第18話 優しさ


 不幸な拳を貰ってしまったが、ゴミで汚れた教科書を天に掲げながら、俺が悪戯を受けているということを軽く説明した。こいつに言っても、言いふらす相手がいないだろうし良いだろう。


 「……」


 「おい、無言は止めろよ」


 「……女子にいじめられてるとか、意味わかんない」


 「いじめじゃない、悪戯だ」


 「どっちも同じでしょ」


 「いや、違うな。俺の中の線引きではこれは悪戯の範囲だ」


 「……意味わかんない」


 確かに良く分からない。いじめとかいじりとか嫌がらせ、どれがどこに含まれているとか詳しい表を作ってほしい。探せばありそうなものだが、人によって様々な線引きがありそうな感じはする。


 「まぁ、その違いは別にいいんだよ。昼休みもそろそろ終わりそうだし、とりあえず女子トイレのゴミ箱を見てきてくれるとうれしい」


 「はぁ……」


 嫌そうな顔をする清川だったが、どうやらゴミ箱漁りに協力してくれるようだ。


 ゆっくりと歩く清川の後を俺も一定の距離を保ちながらついていく。


 女子トイレの前に立ち、俺は清川を見送る。清川は女子トイレの扉を足で押しながら中に切り込んでいった。なんというかもう少しヒロインっぽい行動をしてほしいと思わなくもない。


  

 数分と経たずに清川は戻ってきた。そして、俺の手に二つの教科書が投げ渡された。


 「これでしょ」


 「そうだ。ありがとう」


 良かった。教科書すべて確保である。体育館に教科書密集させすぎだろと思わなくもないが、ボスの考えとしては、教科書を最初に二つ拾わせた時点でもうここにはないだろと思わせたかったのかもしれない。どうであれ、もう終わった話である。


 「……本当だったのね」


 清川がぼっそと呟いた。まぁ、そう思うのも分かる。リアルでこんなことが起こっているとは思いもよらん。実際、ドラマとかでこんなシーンがあったら、小馬鹿にする自信がある。


 「そうみたいだ」


 「……なのに余裕そうね」


 「まぁ、これぐらいはいける」


 「……おかしいんじゃない?」


 「普通だ」


 「……はぁ。私もう行く」

 

 清川は俺との話など最初からなかったかのように、自分のペースに戻り体育館から出ていった。

  

 別に期待はしていなかったが、それにしても全然心配されなかったな。こうやって接してみると分かるが、性格が悪いというよりはただ無関心なだけといった方がいいのかもしれないな。


 一応、俺のお願いは聞いてくれたわけだしな、そこまで悪い奴ではないようだが。


 いやでも、これまでにひたすら舌打ちされてきたしな、そうでもないかもしれない。あれだな、いつも悪い奴がたまにかっこいいことすると、滅茶苦茶カッコよく感じる現象。


 こんな感じで寺島の心を射止めることができるのだろうか。


 まぁ、そのことを考えると頭が痛くなりそうだから、後回しにしておこう。


 とりあえず、清川のおかげで神隠しにあっていた教科書たちは回収することができた。


 昼休みでできる事と言えば、これくらいだろうし、十分すぎるだろう。一日ですべて見つけられるとはボスも想像してなかったのではないだろうか。その点においては、どこかやり返した感じがして非常に気分が晴れている。


 このまま体育館にいてもスポーツマンたちの邪魔になってしまうだろうし、さっさと教室に帰るとしよう。



 

 教室に戻って、すぐさま教科書をバッグの中に詰める。また、隠されたんじゃめんどくさいからな。置き勉を卒業しなければいけないというのには、正直気は乗らないが仕方がない。


 「あれ、教科書あったんだ?」


 席が隣ということで嫌でも俺の行動が目についてしまうのだろう、倉橋から当然の疑問をもらった。教科書を貸してもらう時、変な嘘をつくんじゃなかったな。俺自身もこんなにも早く教科書が見つかるとは思っていなかったので、結果論になってしまうが。


 ここはもう変に誤魔化さずに、軽く説明した方が賢明か。


 仕方がないので、教科書をよく分からん女子に隠されているんだと軽く事情を説明した。何故かは知らんが、清川に説明した時よりも恥ずかしかった。学校の帰り道、一人きりだと思い込み歌を熱唱していたら、実は近くにいたおばちゃんに目撃されていた時と匹敵するくらい恥ずかしかった。


 女子にいじめられるとか本当にどういうことなんだろうか、清川にも意味わかんないと言われたし、よくよく考えてみるとほんと意味わかんない。冷静になればなるほど恥ずかしくなってくる。それを誰かに告白するなんてなおさらだ。


 「大丈夫なの?」

 

 心配したような表情で清川が俺にそう尋ねてきた。


 やはりと言ってはなんだが、俺としては望まない空気になってしまったな。まあ、俺の状況を聞いて高笑いするような奴はいないだろうから、予想通りと言えば予想通りだ。


 「余裕なんだな、これが」


 強がっているように感じられるかもしれないが、そう言っておいた方が良い気がした。


 「私、何かできる?」


 いつだったか、いじめられているものがいたらどうするかというのを清川に尋ねたことがあったが、その時のことを少しだけ思い出した。


 確か前はもしそんな人がいたら声は掛けるが、それだけしかしないだろうと言っていたような気がする。でも、この子は声を掛けるだけとは言っても最終的には助けてくれるような気がしてならない。俺の買い被りだろうか。


 どちらにせよあの時の会話を引きずって、変に気を遣われてもあれだな。


 「自分だけで解決できるし余裕だ。こんな風に教科書だって速攻で見つけられたわけだし」


 「うーん、本当に?」


 「本当だ」


 そんな会話をしていると、俺たちではない違う声が空間に投入された。


 「……自分だけで解決できるとか言ってるけど、そいつ私のこと頼ってきた」


 俺たちの会話にヒロイン(笑)の清川が乱入してきたようだ。


 班も同じということで割と近い席には座っているのは当然理解していたが、まさか会話に入ってくるとは思わなかった。いつも通り静かに座ってほしかったんだけどな。めんどくさくなりそうな予感がビンビンだ。


 「そうなの?」


 倉橋はそんな状況になっても特に動揺することなく、清川と俺を見比べながら尋ねてきた。


 「まぁ、頼ったな。……でも、どうにかしようと思えばどうにかしてた」


 「……ふっ。女子トイレに直接入るつもりだったてこと?変態」


 「え?女子トイレ」


 ああ、だめだな、やばい。倉橋の俺を見る目が変態死ねと、変わってしまう前に、どうにしなければ。


 「女子トイレに俺の教科書が隠されてる可能性があったから、清川を頼ったんだ。頼れなさそうだったら、俺は犯罪にならないよう細心の注意を払いながら女子トイレに入っていただろう。だから変態ではない」


 もはや自分でも何を言っているのか分からないが、この熱いパッションが伝わってほしい。


 「……早口だし、言ってること気持ち悪」


 「ぷっ、あはは」


 何これ、からかわれてるのか。視線を向けると、二人してクスクスと笑っているではないか。さっきまでの神妙な空気感どこいった。


 まぁ、からかわれていることに関しては、むしろ美少女たちからのご褒美のようなものだから興奮するので別にいい。それよりも清川が笑うというのが意外だった。


 そんな時に久しぶりに脳に違和感を感じた。これはもしかしなくても清川に関する記憶アンロックの予兆である。


 浮かんでくる記憶を紐解いていくと、理解することができる。清川というヒロインは笑わないというよりそもそも表情筋が死んでいるような女だったみたいだ。楽しい出来事があってもクスリともしないし、鼻で笑うようなことすらしない、鉄仮面ガチガチ女だ。


 高校時点の柳谷と被るような気がするが、柳谷の場合だと表情筋は生きていたが、その表情自体が死んでいた。その点が少しだけ異なっている。


 形は違うが、どちらも表情が死んでいることに変わりない。ヒロイン二人がちゃんとした表情を作れないとか闇が深すぎるこのゲーム。


 多分だが、こんな風に笑えるということは、こいつもまた高校生までに何かトラウマを抱えるんじゃないかと思われる。そもそも俺と話している時点で寺島としか口を利かないとかいう縛りもないようだしな。


 なんか記憶がアンロックされてラッキーというよりも、新たな疑問が生み出されただけなんだよな。俺の脳のシステムにもっと色々な情報も添えて一緒に書き込んでほしいよ。神様お願いします。


 今考えるとおかしくなりそうだからとりあえずスルーしておこう。


 一通り二人も笑い終わったようで、再び俺に視線を向けてきた。


 何と声を掛けていいのか、二人は考えているような様子である。いや清川の方はもう俺のことなどどうでもいいというような表情である。なら最初からいらん話をぶち込んでくるなと言いたいところだが、その時はその時なりに話したい気分になってしまったのかもしれない。もうほんと良く分からない女である。


 「まぁ、つまり大丈夫ということだ。まじで。……こう言っては何だが、変に心配されても逆にあれというか、なんというかあれだ」


 「迷惑」


 なんで言っちゃうんだよ。この馬鹿。


 「うん、でも分かったよ。心配しない」


 「そうしてくれ」


 なんとか納得してくれたようで良かった。あとは、特に弁明することもないし、俺は机と同化するとしよう。と思ったが、清川の様子が少し気になったので、チラ見しておこう。


 清川は倉橋をぼーっと見つめていた。なんだか目が死んでいるように感じるの気のせいだろうか。


 同じ班だというのに、この二人の組み合わはなんだか新鮮に感じる。清川はめったに喋らないが、倉橋も話しそうに見えて実際はそこまで色々な人とすすんで喋る方でもないし、組み合わせとしては激レアだ。見るだけなら美少女二人だが、内装を確認してみると、片方は欠陥住宅並みだ。


 無言で見つめられている倉橋の気持ちになってみると、なんとも言えない気まずさを感じているに違いない。手助けしたい気持ちはあるが、何をどうすれば手助けになるのか分からないので、とりあえず目を逸らしておこう。


 「そこの男は頭おかしいよ。何考えてるかわからない」


 「え?」


 いや、おい。突然何を言うんだ。確かに嫌われているという自覚はあったが、頭がイカれている認定されているとは思ってなかったぞ。


 口を挟もうと俺は清川の方を向いたが、俺に先んじて倉橋が口を開いた。


 「照人君はちょっと変わってるけど、優しい人だよ」


 それはフォローしているんだよな。ダメな子を慰める時によく親が似たようなことを言っているイメージがある。


 加えて、俺のデフォルトの姿は机と頭を一体化させているスタイルである、そんな俺のどこから優しいという面が査定されるのだろうか。疑問が脳に飽和していく。


 というかそれにしても、本人がこんなに近くにいるのに話す内容ではないと思う。それでも話したいというのなら、聞こえないように陰でぼそぼそ言ってほしい。


 「……そ」


 「うん」


 この会話には何の意味があるんだろうか。俺視点からしてみれば、ただただ恥ずかしいだけである。


 清川はなぜか不満げな様子だったが、倉橋のまっすぐな視線に根負けしたのか、自分の席に戻っていった。


 台風みたいな女だったな。ほんと清川は結局何がしたかったんだろうか。俺の評価をただただ下げたかっただけなのだろうか。もはや良く分からない。


 「清川さんと初めて話した気がするよ」


 倉橋は清川に聞こえないような小さな声で俺にそう伝えてきた。


 倉橋も初めての会話だったのか、なんというか清川の交流関係は俺よりも死んでいるような気がする。


 「俺も今日初めて話したんだ」


 「そうなんだ。なんか可愛かったね清川さん」


 「どの辺が可愛かった?」


 俺に分かるように1000字以内のレポートにまとめてほしい。今のところ俺の中の清川のイメージは舌打ち暴風雨女だ。


 「雰囲気とか可愛くなかった?」


 「顔面は可愛いと思う」


 倉橋も負けてないくらい美少女だが、その辺のことは本人は認識しているのだろうか。世界中の可愛い女子全員に同じ質問を問いたい気分だ。


 「……それはそうだけど。もう、言っても分からなそうだからいいや」


 「そうかもしれない」


 女子同士でなければ分からない世界があるのだろう、知らんけど。


 「照人君」


 「ん?」


 「苦しくなったら、ちゃんと言ってね」


 「……分かったよ」


 俺の親よりも心配してくれてる気がするよ。こんな風に言われると逆に迷惑を掛けたくないって思っちゃうんだよな。何だろう病気なのかな。


 こんな感じでなかなかに濃かった昼休みは終焉に向かったのだった。

 


 

 

 


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