赤い海
長い下り坂を降りていくと、そこには真っ赤な海がある。それに触れてしまうとどろどろと腐ってしまうらしく、少しでも水がつこうものなら魂に傷がつき、やがては死に至るのだとおばあちゃんが言っていた。だからナツキは海に近づこうとはしなかったし、誰もがそうしていた。
そんなある日、ナツキは下り坂を降りていく人影を見つけた。怪訝に思って視線を追うと、その人が海に一直線に進んで行こうとしていることに気がついた。
「危ないですよ」
と声を掛けたものの、彷徨うように足元の覚束ない様子で歩いていく。聞こえなかったのかと思い、ナツキはもう一度声を掛けようとしたが、相手の虚ろな目を見てひっ、と息を吸い込んだ。魅入られたように海へと吸い込まれようとしている。ナツキはそれを止めるために急いで下り坂を降りた。
ナツキの足音が響き渡り、相手はくるりと振り返った。爪先にはもう赤い海が迫っていた。肩で息をして、ナツキは思い留まったのだと安心した。だがそうではなかった。不気味に笑いながら、ナツキをその瞳に映している。その背後には大きな口。
それは人間ではなくて人型の提灯──を提げたアンコウが奥に待ち構えていた。
「そっちは危ないですよ」
ふと声がして、ナツキは思わず坂の上を見た。優しい誰かが、赤い海に入ろうとしていると思ってナツキを止めようとしてくれたのだ。しかし実際はそうではない。心配してくれたのか、助けようとこちらへと駆け下りるのが見えた。ナツキは手で払って、
「こっちへ来ないでください」と言った。
ナツキはこの大きなアンコウが見えないのかと思ったが、間も無くして食べれてしまい、意識が途切れた。
救助に駆け下りた人は、突然目の前で人が消えたのを見て酷く驚いた。自分を手招いた後に消失したのだ。それはまるで黄泉の世界に引き摺り込もうとしているように見えて、ぶるりと震える。赤い海がゆらり揺れていて、他に何も残らなかった。
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