第38話 夏祭り2
〇清川奈々 視点
人混みに入ってしまった。周りの人達に押し出されるようにしながら、私は前に進んでいく。
なんだか前の方が騒がしいみたいだ。背伸びをして確認してみる。
するとイベント会場みたいなのがあった。壇上では女の子たちが踊っている。私はアイドルとかそういうのに疎いけれど、みんな騒いでいるし人気のある人たちなんだろうか。
それとなく、照人に確認してみようかな。なんかそういうの詳しそうだし。
チラッと、横目で隣にいる照人を見ようとした。
「……あれ、いない」
どうしよう。照人いない。なんで。どこいったの。
私は多分、まっすぐ歩いてた。それなのにいなくなってる。寄り道したってことだよね。あいつはまっすぐ歩けない人ってこと?この辺りには出店とかもないのに、いったいどこに寄り道したんだろう。
まだ近くにいるとは思うけれど、こういう時はあまりうろうろしないでその場に留まった方が良いのかな。
照人も私がいなくなったことに気づいていると思う。でも、探してくれるのかな。
……あいつは良く分からない変な奴だけど、なんだかんだ言いながら探してくれるのではないかと思う、多分、ちょっと不安だけど。
とりあえず、歩き回ってみようかな。探してくれるのをじっと待っているというのは私の性に合わない。迷子扱いされてあいつにやれやれと馬鹿にされるのもすごく嫌だ。
イベント会場を通り過ぎて、出店の方へ向かっていく。
出店の方もまた賑わっているようだった。金魚すくいだったり、鉄砲で打つやつとか、食べ物とかいろいろある。そんなに祭りに興味がない私でも、自然と足が向かってしまう。
叔父さんからは祭りっぽい食べ物を買ってきてほしいと頼まれていたので、それもついでに買ってしまおうかな。
焼きそばの屋台があったので、そこに立ち寄ってパックに入った焼きそばたちを眺める。
叔父さんはどれくらい食べるのかな。何パックくらい買えばいいかな。そんなことを考えながら、ぼーっと眺める。
「お嬢ちゃん。買うかい?」
焼きそばのおじさんがそう声を掛けてきた。
私はできるだけぶっきらぼうな受け答えにならないように、意識して声を出した。
「……二つ下さい」
「はいよ」
そうして、私はポケットからくしゃくしゃになった一万円を取り出して、おじさんに渡した。
ちょっと微妙な顔をされたような気がしたけど、たぶん気のせい、たぶん。
何事もなく買い物ができた。けど、私は小銭をじゃらじゃら、片手に焼きそばの入ったビニール袋を抱えてしまった。
やってしまった。動きやすい恰好できたつもりなのに、いつの間にか動きづらい格好になってしまった。ただ焼きそばを買っただけなのにこんなことになるなんて。もしかして私ははじめてのおつかいレベルなのかも。
とりあえず、小銭とお札を焼きそばの入ったビニール袋に入れておこう。これでポケットは軽くなる。
照人を探してから、焼きそばを買えば良かったのかもしれない。気づいた時にはもう遅いのだけど。
あいつ帰ったりしてないよね。ちょっと、いや結構不安になってきた。少しだけ帰りたくなった気持ちを抑えて、とぼとぼ歩きながら、照人を探す。すると先の方で、なにやら祭りの賑やかな雰囲気とは違った騒ぎが聞えてきた。怒鳴り声だと思う。
照人がなにかやらかしたのかな。そんなことを思いながら、私は速足でその先に足を進めた。
「おい、待て、クソガキ!」
「待てと言われて、待つ奴がいるかね!」
目の前から眼鏡タンクトップの変人がちょっと怖そうな人たちをいっぱい引き連れて走ってきた。なにあれ、どうなっているの。そんな疑問を考えている暇などなかった。
私の方に向かってきている。どうしよう轢かれてしまう。
逃げようとするも、なかなか思ったように体は動かない。そうこうしているうちに先頭の眼鏡タンクトップと目が合った。やばい死ぬかも。
そして、私はすれ違う寄った瞬間に眼鏡タンクトップに横抱きに抱えられた。
どうして。
「ん、なんだお前。どこかで見たような顔だ」
良く分からないけれど、そのまま会話が始まった。小銭やら焼きそばやらで動きづらかったし、まぁ、いいかも。運んでくれるみたいだし。私は焼きそばと小銭が入っているビニール袋を大事に抱えながら、眼鏡タンクトップを見る。
「……私、あなた知らない」
「俺も知らんけど」
私もこいつもポカンとした顔で見つめ合う。
多分だけど、分かった。この男、変な奴だ。ちょっと照人みたいだし。
「どっかで見たような……。んー、あ、そうか。昨日会った、姉のミニチュア版だわ」
「……姉?」
「そうそう、昨日、海で会ったんだよ。多分お前その妹だろ?顔も似てる……。ん、あれそこまで似ているわけでもないな。雰囲気が似てるのかな。まぁ、でも確実。俺の直感がそう言っている」
私は何も言ってないのに、勝手に納得した。
この変な人が言っているのは姉さんのことかな。昨日、海へ行ってくるとか言っていたような気がする。そういえば祭りに向かっている途中の世間話で、照人も海で姉さんと会ったと言っていた。
とうことで私も直感で話してみる。
「……もしかして、照人の知り合い?」
「おー、知り合い。良く分かったな」
本当に照人の知り合いだった。すごい、私の直感。
「やるな、小娘」
「……ところで、後ろにいる怖い人たちは何?」
私たちが会話している最中もずっとBGMのように怒号が鳴り響いていた。
「ナンパしている奴らに片っ端から絡んでいったのさ。そして、この通り、ご覧の有様さ」
「……」
こいつ多分、私より馬鹿だ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
〇佐藤照人 視点
どうやら妖怪祭り荒し注意報が発令されているようだ。奴に見つからないように行動しなければならない。見つかってしまったら清川探しどころじゃなくなりそうだからな。
幸い春斗が騒いでいる場所は音で分かるので、鉢合わせすることはなかなかないだろう。とはいってもあのバカの事なので、万が一鉢合わせる可能性もある。そこをしっかりとケアするために出店でお面を購入し装備。ちなみにどうせ買うならほしいものをということで日曜アニメの少女ヒーローのお面を選択した。
清川の事だから、徘徊老人のノリでその辺をうろうろしているに違いない。大方、はぐれたときに見えていたイベント会場の方に流れていったのだろう。
来た道を戻り、イベント会場に戻る。先ほどと変わらずの賑わいぶりだ。もしかしたら大半の人がこれを目的に来ているのかもしれない。
壇上の方を見上げてみるとアイドルもどきが踊っていた。ご当地アイドル的な何かだったような気がする。見覚えがあるアイドルだったこともあり、気づけば俺も清川探しを中断して、戦士たちと一緒に踊っていた。
ノリノリの気分で踊っていると、隣から妙な視線を感じた。お面を装着している俺が不自然だったのだろうか。
その視線に返すように、俺もじっと見つめた。
あれ、なんか見覚えある人だぞ。
いじめられっ子から羽化して良く分からないキャラになってしまった岡崎がそこにいた。さっきからずっと気づかずに隣で一緒にアイドルの応援してたわ。
別に岡崎にはバレても構わないな。
「ああ、岡崎……。俺だよ俺」
仮面を外して、顔を見せる。
「あ、やっぱり佐藤君だった!」
「おっす、久しぶり」
やっぱりって、俺の変装がばれていたのか。
「ところで、清川奈々って知ってるか。その辺で歩いてるの見なかったか?」
「久しぶりに会ったのに、切り替え早いよ……。見てないよ……。ん……なんで清川さん……。え、もしかして、デート!」
鼻息を荒くして、岡崎は興奮状態になった。
「いや、デートではないけど、依頼を受けて一緒に行動してるみたいな」
「はぁ?意味分からないけど。本当はデートなんでしょ、くっそ!というかそのお面はなに!?」
さっきから怒涛のツッコミラッシュだな。元気があってよろしい。
「今ステルスミッション中だから、それ用だ」
「いやいや、そんなこと言って、僕にバレてるけど」
確かに。これ、意味ないのかぁ。
「まぁいいや。……お前、最近というか夏休み何してたんだ。ちなみに俺はずっと暇してたぞ」
「あー、僕もずっと暇してたよ。でも今日は少しでも夏の思い出として爪痕を残すために祭りに来てみた」
祭りは海とかと違ってふらっと行けるから楽しみやすい気がする、岡崎もそんな風に考えたのかもしれない。
「佐藤君は良いね。可愛らしい女の子と祭りに来れて、僕は一人だよ」
その可愛らしい女の子とは祭りに着た瞬間にはぐれてしまったけどな。まぁそうは言っても岡崎より恵まれているのは確かだ。これが転生者チートである。岡崎どんまい。
「……あれ、そういえば岡崎には幼馴染の子いなかったっけ。誘わなかったのか?」
「誘えるほどの勇気もないし。……というかそもそも顔があまりタイプじゃないんだ」
ちょいちょいクズさが垣間見える岡崎にシンパシーを感じる。どんなに足が綺麗だろうが、手が綺麗だろうが、ラストジャッジは顔面ということか。
そうして俺は岡崎の幼馴染ちゃんの顔を思い浮かべる、あれ、普通に可愛い気がする。小動物タイプで、同じく小物っぽい岡崎にはお似合いに思えた。
「まぁ、でもタイプじゃないなら仕方がないか」
「うん」
それからしっかりと最低な会話を繰り返して満足した俺は、再び清川探しに行く決心をした。
「じゃあ、そろそろ行く」
「あ、僕も探そうか」
岡崎はまだアイドル観戦をしたい様子だった。こちらに顔を向けながらも、変な踊りを継続しているのがその証拠だ。ここは気を遣ってくれた岡崎に応えよう。
「いいや、大丈夫。すぐ見つかると思うし」
「そう?分かったよ」
そんな感じで岡崎と別れた。
岡崎がいたという事は、他の知り合いもいそうだなぁと周りの目を気にしながら歩く。岡崎と会って外したお面は再び装備されているが、一応警戒。
しばらく歩いているとやっぱり知り合いの姿を目にしてしまった。フラグ回収は高速だったな。
綺麗な黒髪ロングとお洒落な茶髪が肩を並べて歩いている。柳谷とボスだ。
柳谷は言わずもがな綺麗だし、ボスもぜんぜん負けてない容姿なので、路上のロリコンたちがこぞってチラ見している。
これは面倒なエンカウントだなと思いつつも、祭りに二人で来るくらい仲良くなってる彼女たちにほっこり。
これはもう俺が余計な手を出さなくても本当に大丈夫そうだと安心すると同時に、一株の寂しさを感じる。
ちょっとだけ気になったので道行くロリコンたちのように、彼女たちの会話に耳を澄ます。
「人混みがすごいわね」
「いいでしょ!これが祭りよ!」
「そういうものかしら」
「そういうものなの。柳谷さん、ちょっとくらい楽しそうにしたらいいじゃん。本当は私に誘われて嬉しかったくせに」
「私楽しんでるけれど、何をそんなに怒ってるの」
「怒ってないし。というかそれなら楽しそうにしてよ。ロボット女」
「……あなたが怒りを抑えてくれたら、もっと楽しめると思うわ」
「怒ってないって言ってるでしょ!」
なんか一触即発な雰囲気だけど、仲が良いってことにしておこう。
話しかけるとまた面倒な感じになりそうだし、ここは放置でオッケーだ。
これ以上聞き耳を立てているとばれそうなので、そろそろ移動した方がよさそうだな。歩調を速めて歩き出そうとすると、彼女たちの視線に捕捉される。
おっと、これはまずい。ここで変に目を逸らすと、逆に怪しいの理論がどこかで発表されていたような気がする。俺はじっとこらえて見つめ返すことにした。
……うん、これは悪手だわ、多分。
「あれ、照人?」
「佐藤君?」
ばれたわ。なんでなん。いや、まだ疑問系だ、なんとか誤魔化せるはず。
「はて、人違いではないでしょうか?」
ダンディな声になるように、声を低くしてみた。
「そのお面悪目立ちしてるし、見つけてほしいって言ってるみたいなんだけど」
「そうね、今の発言からして私たちにバレたくないようだけど、バレバレよ」
さっきまで言い合いをしていたくせに、ナイスコンビネーションでボコボコにしてくるんですけどこの人たち。
誤魔化せないことが分かったので、お面をとってご挨拶。
「どうも、こんにちは」
「何してんのよ」
「ちょっと人探しを」
「誰よ?」
「清川奈々」
そこで、ボスの顔が固まる。そして、キッと睨みつけられる。
「……二人で祭りに来てたんだ。私たちには声すらかけてないのに」
「いやいやいやいや、まぁまぁまぁまぁ」
なんか浮気バレた男みたいな感じになってしまった。ボスが睨みつけられると、なんか後ろめたいことをしてしまったんじゃないかと自然と逃げ腰の構えをとってしまう。
「なぜ、お面を着けていたの?」
ボスは依然としてジト目を俺に向けているが、柳谷はそんなことは気にせずに質問をしてきた。
「これは、あのですね。見つかりたくない人がいましてね。その都合で装備してたんだよ」
「見つかりたくない人?私たち?」
「いや、違う違う。知り合いにやばい男がいましてね。そいつに見つからないようにしてたんだよ」
「でも、さっき私たちにバレないように誤魔化していた様子だったけれど」
「それはそれ、これはこれと言いますか」
「どういうこと」
おっと、柳谷さんめっちゃ詰めてくるぞ。ついでにボスの視線も鋭さを増してきているぞ。
ちょっと面倒くさかったから逃げようと思いましたとは言えないよな。誰か良い言い訳をプリーズ。
するとそこで、救いの一手が差し伸べられた。
「あれ、テルテルじゃん」
そんな奇妙なあだ名で俺を呼ぶ人はほぼいないよなと思いつつも、俺に向けられた声っぽかったので声が聞えた方向を見る。
そこにはチャラ男がいた。いつだったか、倉橋と鏡花さんがどんな人か観察するために3年生の教室に行った際にすれ違った男である。
確か名前は何だったか。しばけん先輩だったけ、しみ〇んだっけ、いやこれはAV男優か。やばい、なにけん先輩だっただろうか。もうしみ〇んを考えだしたらそれしか出てこなくなった。一か八かいったれ。
「し〇け……」
「宮内健司でみやけんね」
俺の口から男優が飛び出してくる前に、みやけん先輩からストップがかかった。
軽く頭にチョップをもらった後、俺はへこへこモードに入る。
「なんか久しぶりだなぁ。三年生と一年生じゃ、部活とか行事とかじゃないと接点ないよな」
「そうなんですよねぇ」
「というかテルテルって、祭りとか来るんだね。世の中の事象全てに興味がないような奴だと勝手に思ってたわ」
たははと笑いながら、みやけん先輩はちょっと悲しいことをぐさぐさと言ってくる。し〇けんって言ったことを怒っているのかなと思ったけど、単純にサバサバしているだけっぽい。
「それにしてもテルテルもやるねぇ。こんな可愛らしい女の子と祭りとは。しかも二人。やるじゃん」
「いやいや、そういうのじゃないですよ」
ボスは可愛いと言われて少し照れている、さっきまで鋭かった目つきも幾分か柔らかくなった、これはナイス。
「佐藤君、この方は?」
対して可愛いと言われても、特になんともなさそうな柳谷は、突然のチャラ男乱入に対して冷静に対処してくる。
「ああ、みやけん先輩、俺たちの中学校の3年生だよ」
「柳谷さん、知らないの。女子の中ではカッコいいって有名なのに」
「そう。全く知らないわ」
嫌味をぶつけるボスと、動じない柳谷。そのやり取りは小声だったので、みやけん先輩には届いてはいないようだった。
「会澤美沙っていいます、こっちの子は柳谷瑞姫さんです」
「おっけー、よろしく」
ボスは上目遣いをキープしながらぺこりと頭を下げて挨拶。柳谷もそれに倣ってぺこりんこ。
わりと久しぶりにトークするにも関わらず、みやけん先輩は陽キャのお手本のような感じで、どんどん話を続ける。
俺と柳谷は相槌を打つことで、精一杯になってしまったが、何とかそこを弱肉強食の世界で生きてきたボスがサポート。これには子分である俺も一生ついていきたくなるボスっぷり。
「そういえばさ、鏡花の妹いるじゃない。なんだっけ奈々ちゃんってだったかな。テルテル知ってる?」
話題が変わったようで、俺の方に視線が飛んできた。
「ああ、はい。同じクラスなので知ってます。それがどうかしましたか」
「さっき、変な男に横抱きにされて、連れ回されてたんよ」
嫌な予感を感じつつも、みやけん先輩に続きを促す。
「それでさぁ、一瞬、警察に電話しようかなって思ったんだけど、ヤンキーに追い回されてたから、一緒に逃げてるだけかなと思って様子見してたんよ。やっぱ助けたほうが良かったかな」
「……どんな男に抱えらえてましたか?」
「眼鏡でタンクトップででかい男」
うわー、最悪だ。正直、警察呼びたい気分なんですけど。
どうやら俺はこれから魔王に連れ去られたお姫様を助けに行かなければならないらしい。
ピ〇チ姫を奪われるマ〇オの大変さを若干だけど理解した今日この頃であった。
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