第23話 俺の意思は何処へ

 柳谷やボスとのいざこざはとりあえず収束した。加えてあれからある程度期間も経ち、俺の日常もそれによっていつも通りの状態に戻ったといえる。


 いや、これは果たしていつも通りの状態と言えるのだろうか。


 我が安らぎの聖地、もとい空き教室には剣呑な雰囲気が漂っていた。


 誰が何かやらかしたとかそういう感じではないようだが、ひたすらに居心地が悪い。


 俺は空き教室にいる二人の女子生徒をチラ見する。一人は大和撫子風の黒髪美少女、もういかにも強気そうな女王様系美少女だ。


 つまり、柳谷とボスがこの空き教室にいるというわけだ。


 最近はずっと昼休みこの空き教室に行くと、この二人がいる。


 柳谷がここに来るのは、なんとなく分からなくもないが。ボスがここに来るのは意外だった。


 ボスには一応だが友達っぽい人たちがいるからだ。いくら高圧的に接したことによって保ってきた関係だとしても、簡単には手放せないし、仮に手放したとしても支配されていた側は戸惑うばかりで簡単には霧散していかないものだと思っていた。


 俺はそのことを疑問に思い、ボス被害者の会の一員である岡崎と高橋に聞いてみた。


 彼らの話によると、ボスから見向きすらされなくなったらしい。授業中は通常通りに猫を被っているらしいが、それ以外の時は、高圧的に話しかけてくるどころか、話し掛けてくることすらなくなったらしい。


 その代わりに同じクラスメイトである柳谷に積極的に絡んでいる様子が日常的に見られるらしい。柳谷もそれに対して積極的に歯向かっているらしく、今やCクラスの日常風景になっているらしい。


 岡崎と高橋は俺が何か働きかけたことによって、その状況がつくられたと思っているようで、滅茶苦茶崇拝していくる。


 実際は俺にできたことなどほとんどなく、彼女たちが勝手に全然予想もしていなかった場所に着地しただけなんだがな。まぁ、崇めてくれるのは悪い気分ではなかったので、そのままにしておこうと思っている。


 それにしても、ボスの変わりようには本当に驚かされる。もはや、習慣のように人をいじめてきた中毒者がここまで更生するとは思ってもいなかった。


 陳腐な言葉だったが、そのきっかけになるようなことは言った覚えがある。だが、本当にそれだけがきっかけなのだろうか。他の要因があってもおかしくない。むしろその方がしっくりくる。


 まぁ、結果が良ければすべて良しということで、その理由を深く追求するのは無駄か。俺は素直にこの現状に喜んでおけばよい。


 そんなことを回想しながら一時の現実逃避を終えた俺は、現実を見る。


 俺の回想が終わっても、彼女たちは睨み合っていた。


 この二人は今一体どんな関係を築いているのだろうか、友達ではなさそうだ。しかしながら、友達に近いものも感じないわけではない。

 

 本当に良く分からない関係だ。一人だけなら何とかなるが、二人いると手に余り過ぎる。


 そんなことを思った結果、一度だけ空き教室に向かわなかったことがある。だがそのせいで、俺の教室に二人が突撃を仕掛けてきて、俺とか関係なしの訳の分からん喧嘩を始めてそのまま帰ってくという世にも奇妙な事件が繰り広げられることになってしまった。


 柳谷は言わずもがな人目を全然気にしないが、ボスもまた人目を気にすることを止めたようで、なりふり構わず喧嘩していた。俺を含めたクラス中がガン引きだった。


 その事件をきっかけにして、俺は何か間違えてしまったんじゃないだろうかと思ったり思わなかったりすることが頻繁に増えた。そして、俺は空き教室にこれからも通わなければならないことを自覚した。


 この睨み合いという名の冷戦をそのままにしておくと、どちらかが爆発した場合に大変なことになってしまうのは目に見えている。


 ここは適当な話題で、怒りを分散させなければならない。最近の俺の仕事はこんなのばっかだ。ああ、俺の心の平穏はいつ訪れるのだろうか。


 「そろそろ、期末テストだな。二人とも勉強は進んでいるか?」


 俺が言葉を発すると、二人の顔がこちらを向く。冷静状態の雰囲気を保ったままの視線が俺を貫く。怖い怖い。


 「私は特に問題はないわ」


 「あたしやってないわ」


 ほぼ同時に、そして正反対の言葉を二人は語った。そして、いつもの流れにまた戻る。


 「柳谷さんは暇すぎて勉強するしかないんでしょ。趣味とかなさそうで、羨ましいわ」


 「気楽なあなたが羨ましいわ。危機感を持てないというのはある意味才能ね」


 いつも罵り合っているせいか、二人とも良い感じに性格が悪くなってる。


 このまま冷戦状態に突入してしまうのは、あまりよろしくない。俺の心が痛くなる。


 「将来を思うなら勉強が大事だと思うが、今を楽しむのなら勉強なんかしてる場合じゃないってのもなんとなく分かるな」


 とりあえず、中立を保っておこう。


 「でも、結局は勉強の方が大事だと思っているんじゃない?現に中間テストであなた一位だったじゃない。やろうと思わなければなかなかできないことだわ。あなたが天才でもない限りね。あまり言いたくないのだけど、どう目を凝らしてもあなたは天才に見えないもの」


 素直に褒めてくれれば良いのにもかかわらず、無駄にディスられた気がするな。多分だがディスり癖がついて、ディスらなければもどかしい気持ちになってしまうのだろう、可哀想に。


 「そういえば柳谷も一位だったな」


 俺はそのせいで、どや顔ができなくなった。一位という玉座が増えてしまっては、喝采も分散されるということだな。まぁ、分散されたとはいっても、俺のところには何一つお褒めの言葉が来ることはなかったが。


 「あと二人、一位がいたわね」


 そうなのだ。実のところ一位をとったのは、俺たち以外にも二人いる。一人は寺島光大、もう一人は倉橋香澄である。傍から見たら今回のテストはレベルが低かったんだろうと思われるだろうな。まぁ、実際に中学最初のテストでもあったし、レベルは低かったのだが。


 寺島は完璧超人なのは分かっていたのでそこまでの驚きはなかったが、倉橋がここまでできるというのは知らなかった。倉橋がある程度勉強が得意というのはなんとなく知っていたが、小学生のころは点数や順位が公表されることはなかったので、詳しく知ることができなかった。


 そんな感じで最近、俺の中である疑問がふわふわと漂うようになった。


 倉橋香澄は本当にただのモブなのだろうか?


 ヒロイン並みに美少女で頭が良いという個性もある。その点において柳谷と少し被っているように思えるが、性格は柳谷と違ってふわふわした優しさに満ち溢れているので、何とか差別化はできそうな感はある。


 清川についての記憶が不完全という前例もあるし、完全に記憶のないヒロインがいても別におかしくはない。


 ただ、倉橋がヒロインになりえない可能性だってある。例えば倉橋がゲームの舞台である高校にいない場合がある。それならどんなにポテンシャルを持っていようともヒロインにはなりえない。


 この可能性が採用された場合だと、倉橋は俺たちとは別の高校に進学するということになる、もしくは存在そのものがいなくなってしまうのか。


 俺はあまりよろしくないことを想像している。悪い癖だとは思う、それが自分の首を絞めるような形になっているのも良く分かっている。


 だけど、考えなければ後悔してしまうような気がするのだから、しょうがない。


 そんな感じで思考の海に飲まれそうになっていると、いじけたような声が聞こえてきた。頭を切り替えて、その声が聞こえてきた方向を確認する。


 「照人が勉強できるのはほんとに意外。あたしより下だと思ってたわ」


 「まぁ、今のところは俺の方ができるってことだな。これからちゃんと勉強すれば、追いつくのもあり得ない話じゃない。ボスも一位じゃないとはいえ、割と順位は良かったと記憶しているしな」


 ボスもまた意外に頭が良い。前世の記憶がない俺と比べたら、俺よりも確実に物覚えが良い。


 そんなことを思っていると、ボスから拳が飛んでくる。その可愛らしい猫パンチを止めて、俺はボスに疑問の表情を投げかける。


 「ボスって言うなって前言わなかった?たまに会話に挟んでチキンレースみたいなことやってるの、あたし気づいているんだから。分かったら……そうだな。何かしてもらいたいことあるかな?」

 

 最後の方の声は小さかったが、俺の耳にはしっかり届いた。俺に何か命令を下したいのだろう。彼女のストレス発散だ。


 「土下座くらいなら、余裕でするぞ」


 「いれないわ。そうだ、勉強教えてよ」


 勉強か。ひとまずは解決すべき問題もなさそうだし、息抜き程度に教えるのもいいかもしれない。だが、俺が適任かどうか話は別である。


 「人に勉強教えたことないんだよな。柳谷の方が理論立ててしっかりと教えてくれる感じがする」


 俺は柳谷に視線を送る。


 「私も人に勉強教えたことはないけれど。でも、その辺の教師よりは上手く教えられる自信はあるわ」


 この通り自信満々だ。


 「柳谷さんにマンツーマンで指導されるのはきつい」


 「では、佐藤君となら大丈夫と言うことなのかしら?なぜ?」


 「……別にあんたとみたいに、いがみ合っているわけでもないし、二人を比べればどう考えても照人の方が楽というか扱いやすいって思うじゃない?」


 ボスは今までの回答とは異なって、ゆっくりと冷静に分析してそう語る。


 「そういうことなら、私たち二人があなたに教えればいいのではないかしら。佐藤君が私たちの関係を中和してくれるわ」


 今の今まで俺はこの二人の関係を中和できていたか?縮こまって傍観していただけに思えるが。


 「……まぁ。良いけど」


 「ではそういうことで。放課後に図書館ね」


 二人は俺を置いて、空き教室を出ていった。俺の意見は聞いてくれないのだろうか、そんな疑問を投げかける相手はもう誰もいなかった。




  

 俺もまた自分の教室に戻り、自分の席に腰を落とす。


 季節はもう夏で、誰もかれもがクールビズスタイルである。俺もまた暑苦しい制服を脱ぎ捨てて、ワイシャツだけ。


 空き教室と違って普通の教室は人の数が多い、そのため暑苦しさを倍増させるような不快な湿気がさらに籠る。


 なけなしに設置されてある扇風機はクラスの陽キャどもに占領されており、こちらにはそよ風すら届くことがない。


 エアコンが設置されていれば、まだましだったんだが、我が貧乏中学校がそれにまわせる予算がないらしい。


 あそこで扇風機を囲んでいる陽キャたちが学費を十倍くらい払ってくれるそうだから、エアコンを設置してもらえないだろうかと校長にでも伝えれば検討くらいはしてもらえるだろうか。というか、校長ってどんな人だっけ、名前も知らん。


 暑苦しさのためか、俺の脳細胞たちは話題を一転、二転させてこの通りごちゃごちゃしたことを考えている。


 「暑いねー」


 隣から可愛らしい声が聞こえてきたので、俺は目を向ける。


 ふわふわとした茶色がかった髪を後ろに結んで、スタイルチェンジした倉橋がいた。可愛い奴やかっこいい奴はどんな髪型でも似合ってしまうのは本当に得だと思います。俺がイケメンだったら、一瞬の躊躇いすら感じることなく、丸刈りにしていることだろう。俺が美少女だったとしても、ワンチャン丸刈りにしてしまうかもしれない。丸刈り最高である。


 「あー。熱いな」


 何か雑談でもしようと思ったが、何も思いつかなかった。すべて暑さが悪い。俺のコミュ力がないわけではない、多分。


 「照人君はクラス勉強会のこと聞いてる?」


 気を遣ってくれたのか、倉橋の方から話題が飛んできた。というよりも、その話の方が目的だったんだろう。


 「聞いてない」


 俺は堂々と知らないという意思を伝えた。勉強会、なんだそれ。俺のいない時に、なんでクラスの人たちはそのような計画を立てるのだろうか。


 「なんか期末テストに向けてやるらしいよ。頭良い人はできるだけ参加してほしいんだって。照人君は頭良いもんね?」


 あまりその辺のことを突っ込まれると、前世ドーピングの後ろめたさを感じてしまう。華麗にこの話題は受け流してしまおう。


 「なら倉橋もそうだな。参加するのか?」


 「うん、頼まれたかね」


 「そうか」


 どうしよう、これは俺も参加する流れなのだろうか。ボスに教えるだけで、精一杯だぞ。あと、普通にめんどくさい、多分こっちが本音です。


 「自由参加だよな」


 「うん」


 自由参加を確認した時点で、倉橋にはいろいろと察しただろう。


 「めんどくさい?」


 「うん、そうだな。あと、知らない人に教える自信がない」


 「知らない人?あー、クラスメイトの事か。なら仕方がないね」


 俺が何を言っているのか一瞬分からなかったようだが、しっかりと理解してくれたようだ。非常に恥ずかしい。


 「まぁ、そんな感じだ」


 「でも、知っている人なら教えても良いってことだよね」


 「いや、そういうわけでも…‥」


 倉橋は悪い笑顔を見せながら言葉を続ける。何やら嫌な予感がしないでもない。


 「ちょっと待ってて」


 倉橋は立ち上がり、前の方に歩いて行った。俺は言葉の通りちょっと待った。


 そして、今目の前には清川奈々がいた。


 不機嫌そうな目で、俺を見つめてくる。彼女の目には俺の姿が嫌いな野菜と酷似した何かにでも見えているのだろうか。


 「連れてきた!」


 いつからだろうか、倉橋と清川はわりと仲が良くなっていた。最近では名前で呼び合っているのも何度か耳にしたことがある。


 何故かわからんが元気な倉橋に、俺はひそひそと小さな声で話しかける。


 「いや、まぁ、うん。もしかしなくてもこいつに勉強教えろってことか?」


 「うん。前の中間テスト、最下位だからね。勉強会にも行きたくないって言ってるから」


 「こいつが馬鹿なのはみんなもう知ってるだろ、簀巻きにでもしてでも勉強会に行かせるべきだ」


 「それが難しいから言ってるんだよ。大丈夫、照人君ならいけるよ。奈々ちゃんみたいな可愛い子タイプでしょ、役得だよ」


 いや、俺の好きなタイプは小4くらいからずっとセクシー女優だ。


 「とはいっても、清川は俺のことも嫌だって言うんじゃないか?」


 「あ、そうかも」


 おい。


 「……ねぇ、何話してるの」


 何故呼ばれたのか分からない清川はひそひそと話していた俺たちを見て、さらに不機嫌になっている。


 「奈々ちゃん、照人君に勉強教えてもらおうよ」


 「はぁ?」


 怪訝な顔をして俺は見つめられる。


 そうだ、嫌なんだろう?しっかりと断ってくれ。


 「……そいつ勉強できるように見えないんだけど」


 「照人君は頭良いよ。学年一位」


 「え、うそでしょ」


 清川は更に顔を顰めて俺を見る。俺の顔はうんこにでも見えているのだろうか。


 「本当だよ。ねぇ」


 「まぁ、一応そうだな」


 「……カンニングとかしてない?」


 「してない」


 前世のカンニングはノーカンで。


 「照人君は優しいから、ちゃんと教えてくれるよ。馬鹿にだってしないはず」


 「……はぁ、そこまで言うのなら。教えてもらおうかな」


 倉橋に対しては心なしか態度が柔らかいように見える。渋々といった表情だが、ちゃんと善意を受け入れているようだしな。


 「じゃあ、決まりね。今日の放課後からテスト期間で、勉強会も始まるらしいから。二人も今日から始めたら良いんじゃないかな」


 「うん、そうする」


 二人はなんやかんや言いながら、勝手に計画を立てていく。


 俺の意思は何処へ。

 

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