なんて考えは古いんだよ。自分をしっかり持っているなら、それでいいと思う」
特に俺の前世の世界では女だからとか、男だからとか、そういう考えは撤廃しようという考えは当たり前のようにあった。
ようは自分らしく生きたらいいのだ。それを他の人に文句を言われる筋合いなどない。
それに俺は、チェリッシュの体内魔力の高さを見抜いていた。これはしっかり努力している奴の魔力の波動だ。こいつがそんじょそこらの奴よりよほど努力していることが、俺だからこそ理解出来ていた。
こいつは外面こそ女っぽいが、中身はしっかりしている。それが俺の印象だった。
むしろ何の問題もない。
きっとこいつならいざという時、大事なものを守れるだろうから。
「別に外見が女らしくても、男として守らなければならないものを守れるなら、お前は立派な男だよ」
「……!」
チェリッシュは目を見開く。
そしてまたその瞳に涙を溜めていく。
「……そんな風に言ってくれたの、君が初めてだよ……」
「そりゃあ大変だったな。俺も上面だけ見られて【魔力ゼロ】だとか出来損ないだとか言われるから気持ちはよく分かるよ」
「そうか、君も……。……でも、不思議だな。君からは何か特別な力を感じるよ」
「!」
こいつ……まさか、俺が【流体魔道】を使えることを見抜いたのか!?
……いや、まさかな。そんなわけがない。師匠でさえそれは気付かなかったことだ。
でも一応聞いてみるか。
「俺から感じる特別な力って何のことだ?」
「僕は雷の魔術が得意でね、体の中に流れる電気を読み取って相手の力が何となく分かるんだよ。君には魔力がないのに、君の体には魔術を行使した痕がある。そして癖になっているのかもしれないけど、たまに外部から魔力を体内に取り込んでいるよね? もしかしてだけど、周りの魔力を自分の体の中に取り入れることが出来るのかい?」
……めっちゃバレとる。
しかし有り得ない。体内に流れる電気を読み取るなんて、そんなことが可能なのか……?
チェリッシュはさっき簡単にそう言ったが、それは難しいとかいうレベルではなく、一種の才能が必要なはずだ。
「……お前、とんでもない奴だな」
「え? そ、そう? 僕にとっては普通のことだったんだけど……」
「その技能、他の誰かに言ったことがあるか?」
「い、いや、ないよ。もしかしたら姉さんは気付いてるかもしれないけど……」
「だったら師匠以外には誰にも言わない方がいい。それは秘密にしておいて、お前の奥の手としておいた方がいいと思う」
「そ、そう? あ、ありがとう……会ったばかりなのに、僕のことを考えてくれて……」
そう言ってもじもじする様は本当に可愛い女の子にしか見えなくて、うっかりするとときめいてしまいそうになる。というかときめいていた。
「あ、あの……よかったら僕と友達になってくれる……?」
上目遣いはやめろ……!
俺は早くなる動悸を抑えながらも頷いた。
「ああ、よろしく頼む」
「うん……!」
頷く様がまた可愛いのなんのって……。
「ねえ、僕、本当にこのままでいいのかな……?」
それは暗に「せっかく友達になったのに、このまま女の子っぽくていいのか?」と問い質しているのだろう。
だが、手を出しさえしなければ超可愛い女の子と一緒にいるのと変わらない。俺的には全然アリだった。
「超個人的な意見を言えばむしろ変わらないでくれ!」
「そ、そう?」
……いかん、ちょっと引かれてしまった。
その様もそそるからまあいいかと思う俺はもしかしなくても変態だった。
まあいいや。せっかく友達になったのだから、お互いにないものを教え合って互いを伸ばし合っていきたいものだ。
「よかったら今日、これから一緒に修行しないか?」
「え? い、いいの?」
「もちろん」
「う、嬉しいな……これまで同じくらいの年齢の子と一緒に修行することなんてなかったから……」
聞けば聞くほど結構不憫な奴だな。
まあ、これからはそこら辺も助け合っていけたらいいなと思う。
と、そこで俺はふと気づいたことを訊ねてみる。
「ところで、今日ってストロベリー師匠はここに戻ってくるのか?」
「え? わ、分かんない……」
「師匠が戻って来なかったら、お前、どうやって領地まで帰るの? 見たところ馬もないよな?」
「さ、さあ……姉さんは適当だから」
……本当に適当過ぎるだろ。
こいつの苦労が手に取るようにして分かった。
「……よかったら今日は俺の家に泊まるか?」
「え? い、いいの?」
「もちろんだ。友達だろ?」
「……う、うん。じゃあ、よろしくお願いします」
そのはにかむような笑顔にまたときめいてしまう。
取りあえず、変な気を起こさないように自制しなければならない。せっかく友達が出来たのに嫌われたくないから。
そして、その想いは間違いではなかったことになる。
何故なら彼――チェリッシュ・ラム・パトリオトは、後の【帝都六英才】の一人にして、【雷神】の二つ名で呼ばれるほどの大魔術師になるのだから。
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