第4話 魔術の勉強
子猫は死んだ。
食べ物を満足に得ることが出来ず、冬の原っぱで凍えながら惨めに死んだ。
彼女が思い出すのは一年前、自分のことを助けてくれた人間のことだ。
あの時はよく分からなかったが、あの後、落ち着いてからようやく自分が助けられたことが理解出来た。
あの時、逃げてしまったことを謝りたかった。
叶うなら――あの人間と同じところに行きたい。
そう思いながら子猫は死んだ。
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俺は二歳になった。
この世界の言葉はヒアリングに関してはもはや完璧である。
今はリーディングとライティングの勉強中ではあるものの、既に読み書きもある程度出来るようになっていた。
そんなわけで俺は今日も今日とて魔術図書室で勉強に励んでいるところだ。
いやー、このスカイフィールド家は魔術の名家だけあって魔法や魔術関係の蔵書の量が凄まじい!
こうして魔術関係の本を見ていると、本当に魔法ってあるんだなーとしみじみ思う。
ただ残念なのは俺に魔力がなく、試そうにも試せないところだ。
まあ、俺は諦めていないけどね。魔術を使うことを。
だからいずれ魔術を使えるようになった時のことを考え、こうして勉強しているのだ。今の内に魔術の原理だけでも理解しておくことは絶対に無駄にはならない。
とにかく努力だ。一に努力、二に努力。三、四がなくて五に努力である。いや、むしろ魔力が無いというハンデを背負っている分、三と四も努力しなければ。
取りあえず蔵書の量がハンパないので、まずは速読から覚えた方が良さそうだな。
前世で速読関係の本を読んだことがあるのだが、速読は練習さえすれば誰でも出来るようになるらしい。まあ、前世の俺には出来なかったが……。
しかしこの蔵書量だとどう考えても速読を覚えた方が効率がいい。魔術の勉強をしながら同時に速読の練習もしていこうと思う。
そんな風に意識的にページを捲る手を速くしながら魔術本を読んでいると、ふと、真後ろから声がかかる。
「坊ちゃま、またこんなところにおられたのですね」
オキクだ。いつの間に後ろにいたのだろうか? 頼むから気配を消して後ろを取るのはやめてほしい。心臓に悪いから。
「……ねえ、オキク。びっくりするから普通に前から声をかけてもらえないかな?」
「申し訳ありません坊ちゃま。つい癖が……じゃなくて、普通に声をかけたつもりですが?」
今「つい癖が」って言いかけていたぞ……。
「それに坊ちゃまがわたしに黙っていなくなるのが悪いのです。用事を済ませている内に気付くといなくなるのですから。せめて声をかけて下さいませ」
「だってオキク、すぐに俺……じゃなかった、僕のことを外に連れて行こうとするじゃないか?」
「坊ちゃまがこの部屋に籠り過ぎるから不安になるのですよ。放っておくと日が当たらないこの部屋に一日中籠っているではありませんか」
「僕の歳なら歩けるようになっていれば十分だろう?」
「それでも少しくらい日に当たってくれないと心配です」
最近、オキクと顔を合わせるとずっとこんな会話ばかり繰り返していた。
彼女が俺のことを心配してくれているのは分かるのだが、今は自分のやりたいことをやらせてほしい。俺はただでさえ魔力が無いというハンデを背負っているのだから。
「今は少しでも勉強したいんだ。将来、後悔しないためにも」
俺のその言葉には力が籠っていた。
そう、俺は前世でとても後悔した。努力しなかったせいで絶望する結果になった。
だから俺はそれを繰り返さないためにも努力しなければならない。
その想いが伝わったのか、オキクは小さくため息を吐きながらも薄く微笑んだ。
オキクは滅多に笑わない。笑ったとしてもとても小さな微笑みだ。
だが、それでも。今の彼女の笑みからは優しさを感じる。
「坊ちゃまは凄いです。そのお年でそのようなお考え……普通ならば出来ません。ご立派です」
最近、オキクはことあるごとに褒めてくる。
彼女は俺の親代わりのようなものだからか、本当に我が子のように、弟のように可愛がってくれる。
彼女は根が暗殺者なので時折おかしな言動はあるものの、悪い気はしなかった。
「坊ちゃまは天才です」
「ほ、褒め過ぎだよ」
「いいえ、坊ちゃまは控えめに言って天才です。そのお年で文字を読めるどころか魔術に対する理解を示すなど聞いたことがありません。同じ年の子供たちの中で坊ちゃまは一番賢いはずです。いえ、群を抜いて一番だと思います。坊ちゃまは大天才です」
おおお……めっちゃ褒められる。
俺がむず痒い思いでいると、オキクは小さく呟いた。
「これならお館様もお考えを改めるかもしれませんね」
その呟きを聞いて、しかし俺は内心で首を横に振った。
それはないだろう。あの男が重要視しているのは何より魔力だ。大きな魔力を持つ、優れた『血』を求めているのだ。このスカイフィールドの家をより盤石にするために。
つまり魔力がゼロの俺などお呼びではないのである。
まあ、俺は別に家のことなどどうでもいいのだが。
ただ、それとは別に俺にはどうしても魔法が使いたいという思いがあった。だからどうにかして魔力を高める方法がないか探しているのだが、今のところ問題を解決出来るような本に出会っていない。
そこでふと、単純な疑問を思い付く。
「ねえ、オキク。この世の中に魔力を増やす方法ってあるの?」
「それは……」
オキクが言い澱んだ。
恐らく『魔力ゼロである俺の魔力を伸ばす方法』はないのだろう。
俺は苦笑する。
「普通の魔術師がやる方法でいいんだよ。それを教えて欲しい」
「……それでしたら瞑想が最も効果的かと」
「瞑想?」
「はい。この世界には魔術師の『血』を重視するあまり己の魔力と向き合うことを軽視する傾向がありますが、わたしの見解を述べさせていただきますと、瞑想によって魔力の流れを知り、感じ取ることは、魔術を使う上で最も重要だと考えます」
……なるほどな。
「ただもう一度申しますが、これはあくまでわたしの見解です。一般的にはそんなことをするよりも魔術の勉強をした方が効率的だと考えられていますし、特に貴族の間で瞑想などと言えば鼻で笑われてしまうことでしょう」
ふーん、そんなものなのか。
まあ俺はなりふり構っていられないし、別に笑われたって構わないのだが。最終的に魔術を使えればそれでいい。
ただ、オキクからそのような見解が出たことは正直言って意外だった。
何故なら彼女は魔術師ではないのだ。それなのに彼女の言葉にはかなり確信めいた響きがあった。
……これは少し彼女に対する見方を変えた方がいいかもしれない。
彼女は暗殺者だ。だから何か専門の魔術を覚えていてもおかしくはない。
俺は訊いてみる。
「もしかしてオキクも魔術を」
「何のことでしょうか?」
即行で口を挟まれた。
「いや、だから、オキクも魔術を」
「わたしはただのメイドです、坊ちゃま」
オキクの微笑みには有無を言わせない迫力があった。どうやら彼女は自分が一般的なメイドということで通したいらしい。
珍しく俺に対して殺気を向けてくるオキクに冷や汗を流しつつ、
「そ、そうだね。オキクはメイドだった」
「その通りですよ。坊ちゃまはうっかりなのですから」
「あはは」
「うふふ」
いや、目が笑ってねえよ。怖いよ……。
まあ、とにかく一度、瞑想を試してみるのもいいだろう。というか他に何も当てがないのだから。
そう思いつつ俺は読みかけの本を閉じた。
もちろんオキクと外にお出かけするためである。
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