第19話 作戦実行

 朝から大きな災難を経験したということで、今日のところは何もないだろうと思ったのがいけなかったのだろうか。俺は目の前の下駄箱を見ながら頭を抱える。



 

 下校時刻になり、いつもより疲れが溜まっている体を引きずりながら俺は昇降口へ向かった。


 靴を履き替えるためには当然下駄箱を開けなければならないので、定位置にある我が下駄箱を探す。


 習慣というものはちゃんと脳に刷り込まれているようで、名札を見なくともずらりと並んだ下駄箱の中から一瞬で自分のものを見つけることができる。俺は、取っ手に手を掛けいつもの調子で軽く下駄箱を開けようとした。


 しかし、ある違和感に気づく。俺の下駄箱には名札がどこにも見当たらない。普通だったら下駄箱の正面に佐藤照人という名前が記されたシールが貼ってあるはずなんだが。


 この時点で、俺はこのまま下駄箱の中身を確認してしまったら更なる災難に遭遇してしまうんだろうなとなんとなく想像することができた。


 ここで現実逃避しても意味がないので、俺は素直に下駄箱の中がどうなっているのか確認してみることにした。悩む前に行動してしまった方が、諦めがつくというか、なんというかそんな感じだ。


 

 結果から言うと、下駄箱の中には何も入っていなかった。


 ああ、下駄箱全体に土が詰められているとかじゃないんだと一瞬拍子抜けしたが、しっかりと考えてみると非常にめんどくさい状況が出来上がっているということに気づく。


 俺の外靴ないんですけど、土が詰め込まれた上履すらきもないんですけど。

 

 学校ではスリッパという便利なものがあるのでそこまで問題ではないが、外靴は普通に問題なんだよな。どうやって帰ればいいのでしょうか。


 今から靴を探し出すという考えもよぎったが、今朝のようなやる気はもはや俺の中に存在しなかった。現在のメンタル状況的にはやる気がないというか、探すことに労力を使うのなら、明日にでも落とし物ボックスに入っていることを期待して、無心で帰宅して、無心でシャワーを浴びて、死んだように眠りたいという気分だ。


 心が折れたというわけではないが、煩わしすぎて萎えている。


 こんな感じの長期スパンの悪戯よりも、個室トイレ利用中に上から降ってくる水みたいな感じで一瞬で終わる系の悪戯のほうが俺の気持ち的には楽である。ボスの下駄箱を目安箱代わりにして希望の悪戯を綴ったノートでも入れてやろうか。


 いやむしろその流れでボスの下駄箱から、奴の外靴を拝借するという手もあるか。中学一年生なら靴の大きさにも差はないだろうし、履けないこともないだろう。俺の気持ちもスッキリするだろうし靴事情も解決で一石二鳥である。


 いや、待て待て悪い癖だ。思いつめすぎて思考がぶっ飛んだ方向に進んでしまっている。もしそんなことをしてしまったら、悪戯がさらに強化される可能性もある。火薬庫に火のついたダイナマイトを投げ込んだらどうなるかなんて小学生にでもわかるだろ、馬鹿野郎。


 俺自身の心の許容的に今この状況は悪戯の範囲に収まるものであるが、もしそれが俺の心の許容ゾーンをぶち壊すようなことになってしまったら、それは俺の心が折れることを意味しかつ俺が不登校中学生になることを意味する。


 心の許容が広い代わりに、その装甲が一度崩壊してしまえば丸腰になってしまうのが俺のの性格だ。一度穴が開いたらもう使えない年季の入ったぼろぼろのパンツみたいな性格と言えばわかりやすいだろうか。めちゃくちゃ分かりにくいな。


 話を戻そう。とりあえず、靴を探す気力はないが、とても親切な人が落とし物ボックス的なものに早々と届けている可能性もあり得るので、それくらいは見に行っておくのも良いのかもしれない。


 

 結果から言うと落とし物ボックスに俺の靴が入っていることはなかった。少しだけ期待していたが、現実はそんな俺の心を取るに足らないものだと判断したようだ。


 仕方なく昇降口まで戻り、俺はスリッパで帰る意思を固めた。学校のものは俺のものということで、今日のところはさっさと帰るとしよう。俺と同様に帰宅部同盟である柳谷にこの光景を見られるかもしれないしな、言い訳するのもめんどくさい。


 パタパタとスリッパを鳴らして、公共の道路を歩いていく。どうしようもなく人の目が気になる、なんだか非常に居たたまれない。これが指名手配犯の気分だろうか。小学生にこの光景を見られたら、スリッパ男と名付けられ石を投げつけられる可能性も無きにしも非ずだ。


 俺は太陽を早く沈んでくれと願いながら、足早に帰宅したのだった。



 家に帰った後は、速攻でシャワーを浴び、精神を統一するために布団の中に潜り込む。


 ああ、意識がまどろんでいく。とりあえず、このまま寝てしまおうではないか。話はそれからだ。




 再び目を開けたころには精神状態も良好になっていた。精神統一という名の睡眠はやはり最高だ。


 腹ごしらえにカップラーメンにお湯を入れ、俺は明日に向けての一人作戦会議を開始する。


 最初に今日の出来事を整理してみよう。


 靴に土が詰められた、教科書が隠された、靴が隠されてた、以上である。


 言葉にしてみると、なんともあっけないことに思えるが、実際の被害は厄介なことこの上ない。


 ボスは何を思ってそんなことをしたのだろうか、きっかけはやはりドッチボール顔面事件なのだろうか。いや、本当のきっかけは空き教室で悪口討論を拝聴していたことではないか。ドッチボールはあくまできっかけを前に押し出す出来事に過ぎなかった。


 つまり、俺の自業自得ということである。空き教室の出来事だって回避しようと思えば回避できたし、ドッチボールだってカッコつけたいという煩悩がなければ顔面にストライクすることもなかった。


 過去のことを振り返っても仕方ないといえば仕方ないが、こうして自分の身に災難が振りかかってしまえば、後悔せざるを得ないだろう。


 だからと言って、全部が全部俺が悪いというわけでもないだろう。ボスが寛大な心で俺を包み込んでくれるような存在だったら、こんなことにはならなかった。ボスはまるでマフィアのボスであるかのような振る舞いで、自分に仇を成すような存在を排除するというような意思を持っているのではないだろうか。


 実際、相手にしているのは本物のマフィアのボスではないので、仇を成す可能性がないということを証明できればなんとかなるのではないか思ってしまうが、その意思よりも強い意思も感じる。だから上手くいかないそれを証明してもうまくいくことはないだろう。


 ボスは多分だが、自分の手によって人を転がし甚振るということに快感を感じる、簡単に言えばいじめが楽しいと思ってしまう性質を持っているのではないかと俺は感じている。


 加虐嗜好つまりドSだ。性的なプレイでSっ気をだすには収まらず、日常でもそういった傾向を見られる行き過ぎた性格を出してしまう行き過ぎた性質だ。


 俺がしょうもないぼっちであることを認識しているであろうボスは俺の危険度なんぞとるに足らないものだと思っているのはずだ。柳谷にどこか固執しているようにも見えるボスが、そんな俺に手を掛ける暇があるというのもどこか引っかかる。


 完全な加虐嗜好を持っていないとしても、ボスがある程度の楽しさを感じているというのはなんとなくでも理解できる。


 こうやってボスのことを考えていると、なんとなく思い出すことができる記憶がある。高校時代の柳谷をいじめていたのもボスだったのではないかと。ボスは俺よりも下位のモブで名前が表示されていなかったが、ボスと酷似したが似たキャラクターデザインを思い起こすことができる。茶色がかったロングヘアーで釣り目で活発そうな美人、多分一致しているはずだ。


 ということは寺島と関わらない柳谷は中学から高校最後までボスが主犯のいじめを受けていたということか、だとするのなら今回の俺なんか比べ物にならないほどひどいことをされ続けたのではないだろうか。表情が死んでいくというのも実際体験すると分かる気がする。でも彼女はそれでも高校最後までそれを耐え抜いた、正直言って尊敬できる。


 だが、そこまで耐えたというのにいじめから解放されるであろう卒業後、なぜ自殺を選んでしまったのだろうか。そんな疑問が俺の両肩をつかんで離してくれない。もしかしたら寺島と柳谷のすべてのエピソードでは明らかになっていないことがあるのではないか、もしかしなくても多分そうなんだろう。柳谷は恋仲になったとしても多くのことを語ることはなかったからな。


 ほんとゲームなんだから色々と明らかにしてからエピローグを迎えてほしいと思わなくもない。裏設定にこそ力を入れているというのは、この現実で過ごしてきて理解できた。だからこそだろうか、表面的なことしか分からない俺のゲーム知識はほとんど役に立たない気がしてならない。清川の記憶のアンロックにしろ中途半端なゲーム知識にしろ、役に立たないものばっかり搭載されすぎではないか。泣けてくる。


 こうなってくると、ボスのキャラデザインのようなゲームの細かい知識もしっかりと活用していかなければならないな、ハードなプレイヤーではなかったので細かすぎる知識を覚えているかと言われれば、微妙と答えたいところだが。ボスのキャラデザインだって覚えていたことは奇跡に近い。


 多分、前世の俺の好みだったんだろう。前世の俺は確実にマゾだった。世界一役に立たないことを思い出して、頭が痛くなってくる。


 とりあえず、この現実世界では関わる全員を注意深く見なければならないということだな。


 

 脱線しすぎたな。そろそろ話を戻さないと怒られる。


 次に考えるべきなのは、どのタイミングで靴や教科書に悪戯をされたのかだ。


 靴に土が詰められたのは、前日の放課後以外にはあり得ない。教科書も同じくだ。俺が登校する前の早朝にするという可能性も少なからず残ってはいるが、現実的ではないので消去していいだろう。


 間近に起こった出来事である靴を隠されたというのは別の時間帯であるのには違いないが、それは授業の間の休み時間か、それとも昼休みか断定することはできない。


 時間が明らかに短い休み時間を利用してボスが急ぎ足で昇降口に向かい、俺の靴を手に取ってどこかに隠してしまう。


 昼休みという唯一ボリュームのある安らぎの時間帯に俺の靴を隠すためだけに奔走する。


 こうやって場合分けして考えてみると、どちらにしても違和感を感じる。もしどちらかが正解というのならボスは嗜虐嗜好のために身を粉にして努力する健気な存在として割と可愛らしく見えてしまう。


 だが、俺は間違ってもボスが身を粉にしてまで自分の欲を満たす存在であると見ることはできない。彼女の性格を完全に理解しているわけでもないし、これは完全に俺の主観的判断ではあるが。


 ボスの本命は柳谷であり、俺はあくまでこたつの上のミカンのような存在だ。何気なくテレビを見ている間に片手間に手にとるからこそ意味があり、美味しいのだ。


 俺の主観的判断が間違っていないとしたら、一体全体いつどの時間帯にボスは俺の靴を隠したのだという疑問が浮上してくる。休み時間というのもあり得ないし、昼休みという線も薄くなってくる。


 うむ、その時間帯以外にできるはずもないし、誰か他の奴ににやらせたんだろうな。


 もっとよく考えれば、男子トイレに教科書があったということも、誰かに手伝ってもらったからこそ成しえた偉業であるといえる。


 ボスに従うだけの気の弱い者、同調し楽しみを求める者、ボスに協力しているとしたらそのどちらかだろうが、ボスからしても俺からしても前者の方が扱いやすいというのは間違いない。


 俺がこれからの中学生活の中で安寧を得るためには、その手下を有効活用するのが一番手っ取り早いのだろう。


 明日の目標は、その手下の顔と名前を特定することにしようではないか。


 それによってどう状況が変わっていくのか、それはまだ未知数ではあるが、柳谷とボスとの関係だって落ち着かせられる可能性だって無きにしも非ずだ。柳谷を守るのではなく、自分を守るために俺自信が行動して問題を取っ払う。


 急にいじめがなくなる柳谷視点からすれば何が起こったのか分からないだろうが、それで構わない。誰かに守ってもらわなければ自分の生き方はどうにもならないと彼女に感じさせてしまってしまうのはよろしくないからな。拾った宝くじがたまたま当選していたみたいな感じで、何事もなかったかのように救われてくれ。


 とりあえず、明日の目標も決まったし、今日のところは考えるのは止めておこう。現実逃避は大事である。


 一息ついて目の前のカップラーメンを手に取ってふたを開けてみると、なんとラーメンではなくうどんが出来上がっていた。これもボスの仕業か、いや俺が間抜けなだけである。




 

 次の日になった。俺は手下特定のために早起きをして、学校に向かっていた。久しぶりの早起きだったが、スッキリとした気分ではなくむしろ憂鬱な気分である。


 靴は中学生になる前に履いていた、古い靴を履いている。もし雨が降ったら靴の中はあっという間に氾濫してしまうだろう。いつもはほぼ空っぽのリュックには教科書やその他もろもろが詰まっており、なかなかに肩に負担をかけてくる。


 一番乗りに学校に登校する方が手下特定には望ましいということで、小走りに学校に向かっている。


 もう少しまともな学生生活を送りたいところだが、そのまともな学生生活を手に入れるために頑張っているんだから仕方がない。


 

 学校までたどり着いたは良いものの、昇降口の扉の鍵は閉まっていた。昇降口の前には誰一人としていない。よし、都合がいい。


 結局、用務員のおじさんが扉を開けにくるまで、俺以外の生徒が来ることはなかった。


 「おお、早いねぇ」


 おじさんもびっくりな様子である。軽く挨拶を交わした後、すぐさま俺は自分の下駄箱の前に移動し、昨日と同じ状態かどうか確認する。


 昨日となんら変化のない空っぽ状態だった。再度周りに誰もいないことを確認し俺は家から持ち出したボスの手下を特定するためのアイテムのセッティングを開始する。


 小学生の時に出来心で購入したトランシーバーをこんな風に使うなんて思ってもいなかった。常に送信ボタンが押されるように洗濯ばさみで固定して、いつでも送信できるように細工する。


 そして、誰かが下駄箱を開けた時、特定の音が入るように、下駄箱の内側とトランシーバーを鈴のついた紐で結ぶ。そして手下がトランシーバーを確認してからの即逃げ防止のための錘も紐で結び設置する。


 何回か下駄箱を開け閉めして、鈴の音が鳴ることと開けにくさを確認する。


 昇降口から教室までの距離はわりと長いので、しっかりと受信するかどうか若干の不安が残るが、まあ失敗したらその時考えよう。


 ボスの手下は俺に見られないような手段で悪戯を仕掛けてきた。その傾向が今日も変わらないというのなら、昨日荒らした俺の下駄箱を格好の的としてさらに荒らすということも十分に考えられる。


 俺に見られないような場所かつ俺にダメージを与えられる場所もまた下駄箱か机のどちらかに限られるし、常に確認することができない下駄箱にトランシーバーを仕掛けるというのは間違っていなはずだ。


 トランシバーにイヤホンをつなぎ、制服の襟からイヤホンの先を出す。これで授業中でも下駄箱の中のトランシーバーの状況を確認できる状態が作れるというわけである。


 後は獲物が罠にかかるのを虎視眈々と待てばよいだけだ。なんとも楽な仕事である。





 楽な仕事だと思ったが、実際は楽というわけでもなかった。かすかなノイズがずっと耳に中に響いているというのは、変な催眠術にでもかかているような感覚になってくる。


 早起きしたということもあり、眠気と催眠術で頭がおかしくなりそうだ。賢いふりをしてトランシバーという文明の利器を持ち出してはみたが、実際それを扱う本人がポンコツすぎるというのは笑えないし、情けない。


 もはや手下との勝負というより、自分との勝負になってきているようだ。



 午前の授業中は鈴の音が聞こえてくることはなかった。俺の意識も飛んでいなかっただろうし、間違いないだろう、多分。


 聞こえてくる可能性が高い昼休みこそ寝てはいけないと思いながら、俺は現在給食を食していた。


 今日の給食は俺の苦労を労ってくれるかのようで、甘そうなスイーツがついていた。可愛らしい袋に包まれたクレープのような何かである。


 それを食するのを楽しみにしながら、給食を食べ進めていくと、俺のトランシーバに反応があった。


 何かを弾くような音とともに、鈴の音も聞こえてきた。ネズミが引っかかったようである。


 一度失敗したら今後警戒され続けるだろうから、このチャンスを無駄にしてはいけない。


 俺はクレープの袋と携帯をポケットにしまい、ちょっとお花摘みにと言って立ち上がる。クレープをポケットに入れたのは、なんとなく俺がいない隙に食べられそうだなと思ったからである。決して頭がおかしくなったわけではない。同じ班の清川とかいうヒロインとか無言で盗み食いしそうだしな。


 急いで教室を出て、廊下に出た瞬間ダッシュである。鈴の紐を引っ張る音が聞こえるので、まだいるはずだ。


 昇降口までたどり着くと、俺よりも華奢な男子生徒が俺の下駄箱付近であわあわしている姿を確認することができた。家に一人でいることが多いからと親から買い渡された携帯を有効活用して、その姿を激写する。


 とりあえず、証拠は手に入れた。この時点で今日の俺の勝利はほぼ確定したわけだ。さあ、トークをしようではないか。


 俺はアサシンのように彼の後ろに近づいて、その肩をとんとんした。


 「俺の下駄箱に何か用があるのか?」


 「うおわぁ!」


 滅茶苦茶びびるやんこいつ。まぁ、驚くということは、やましいことをしているという自覚はあるということなので悪くない。拳が飛んでくるよりははるかにましである。


 「昨日、俺の靴に土を詰めたり、隠したりしたのはお前か?」


 彼の驚愕を置いてきぼりにして、俺は確認したいことだけ聞いていく。


 「……はい。すいません」


 彼は更にあわあわしながら、そう言って俺に頭を下げた。


 正直と臆病の組み合わせというわけか。悪いことをしたのは彼の方なのに、何故だかこっちのほうがいじめている気分になってくる。

 

 「ボス……じゃないくて、ええと、会澤という女に心当たりあるんじゃないか?」


 「え、それは……その」


 その反応でもう確信的になった。この質問はもう終わりでいいだろう。


 「俺の靴どこやった」


 「中庭に埋めました」


 「ねぇ、ひどくない」


 「本当にごめんなさい」


 この男子生徒は土を掘ったり、詰めたりするのが好きなのだろうか。まあ、もう別にいいけど。


 「まぁ、色々事情があったんだろうし、俺もそこまで怒ってないから安心してくれよ。代わりと言ってはなんだが、お願いを一つ聞いてはくれないだろうか」


 ここに繋げることが今回やり遂げたかったことだ。

 

 「な……なんですか」


 「まず、一つ聞きたい。会澤はお前が靴を隠したり、教科書を隠したりしたことを知っているのか」


 「ええと、教科書は隠してはいませんが、靴を隠したということは会澤さんに伝えました。はい」


 教科書の件は違う奴なのか。確認する事項が増えたな。とりあえずそれは後にして話を進めよう。


 「そうか。じゃあ、会澤はお前が行った行為を実際にその場にきて確認したか?」


 「いや、してないです」


 よし、やはりそうだったか。


 「なら、これからも俺に悪戯をしていると伝え続けてくれ。実際に俺に何もしていないとしてもだ。俺のお願いはそれだけだ、簡単だろう?もし、ばれそうになったら俺に伝えてくれば、口裏を合わせることも可能だしリスクもない。お前だって本当はやりたくないんだろう?良い話だと思わないか?」


 早口で言い過ぎたな。悪徳商法の詐欺師にでもなった気分である。


 「わ……分かりました」


 この臆病な男はこの通り、簡単に会澤、ボスのことも裏切る。これは単にボスに不満を持っているからこそ零れてしまったということだろうか、それともただ俺から逃れるためだけか。どちらにせよ判断することはできない。俺を裏切る可能性はぬぐい切れないのだ。


 だからこそ、スマートフォンで撮ったこの写真が役に立つ。右も左も分からない中学生一年生にとってこの脅しは非常に強いものになる。会澤からも何らかの脅しをされているのだろうが、それよりも強力なものであるというのは明らかだ。


 俺はスマートフォンで撮った彼の写真を見せる。


 「裏切らないとは思うが、一応撮らせてもらった。お前が俺と交わした約束を守りさえすれば公開することはないから安心してほしい」


 俺が彼に強いることは、何の変哲もないことでもあり簡単に実行できることである。会澤が彼に強いてきたことはただただリスキーなことだ。その点の違いを彼には理解してもらいたい。


 「分かりました」


 男子生徒は今にも泣きだしそうな声だったが納得してくれた。大丈夫だろうか、なんだか追い詰めすぎた気がする。


 「僕ばっかりなんでこんな目に合わなきゃいけないんだ!」


 はい、爆発しました。彼は頭を抱えて涙やらなにやら様々な体液を流しだす。


 「いや、俺に関してはお前もやることやったんだし、お相子だろう」


 「……確かにそうかもしれないけど。僕は毎回こんなことばかり。もうやってらんないよ!」


 強力なカードで脅しすぎたらしい。効果覿面で情緒不安定になってしまった。仕方がないな。


 「ほら、これやるよ」


 俺はポケットから最強のカードを取り出した。給食のクレープである。


 「え……いいんですか?」


 「いいよ。だからとりあえず泣き止んでくれよ」


 「僕、今日このクレープも会澤さんに取られてしまったんだ」


 男子生徒は目をこすりながらそう呟いた。


 ボスのやりたい放題に若干吹き出しそうになったが、ここは笑うところではないので、何とか堪える。


 「それは災難だったな。良いから食べろよ。俺は会澤ってやつみたいに意地悪じゃないから」


 「毒とか入ってないよね」


 「疑心暗鬼すぎだろ。食え」


 普通にイラっとしたので、命令口調で言葉を発する。


 泣きながらクレープを食べる華奢な男子生徒と、それを眺めるなんとも言えない顔をした男子生徒、この光景を絵画にしたら中々にに面白い絵になりそうだ。


 愛しのクレープが他人の胃袋に吸い込まれていく光景は最高にショッキングだったが、まあ仕方がない。


 「お前も色々と苦労しているんだな。まぁ、機会があったら誰かに相談してみるのもいいんじゃないか」


 俺は無理だけどというニュアンスを込めて、なんとなくそう慰めておく。


 「僕は友達がいないから、相談できる人なんていないんだ。もしよかったら君が……いや、やっぱり何でもないです」


 俺が含んだニュアンスに遅れて気づいたのだろうか、彼は考え直したように言葉を改める。そして、しょんぼり顔を俺に見せつける。

 

 世界中の人間に問いたい、あなたはこの状況で彼の願いを断りますか。


 「話を聞くだけなら……」


 気づいたら俺はそんな風につぶやいていた。


 自らの問題を解決している途中で、サブクエスト発生は笑えない。

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