第32話 二人の結果

 あっという間に土曜日、日曜日と過ぎていった。


 そして月曜日、期末テストである。


 中学一年生段階では真剣に勉強した者は少数で、とりあえず適当に赤点回避できれば良しという人が大半だろうか。


 我がクラスでは寺島や倉橋などの天才勢率いる勉強会が開かれていたようだが、その効果はいかほどだろうか。俺は参加していないが、多くの生徒が参加していたようだし、ただのお喋り会になっていた可能性だってあり得る。俺たちも最終的には誰も勉強してなかったわけだし。人数が多いクラス勉強会の方を統制するのは難しいだろう。


 ちなみに柳谷とボスのクラスではそういうのはなかったらしい。彼女たちが単純に誘われていない可能性もあるなと思い、岡崎にも確認してみたが、こいつも単純に誘われていない可能性がある人物だったので他のクラスの状況を調べるのは諦めた。



 教室に入りいつも通りの席に座る。テストは出席番号順の席になって行われる。入学してから一度も席替えは行われていないので、もとから出席番号順の席に並んでいるのでわざわざ移動する必要がない。


 他の一年生のクラスは席替えを行っているようで、自分たちのクラスだけなぜと不満を持った生徒が時々だが担任教師へ席替えを求める声を上げる。しかしながら、ことごとく却下されている。


 どうやら担任はめんどくさいらしい。席表を作り直さなければならないという手間とか生徒の名前と顔を一致させるためだとかいろいろあるんだろう。いつだったか俺も間違った名前を呼ばれたことがあるが、特に訂正されるわけでもなく授業は進んだ。正直その対応の仕方はどうかと思ったが、まぁそこまで気にすることもない。


 ホームルームが始まり、担任から期末テストに向けてのエールを貰う。あまりにも薄ぺっらいエールだったので、みんな苦笑いだ。ホームルームが終わった後は、僅かな休憩時間がある。それを利用してトイレへ行く生徒やリラックスがてら特に親しくもない生徒とどれくらい勉強したかの度合いを確認する生徒さまざまである。


 清川に何か声でもかけた方が良いのではないかとも思ったが、いつも以上に人を寄せ付けないオーラを放っているように見えたので止めておく。清川検定三級を持っている俺が分析するに、あれは気合が入っているという証拠だ。話し掛けたらぶっ殺すという意思を感じる。


 「照人君、奈々ちゃんは大丈夫そう?」


 隣の住人である倉橋から心配の声が聞えた。いや、本当に心配しているかは謎だ。転生者疑惑が俺の中で謎の疑心暗鬼を生む。しかし、悟られないように自然に答える。倉橋は優しい女の子、優しい女の子。


 「やることはやったからな。大丈夫でしょう」


 「なら安心だね。あ、照人君は自分の勉強は大丈夫?」


 「まぁ、なんとかなるとは思う」


 余裕がありそうな感じでそう答えておく。


 「今度は引き分けじゃなくて、ちゃんと勝負できたらいいね」


 「そうだな」


 これは俺の勝負でもある。倉橋、寺島、柳谷には絶対負けない。こればかりは前世チートで無双したい。俺が唯一ドヤ顔できる機会だ逃すわけにはいかない。これで普通に負けたらダサいよな。




 


 そんな感じでテストが始まった。

 

 教師がプリントを配る。しっかりと名前を書いて、解答を始める。



 問題を解いて分かったが、全体を通してみてみれば難易度は高くない。だが、上位者の差をつけるためか異常に難しい問題が数問あった。


 どうしよう、普通に分からないんですけど。これなんか普通に負ける気がしてきた。清川と岡崎よりも自分が心配になってきたんですけど。


 焦るなよ。頑張れ。まだ舞える。


 自分を応援し始めた時点でもう俺はこの問題を解くことができないんだろうなと悟りそうになったが、気持ちを変えよう。


 こういう時はポジティブに考えたほうが良い、俺が分からないという事はみんな分からない。もしくは教師の問題作りミスだ。どちらにせよ俺が損をすることはない。


 俺はそっとシャープペンシルを机に置いて、今日の晩飯はどうするかについて考えた。


 そんな現実逃避をしているうちにテスト時間はどんどん過ぎていった。


 そして、俺の気分も緩やかに沈んでいくのだった。


 

 

 テスト終わり、俺はもう考えることを止めた。

 

 清川や岡崎の勝負を気にした方がわくわくした気分になる。モンスターたちの戦い。ハブ対マングース並みに結果が気になる。


 しかし残念ながらテスト結果が公表されるのは数日後だ。ああ、待ち遠しいな。


 「照人君テストどうだった?」


 珍しくしょんぼりとした声で、倉橋からそんな言葉が発せられた。これはもしかしたら、俺と同じくあまり手ごたえがなかったのではないか。自分のテストのことは考えないつもりだったが、俺が分からなければみんな分からない理論が成立している可能性が出てきて、エキサイティング。


 「難しかった」


 「そうだよね。難しすぎる問題があったよ。んー悔しい!」


 テストで満点を取るだけあって、倉橋もまた勉強に対してはプライドがあるようだ。解くことができなかった自分に少し苛立っている様子だ。俺と違って現実逃避しない強いメンタルを持っているようなので少し羨ましい。


 「まぁ赤点はないだろうからそれで良いんじゃないか」


 「んー」


 倉橋はおでこを机にぐりぐりしている。何この可愛い生き物。俺も同じようなポーズを取ったら微笑ましい倉橋のように微笑ましい感じになるのではないかと思ったが、さすがに気持ち悪い物体になるだけだろうなと思い直すことができた。


 倉橋はオーバーヒートしているようなので、落ち着くまで放っておいた方がよさそうだな。

 

 俺も疲れたので、少し休憩するとしよう。




 


 それから数日が経過した。


 今日、順位が公表されるようだ。


 朝の段階で順位の書かれた張り紙が出されているようで、一年生廊下の掲示板は賑わっていた。みんな朝なのにウキウキである。


 テスト終了後に清川や岡崎に話を聞いてみたが、彼らの反応は両極端だった。清川は不安な様子で全然自信がないと嘆いていた。岡崎は最下位の自信があると高笑いしていた。岡崎に関しては何故かテンションがおかしくなっていたが、怖かったのでスルーした。


 人だかりをかき分けるようにして、少しづつ前へ進んでいく。その途中で清川がいたので声を掛けてみることにした。


 「もう、順位は確認できたのか」


 「……まだ」


 いつも以上に表情が硬い。なんか受験発表を彷彿とさせるな。これが受験シーズンの親の気分と言うやつだろうか、緊張が移りそうだ。


 「大丈夫だろ。まぁダメだったら次だな」


 「……それはそうだけど」


 今回は譲れないものがあるらしい。


 俺たちは何とか張り紙が見える位置までたどり着き、順位を確認を始める。


 清川は順位が高い方から数え始めた。下から数えたほうが早いんじゃないかと口が滑りそうになったが、デリカシー警察に捕まるので今回は止めておく。俺は成長する男なのだ。


 テストは国数英理社の五教科の500点満点、人数は160人。よし、確認しようじゃないか


 1位:寺島光大…500点。2位:柳谷瑞姫…495点、3位:倉橋香澄…490点、4位:佐藤照人…477点。


 うん、負けた。一位から三位の奴ら嫌い。特に寺島とかいうやつはなんなの。チートだろ。倉橋とかダメだったみたいな感じで言ってたじゃないか。全然いいじゃないか。ああああああ、くそくそくそ!この場で寝転がってじたばたしたい気分だ。



 何とか幼児退行モードから抜け出した俺は他の順位を確認していく。過ぎたことは忘れよう。今回の本題はそれではないしな。


 13位:会澤美沙…434点。ボスも中々に良い順位だった。俺との点数差もあまりないじゃないか。次当たりボコボコにされるかもしれないな。どや顔で勉強を教えた手前、負けてしまっら俺の立場とか木端微塵にはじけ飛んじゃうよ。馬鹿にされることは確定的だ。次のライバルはボスである。


 もはや俺に一位の玉座を勝ち取りに行く根性はなかった。こうして俺の無双伝説は中学一年生で終了した。


 30位:沖田夏来…390点。最近は空気と化しているから忘れかけていたが彼女も頭が良いようだ。


 あとは知っている名前がなさそうなので、適当に流してく。結構下の順位まで来たが、なかなか清川が現れる気配がない。ちょっとダイジョブかしらこれ。ドキドキしながら確認してくと、隣で清川があっと驚いた声を上げた。それとすぐ同時に俺もその反応の真意を確認する。


 155位:清川奈々……130点。


 「おお!」


 思わず声が出てしまったぞ。


 しっかりと最下位回避しているではないか。無意識にガッツポーズを作ってしまうくらい嬉しい、何この気持ち。自分の子供が受験に合格した時に感じる気持ちもこんな感じだろう。


 応援する気持ちをすべて水に流してフラットな目線で見れば、五教科で130点は異常に低いが、そんなことは考えない。平均点も26点だが、そんなことは考えない。


 「やったわ」


 彼女も喜んでいるようだ。


 「ああ、下に数人いるからな。大きな躍進だぞこれは」


 「照人」


 「はい」


 彼女の手によって軽く俺の右手が引っ張られる。足技を掛けられるのではないかと危機感を感じた俺は足腰に力を入れる。


 しかし、そんな危険を察知していたネズミ状態になっていた俺の予想とは違って、優しい出来事が起こった。


 「……いろいろごめん。ありがとう」


 なんと感謝の言葉だった。これが俗に言うデレなのか、いやいやこれは純粋な感謝か。いやでも実際そこまで感謝されるようなことをしただろうか。小テスト効果がそんなに響いたのか。普段はきつい態度をとってるくせにこうした素直な態度を取られるとどうしていいのか分からなくなる。


 少しうるんだ目で上目遣い、意識してやってないなら大したもんである。崩れそうになった精神を何とか現世に戻しながら、言葉を紡ぎだしていく。


 「……まぁあれだ。とりあえず良かった」


 「うん。良かった」


 なかなか手を放してくれない。これを無感情に強引に振り払ってしまったらどうなるかなと探求心と鬼畜の考えがよぎったが、できるはずもない。恥ずかしさを感じならがらもここはとりあえずそのままにしておくしか対処方法がない。清川から目を逸らして気になっていた最下位の順位を確認することにした。



 160位:岡崎琢磨……62点。


 清川の点数とダブルスコア以上差がついてるんですけど。あいつも頑張ったんだな。


 62点か、赤点は確か30点以下だよな。つまり数学と英語の補習回避するための一番低い合計点数は31×2で62点だ。


 あいつ他の教科全部0点取ったのか。


 やばい、どうしよう。俺が清川の脅威をちらつかせたから、こんな点数のとり方をしたんじゃないか。いや絶対そうだよな。あいつが俺のことをどんだけ信じているんだよ。


 いやでも、点数だけ見れば異常に目立ってるよな。悪目立ち作戦は完全に成功してる。


 「62点っっっ」


 知らない誰かがそう呟いて笑っている声が聞えた。次第にその波紋は広がっていく。どんどんと岡崎の偉大な62点に注目が集まっていく。


 岡崎の知名度はとりあえずうなぎのぼり確定である。


 岡崎を噂する声は馬鹿にする発言や嘲笑を含んだ声だった。これ大丈夫だよね、岡崎のメンタル。


 俺はもしかしたら岡崎を更なるいじめルートに導いてしまったんじゃないだろうか。


 俺がそんな不安を脳裏に過らせていると、渦中の人である岡崎がこの乱世に舞い降りてきた。


 「あれ、岡崎じゃね」


 誰かがそんなことをつぶやいた。そんなこんなしているうちに岡崎は陽気な人たちに絡まれる。


 「お前岡崎っていうの?どうやったらこんな点数とれるんだよ」


 大笑いしながら気の良さそうな陽キャがそう言い放ったことを皮切りにみんなが岡崎をいじり始める。


 盛大に馬鹿にされているそんな岡崎と目が合った。


 すると岡崎は満面の笑みをつくり俺にウインクを返してきた。


 喜んでますやん、あの人。これがあいつの求める青春の第一歩なんだろうか。一歩目で大気圏を突き抜けた感じがするんだけど、燃え尽きやしないだろうか。


 こうして俺たちの期末テストの戦いは無事終わった。いや無事に済まなそうな人間が一人いるようだが、俺は目を逸らすことにした。


 なかなか放してくれない清川の手のぬくもりを感じながら、俺は夏休みに思いをはせるのだった。


 

 


 

 

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