第53話 戦闘準備
憂鬱な朝だ。もはや快調で起床できることの方が珍しいレベルだな。憂鬱が日常化したらいつか心が病んでしまいそうだから、たまには気分良く寝起きしたいところである。
溜息を吐きながらもなんとか体をベットから持ち上げる。
そして、昨日壁に投げつけたスマートフォンを拾い上げ通知を見る。柳谷の親父からの通知がポポポポーンって感じで連なっている。
「見たくねぇなこれ。既読つけないで放置もあり」
柳谷が学校で話しかけないでモードに入っているのは、もしかしなくてもこの親父のせいだよな。もっと言えば、親父のスマホを勝手に持ち出した柳谷のやらかしが招いた結果である。
あいつ一方的に話しかけるな宣言してきたけど、今回に限っては俺はあまり悪いことしてないぞ。やったことと言えば勘違いセクハラくらいだ、あれは良いか悪いかで言ったら、良いセクハラだった。
よし、ということでひとまず既読は付けず放置しよう。
そして、いつも通り制服に着替えて、意気揚々と学校に向かった。
――――――――――――――――――
今現在、学校の校門前。登校している生徒はどこにも見当たらなかった。
そういえば、今日は土曜日でした。俺は何をしているんだろうか。もしかしたら、気づいていないだけで、頭がぱっぱらぱーになっているんじゃないだろうか。
校門の前でポツンと仁王立ちすること10分。
なんだろう、誰でもいいから癒してもらいたい。
スマートフォンを取り出し友達一覧を確認してると、タイミングよく悪魔からの着信があった。
春斗という名前が表示されている。誰でもいいとは言ったけどね。うん、誰でもいいわけじゃなかったなこれ。癒しから一番遠い奴なんですよこの化け物。出てくるのは夏休みとか長期休暇の時だけにしてほしいよ。
無視するかしないか迷いつつも出ることにした。春斗だって100回のうち1回くらいは重要な電話をしてくることもあるからな。その一回が今であることだってあるかもしれないし。
「はい、もしもし」
「お前暇かー。沖田アパートの前に集合な」
「おい、待て」
ブツリと切れる。電話の意味ねぇ。
正直全く行きたくない。けれど沖田アパートの前というのが気になる。前回のナチュラル空き巣を見た後だと、今度は味を占めてナチュラル放火とかもやりかねない奴だ。
仕方ないので、向かうことにした。
―――――――――――――
もう冬も近いのにタンクトップの奴が待ち合わせ場所にいた。知り合いじゃないことを願いたい今日この頃。残念ながら知り合いなんだよ、くそったれ。
「お、来たか。……なんでお前、学校の制服着てんだよ」
「年中タンクトップのお前に言われたくない。……まぁ、それで今日はどうしたんだって?」
「おっさんの指示でな、お前を招集した」
「はぁ?それはどういう?」
「まあ、付いて来いよ。百聞は一見に如かずってな」
そう言って歩き出す春斗の後ろを駆け足で俺も付いて行く。
春斗が止まったのは沖田家のアパートの部屋ではなく、その隣の部屋の名もなき一室。
そして、春斗はなにやら工具を取り出して扉の鍵に向かったガチャガチャと。
「それピッキングか。お前とうとう……」
「まぁまぁ、落ち着きなはれ。お、開いたぞ。入るぞ」
「嫌なんですけど」
「まぁまぁ、落ち着きなはれ。今回は誰にも咎められることのない真っ当な侵入だ」
「なんだそれ」
「まぁまぁ、落ち着きなはれ。今回は誰にも咎められることのない真っ当な侵入だ」
壊れたNPCみたいになっちゃったよ。このまま立ち往生してたら、エンドレスに続きそうな雰囲気だ。
「はぁ、もう分かったよ。入るよ」
「おう、入れや」
そうして、入ったのはいつか見た沖田の家の中と同じ六畳一間の間取り。
沖田家は殺風景な雰囲気ではあったけど、生活感を感じられる家具などはあった。対して、俺たちがいる今いるこの部屋は何もない、誰も済んでいない空き部屋状態だ。
いや、何もなくはないな。部屋の隅っこに変な黒のアタッシュケースが二つある。この部屋には似つかわしくないスパイ映画とかで銃とか入ってそうなやつ。
「おっさんは物資が置いてあるって言ってたんだけど、多分これだな」
そう言って春斗はアタッシュケースを持ち上げる。
「おっさんが用意したんだから、大丈夫だよな。見た目的には物騒なものとか出てきそうな気配があるんだけど」
「開けてみりゃわかるさ。それそれ」
春斗はカチカチっと両端にあるロックを外してアタッシュケースを開ける。もうちょっと恐る恐る開けてくれよ、その辺のタンス開けるのと大差ない所作なんですけど。
「なんだこれ」
「あ、なんだ?」
春斗と一緒になってアタッシュケースの中を覗き込む。
「服とか、靴とか手袋とかいろいろ入ってるみたいだ。いったい何に使うんだ」
真っ黒な服とか、犯罪者が良く被ってる目出し帽とかも入ってる。
「なんやこれスカウターみたいなやつも入ってるわ。あとこれ、スタンロッドか」
俺らは戦場にでも行くのか。
「……もう一つのアタッシュケースも中身は一緒なのかな」
と開けてみたところ、どうやら中身は一緒っぽい。服とかのサイズは最初に開けた方よりも大きめだ、おそらく俺より体の大きい春斗用に用意されたものだ。
「俺たちはいったい何をやらされるんだ」
「分かんね。でも、おもろそうじゃね?」
「能天気すぎるだろお前、絶対面倒事になるやつだぞこれ」
スカウターみたいな片眼鏡を装備した春斗に小言を言っていると、俺のスマートフォンに着信アリ。
「おっさんか?」
「うん。タイミング見計らったように掛けてくるから怖いわ。とりあえず、スピーカーにするからな」
「おっけ」
着信を受け取り、スピーカーボタンを押して春斗と一緒におっさんの言葉を待つ。
『僕からの贈り物は受け取ってくれたかい』
「受け取りましたけど、いったいこれ何に使うんですか」
『あー申し訳ないんだけどね。ちょっと手伝ってもらいたいことがあるんだ』
「手伝ってもらいたいことですか?」
「早く言えよおっさん、回りくどいぜ」
はぁというため息が通話越しに聞こえてきた。おっさんでも春斗のペースは苦手らしい。
『神内璃々の家もしくは彼女の在籍する学校に侵入して、情報収集してきてほしいんだよ』
絶対前置き聞いてからの方が良かったよな、単刀直入すぎて理解するのに数秒かかった。なんならそんなに良く分かってないままふんわり理解しちゃった。春斗が急かすからだぞ。
「もうちょっと簡単なおつかいくらいの難易度のやつが良いんですけど」
「なんだ照人、弱気だな!オラわくわくすっぞ」
エキサイティングな春斗を無視して、もうちょっと詳しく話を聞いてみよう。
「なんで急にそんな侵入っていう話になるんですか。おっさんの力じゃどうしようもないことが起こったとか?」
『いや、まだ何も起こっていないよ。僕と神内璃々の戦いは膠着状態って感じだ。だが、僕はこの膠着状態を良いものだとは思わない。直接外に出て活動できない僕と違って神内璃々が自由に動き回れるからね。
そこでいつか有利を取られ、いつか君やその周りに悪影響を及ぼす可能性が高いんだ。前は僕に全部任せてみたいなことを言ったが、少々見積もりが甘かったな、あっちも中々やり手でね。君たちにはすまないとは思っているよ』
「まぁ、全部任せきりとはいきませんよ。やってやりますよ」
昨日、宣戦布告もされちゃったしな。俺にできることはやっておきたい。
『とりあえず、今日はその荷物を持って帰ってもらうだけでいいよ。目立たないように代わりの入れ物も入っているから、それに入れてくれると助かるな、どこに目があるか分からないからね』
「了解です。それでいつごろ俺たちはその侵入とやらをやらなきゃならんのですか」
『その服とかその他もろもろには色々機能が付いてるからね。その使い方を覚えてもらってまずその準備、後はできれば相手が油断している時を狙いたいが、君は昨日色々あっただろう、だからあちらも警戒しているだろうからね、まだ先の話になると思うよ』
「分かりました。あと、それで、連絡忘れてました。昨日倉橋の兄に会ったんですよ。おっさんは知ってたんですね」
おっさんが知っていたことにもう驚きはない。とりあえず、昨日聞いた内容を話すことにした。倉橋はあまり吹聴してほしくないだろうが、さすがに必要な情報だと思ったのでそれも含めて話した。
『神内璃々の宣戦布告と、倉橋の兄と妹のお話か』
おっさんの話によると、昨日俺と倉橋兄との接触はある程度予期していたことらしい。俺に会わせないようにすることもできたみたいだが、敢えて会わせてみることにしたらしい。倉橋の兄についても身辺調査はすんでいるようで、その結果、危険度はないと判断したようだった。
『まぁ、兄よりも僕らが目を向ける必要があるのは倉橋香澄の方だろうね。彼女こそこの世界のジョーカーだろう』
「え、どういうことです」
『ペナルティというものがどうも僕は気になる。それを受けた倉橋香澄、不思議じゃないか。僕の推測が正しいのなら、彼女は君よりもよほど未来を変える力を持っている。彼女がペナルティを受けた理由いつか倉橋兄に聞いてみてくれ。それではっきりするだろう』
「そのおっさんの推測ってどんなんですか」
『いいや、これはただの推測だ。確定的でないことを言ってしまえば君は余計なことをしそうだから、あまり言いたくない。とりあえず、君はこのまま倉橋香澄との関係をキープしてもらうだけで大丈夫だよ。彼女について知りたいなら兄をつつくことだ」
「……そうですか」
なんだよ、言ってくれてもいいじゃないか。俺は余計な事なんてしないぞ、多分。
「そうだな、お前は余計なことをするやつだからな」
「お前には言われたくないわ」
―——————―——————―——————―——————
その後は、適当に近況報告を伝え合っておっさんの通話は終了した。
「いやー、それにしても侵入捜査楽しみだな」
「俺は憂鬱だよ。これから先やることが確定しているのが超嫌だ。武器とか装備するとか、殺られる覚悟を持ちなさいってやつだし。はぁ……」
「お前は超回復があるんだからいいだろ?いざという時はお前を盾というか肉壁に利用するからな、そこんとこよろしくな」
「痛覚はあるんだよなぁ。目覚めたら廃人になってそうだ」
ガチバトルにならないことを願うしか今の俺にはできない。
そんな感じで今日のところは解散しますかという事になった。
アタッシュケースはここに放置で、ケースの中に入っていた何の変哲もない運動袋に中身を映してカモフラージュして、空き部屋から出る。
「そういえばお前さ。この部屋入る時、ピッキングしてたよな。お前元々そんな特技なかったよな、どこで覚えたんだ」
「ああ、そんなことか。前、沖田の家に空き巣した時にいた師匠覚えてるか?あの人とたまたま会ってな、レクチャーしてもらった。もう師匠よりも技量は上だぜ。プロ並みって言われてるしな」
「ああ、そう」
俺が死にかけたり色々あったここ最近、こいつはこいつで色々と犯罪者から技術を学んでいたらしい。ピッキング以外にも色々と小技を学んでいるとのことだった。悪用したら簡単に犯罪になりそうな技術ばかりだった。この暴れん坊将軍にだけは覚えさせてはいけない技術ばかりだった。
この空き部屋も春斗の技術を知ったおっさんが用意したようで、秘密の場所らしく鍵はなく、特殊なピッキング方法でしか開けられないらしい。
最近は神内璃々による監視が強いという事で、おっさんの身バレ防止のためにもこれから会議をするときはここで遠隔で話し合うという事になった。家から出れないという制限があるおっさんが住所を知られて、神内璃々に包囲されでもしたらもう一巻の終わりだからな。
なぜに、沖田家の部屋の隣という目立つ場所にそんな秘密の場所を作ったのかについては、灯台下暗し戦法と言っていた。色々と細かい事言ってくるのに肝心なとこでしょうもない。まぁ、ばれない自信があるんだろうけど。
とそんな立ち話を空き部屋の前でしていると、アパートの階段を上ってくる音が聞こえてくる。
「誰か来たな。あまり見られても良いことなさそうだし、帰るか」
「この二階からジャンプして帰った方がいいぞ、多分」
「はぁ?逆にそれ怪しくないか。堂々と階段使った方が良いと思うんだが」
「ふ、その選択が今後の命運を分けることになるだろう。さらばだ照人」
「や、おい、待てよ」
春斗は奇声を上げながらジャンプして地面に着地し、全速力で帰っていった。あいつ薬とかやってないよな。友人としてちょっと心配になってくるわ。
そんなことを思いながら、俺は素直に階段を使って帰ることにした。
ギコギコと階段を上ってくる音が途切れ、足音が俺が今いる通路に再び響き始める。俺は挨拶でもしようかと進行方向に見える人影をチラ見する。俺の瞳が捉えた人影は二人分。
そして、すぐに春斗と一緒にジャンプしておけば良かったと後悔。
「あれ、佐藤君?こんなところでどうしたの?それに学校の制服?」
沖田夏来である。万人を明るくする笑顔を俺に向けながら、透き通った髪を揺らし駆け寄ってくる。
「あぁ沖田、こんにちは。あのですね、ちょっと用事あってね」
「私に?」
そうだよな沖田に用事ってことになるよな。まさか、隣の空き室に潜入捜査アイテムを取りに来たとはどんだけ発想が豊かな人でも思いつかないだろう。
咄嗟に頭をフル回転して、訪ねてきてもおかしくない自然な理由をひねり出す。
そうだ、俺は沖田にやらかしの前科がある。やらかしておいて良かった。
「あの下駄箱のさ、あれなんだけどね」
ここまで言えば流石にわかるか。期待通り沖田もすぐに何かを察したように、あぁと頷く。やはり俺の仕業だと気づいていたか。
「夏来の同級生の子?夏来に用事があるのならあがってあがって、ボロ家だけどね」
そう言いながら俺に対して笑いかけてくるのは沖田の隣にいる人物だ。
まず目に入るのは色気たっぷりな服装である。谷間とはこのことだと言わんばかりの谷間の強調ぶり、加えてボロンと出した生足。そういえば、空き巣の師匠もここの奥さんは水商売どんとこいみたいな色気だって言ってたっけ。
次に気になったのが顔面だ。化粧に疎い俺でも分かるくらい塗りに塗りまくった厚化粧である。ここまでされると、原型が分からない、年齢不詳、変装の域に達してるわ。
ちょっと年齢聞いてみようかな。いや余計なことを言ってしまうとはこのことだな。変な藪はつつかずにここは素直に従っておくことにしよう。
そんな感じで今度は沖田宅におじゃましている我。俺はどんどん世界の流れに巻き込まれていく。
とりあえず、下駄箱の内職チラシ嫌がらせ事件について自白してみた。
「全然嫌がらせじゃなかったよ。なんかクラスで問題になっちゃたけど、私は感謝してるから。それでね、わたし佐藤君が紹介してくれた造花作りの内職やってるんだ」
満面の笑みで答える沖田。久しぶりのちゃんとしたヒロインスマイルだ。あぁ、癒される。優しい世界がここにあった。
周りを見渡せば、作業の材料が入った段ボール箱と完成した造花を入れている箱の存在を確認することができた。本当にちゃんとやってるわ。
「へぇー、君だったんだ。変わったことする子だねぇ」
とはお母さんの感想である。俺もそう思います。
それからお母さんのおしゃべりタイムが始まった。マシンガントークで色々と聞いてくる。内容は主に娘の話題だ。
「夏来は学校でどんな感じ?」
「クラスが違うので詳しく分からないのですが、人から聞く噂ではクラスの為に頑張っている良い子って感じですね。俺もそんな感じの印象です。滲み出る優しさの気配にはみんなほっこりします」
「へぇー。良かったね、夏来!」
「……うん。あの、お母さんもうそれくらいで、」
沖田は顔真っ赤です。分かるよ、辛いよな。ぐいぐい喋る系の母親を同級生の前に出すとこういう風になるから、早く追い出すに限るのだ。だが、生憎とここは六畳一間、どうあがいても絶望である。
こんな感じの母親なら、俺もちょいちょいノンデリカシーに突っ込めるかもしれんな。ちょっとした粗相くらいなら気さくな返事で切り返してくれそうだ。
「ん、どうしたの。私の顔見つめちゃって、何かついてる?」
「結構派手な化粧だなと思いまして」
「あはは、これねぇ。私すっぴんの顔幼いのよ。仕事してる時とかなめられると思ってね、だからちょっと大人っぽく見せるよう塗りたくってるの。さすがに塗りすぎかなとは私も思ってる」
「なるほど。女の世界とか色々と面倒そうですもんね」
「本当にそうなの。……ちょっと私が若いからってなめやがってあいつら」
なんか色々溜まってるっぽいわ、色々とあるんだろうな。チラッと沖田の方を伺ってみると、ちょっとだけ辛そうな顔でそんな母を見つめているのが目に入った。子供を育てていくために必死に働くそれは親としての責務であるが、優しい沖田にしてみれば自分のために苦労している母親だもんな。
母もそんな娘の様子に気づいたようで、
「夏来もそんな顔しないで。私も愚痴なんてらしくなかったね。ついつい久しぶりの来客で舞い上がっちゃった。佐藤君も娘の話ばかり聞いちゃってごめんね。今度は佐藤君の話を聞こうかな、なんか悩みとかないの?」
「悩みですか?」
話の移り変わりがすごいな。微妙な方向に傾きかけた空気感を強引に引き戻す荒業だが、悲しそうな沖田の顔はこれ以上見たくなかったので俺もそれにのっかることにしよう。何かポップでファンシーな悩みとかないか。
「そうですねぇ、えーっと。同級生の親父にセクハラしちゃって」
ここだけ聞けば面白いはずだ。詳しく語れば俺にとっては深刻な話なんだけども。
「はぁ?親父にセクハラ。どういうこと」
さっきまでの沈みかけた空気がなかったかのように興味津々の沖田母。沖田は沖田で頭にクエスチョンマークを浮かべている。導入は良い感じだな。
よし、語って聞かせてあげようではないか。俺の勘違いが巻き起こした悲惨な結果を。
――――――――――――――――――
「それで、その柳谷さんだと思って色々言っちゃたんだ。あはは、馬鹿だねぇ」
「佐藤君ってあの柳谷さんと知り合いだったんだ。すごい」
三者三様の反応だ。俺は語っているうちに元気がなくなっていくし、沖田母は元気を増していくし、沖田は別角度で俺に感心している。
「それでさ、柳谷さんのお父さんから来たチャットメッセージってのはまだ見てないんだっけ?」
「はい、開けた終わるパンドラの箱だと思ってますから」
「えー、見てみましょうよ。面白そうじゃない。ねぇ夏来」
「うん、私も見てみたいな、……佐藤君が良いならだけど」
他人の不幸は蜜の味の言葉通り、人の不幸を笑うのが好きな俺であるが、今俺の不幸がこの二人にとって蜜の味になっているのかもしれない。
なんだかんだ俺はこの空間にいることで癒しを感じている。ここは俺も期待に応えるべきではないでしょうか、どうでしょうか。
「やったりますか」
「うん!やったって!」
意を決して、柳谷親父のチャット欄をタップ。
みんなで覗くようにしながらチャットメッセージをみつめる。ごちゃごちゃと説教のメッセージが連なっている。そして、その最後の一文。
『明日、俺の家に来い、そこでじっくり話を聞かせてもらおう』
このメッセージは昨日に来たから、明日ってのは今日ってことになるよな。え、俺今から柳谷の家に行かなきゃならんの。今日の予定に組み込まれてるの。
天を見上げて、今後の流れを想像する。とりあえず、しばかれそうではある。
「こりゃ柳谷さんのお父さんカンカンだねぇ」
「ですねぇ。どうしたら良いと思います」
藁にもすがる思いで質問してみた。
「うーん。行くしかないね、これ。親父さんはともかく娘ちゃんの方が形見狭くしてそうじゃない?男ならビクビクせずに一発殴られてきな。なぁに殴られるだけ、簡単な仕事じゃん」
姉御って呼びたくなるほど、沖田母は姉御姉御していた。そして、なんか俺もいける気がしてきたわ、ボルテージ上がってきた。
「そうですね、行ってみますかね」
「あ、待って待って。夏来も一緒に行ってきたらどう?」
「えぇ、わ、私!?」
「この子は場をほっこりさせる才能あるからね。話も進めやすいんじゃない。夏来だって内職ばかりで疲れているでしょ?たまには男の子と気分転換に遊んできなさい」
「あの、修羅場になるのが確定している場に連れていくの気が引けるんですけど」
沖田がおろおろし始めたので、すかさずフォロー。絶対気分転換にならないからね。
「いいからいいから、これは私と夏来の問題よ」
「いや、俺の問題ですけどね」
俺の小言はガン無視でそのまま話が進んでいく。
「佐藤君は制服だし、夏来も合わせて制服で行ったほうが良いかもね。その方がなんかそれっぽい!」
この母親何言ってんだろう。
「あ、あの、私」
「誰かと結婚するときには相手のご両親に挨拶しに行くんだから、その練習だと思って二人で柳谷さんのお父さんに会ってきなさいな」
「……も、もう、分かったよ」
沖田はチラッと俺の方を見て、顔を赤くする。ちょっとなんで赤くなってんのこの人、俺まで変に意識しちゃうでしょうが。
良く分からないまま練習台にされる柳谷親父の気持ちを考えなさい。俺は怒られに行くの?何しに行くの?もう分からん。
ということで、謎に結成した二人組で戦場に向かうことになった。
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