第33話 彼女とのクリスマス・イブ
【十二月二十四日 午前八時二十分】
急いで支度を終えて美夜が待つ公園へ向かう。公園の入り口辺には犬の散歩仲間と思われる人達が数人集まって雑談に興じていた。犬同士はお互いの顔を見つめて飼い主が話し終わるのを大人しく待っている。少し奥の方進んでいき噴水から横にそれると小高く盛り上がった芝生の広場がある。丘と呼ぶにはいささか傾きが足らない。春になると若緑の色をした芝生に覆われるが、今は枯れ葉に近い落ち着いた緑色をしている。芝生の中心側に小さな休憩所がある。美夜から送られてきた写真からはあそこに居ることが読み取れた。
公園の入り口から歩いていくと休憩所の屋根が見えてくる。屋根と柵の隙間からちらりと彼女の後ろ姿髪とコートが見える。少し歩く速度をあげて足早に近づいていく。足音に気がついた彼女がこちらを振り向く。
「ごめーん。約束の時間守れなくてー。」
謝られるとは思っていなかったので面食らってしまった。確かに予定を崩されて急ぎ来ることになってしまったが、怒ってはいない自分が少しだけ変なことに気がついた。
「いや、良いんだよ。寝てたから最初のメッセージに気がつくのが遅れた。こちらこそごめん。」
「昨日の夜眠りが浅かったみたいー。ホントに怒ってない?」
「遠足前に眠れないみたいだな……。大丈夫だよ。」
彼女が楽しみにしてくれていたのなら何も問題はなくて、むしろ嬉しいくらいだ。
「あぁ。よかったー。」
「心配し過ぎだよ。あはは。いつもと調子が違うんじゃないのか?」
「ちょっと振り回し過ぎたかなってー。反省してみたりー?」
距離が近くなってきてから気遣われる事が増えて来ている気がする。全然にそういう妙なところも魅力的なのだから遠慮しなくて良いのにと思うが難しいところだ。
「今くらいなら気にしないよ。さ、出かけようっていいたけど。まだちょっと早いかもな。」
「ならこの場所いい場所だし、ちょっとだけ待とうかー。」
ここは彼女が言う通り見晴らしがよく、公園のいいところを全身で感じられる。すっかりと身体自体が冬に馴染んできたのと、暖かい格好をしているせいか今日は寒くはない。むしろ風が吹き抜けて気持ちがいい。
「そうだね。夜に来てみるのもいいものだけど、晴れた日にはもっといい場所だね。」
「あはは。そう、会えたらだんだん眠くなってきたかも。」
彼女は机に肘を付いてそっと頬に手を添えて猫のように目をつむっている。
「自由なやつだなー。」
向かい合う場所に座って一緒になって届いてくる色々な音を聞きながら目をつむる。さっきまではうってかわって時間が進む感覚が延びるのを感じる。しばらくそうした後、目を開けると美夜は微笑んで俺の顔を見ていた。
「前まで考えてた悩み事はもうなくなった?」
「ああ、そうだ。本当はこの前に言おうと思ってけど、美夜の演奏ですっかり忘れてた。あの動画寝る前にも見たけどやっぱりよかったよ。」
「ありがと!でも、寝る前にみられるのは恥ずかしいやつじゃないかなー?」
「せっかくいっぱい練習したんだろう。内緒にしてただからそれくらい我慢してくれ。」
「はぁー。渡してしまったばかりに……。」
彼女は言葉とは違う幸せそうなため息をつく。
「ああ、そうだ。悩んでたことはちゃんと終わったよ。八年ぶりくらいかな、母さんに会ってきたよ。」
「そんなに会ってなかったんだねー。タイミング、良かった?」
「ああ、美夜の言う通り早めに会っておいて良かった。」
茉莉には翌日には話しておいたら何故か涙目になっていた。そこまで感動するような話方をしたつもりはなかったが彼女にはどうも思うところがあったらしい。ぐすぐすとする茉莉は大きくなってからはめ滅多に見たことがない。
美夜にはざっくりと、音楽をしていることと隣の県に住んでいること位を話しておいた。
「なにかとギターに縁があるねー。運命なんじゃない?」
「じゃあ、バンドでも組まないとな。」
「私と二人だとちょっと足らないねー。」
二ピースのバンドをやるならよっぽど二人共に華がないと売れないだろう。美夜は断然華になりそうだが、俺にはとても務まらない。まあ、そもそも何も弾けないのだけれど。
「美夜がボーカルでギターならなら売れそうだな。」
「えへ、なんでさ?」
「見た目が良いから。」
流れるように聞かれたから口が滑った。
「わー。それはそれは嬉しいなー。」
目を細めてにっこりとする。調子が戻ってきた様だ。本気だとは受け取られなかったかと思ったが、よく見ると足をぴょこぴょこと動かしている。ちょっとは本当に嬉しいらしい。
「じゃあ、今日は薫くんがちゃんと売れるように服見に行こうねー。」
「見繕ってくれて、年玉で回収できるくらいの値段なら買うよ。」
「いい服は高いからねー。ちゃんとそこそこの値段でねー。」
大体、いいなと思う服は思っている二倍くらいの値段がする。下手すると四倍にも行きかねないのでそもそも入る店は気をつけないといけない。
「そろそろ駅にでもゆっくり歩いていくか?」
「そだねー。じゃあいこっか。」
彼女はベンチから立ち上がり、コートにポケットに手を入れてさっと先に歩き始める。俺はそんな彼女を追いかける。
「美夜。そんなに急に急ぐなよ。」
「私は犬じゃないんだよー。ほら、いくよ。」
芝生を駆け下りる彼女はまるで幼い子供のようだった。十八歳だったなんてことはもうとっくに忘れてしまった。夜で笑っていない時、横顔を見つめると大学生にも見えるのが未だに不思議だ。煙草かカクテルでも嗜んでいそうにも見える。ふわりと髪が広げて踊るように駆けていく。
「わーすごいねー。キレイ。あと人がいっぱいー。」
モールへたどり着くとクリスマス本番を迎えて用意されたいたさまざまな飾りが迎えてくれる。まあ、それよりも人の多さが目につくのは同じ感想だ。
「年に一回だけこんなでっかいツリーを用意するなんてねー。」
「ああ、でもこれだけキレイなら、十分な晴れの舞台だな。」
中央の吹き抜けから上の階を見上げると色とりどりの飾りと電飾が施されたモミの樹がどんと構えている。流星群か、あるいは涙がこぼれ落ちるように見える光の線が天井から降り注いでいる。
「メンズはB1だってさ、先にそっちいこうか?」
「いや、それも見たいけど先に行きたいところがあるんだ、そっち行ってもいいか?」
「んー?いいよー。」
3Fのレディースコーナへと美夜を連れて行く。実はこの日よりも前に茉莉のプレゼントを買うためと、美夜にもプレゼントを渡したかったためこのモールに訪れている。この辺で大きい店となるとここになるので推測が当たってよかった。彼女自身がマフラーをちょうど持っていなかったみたいだったので、見つけておいたものの本当に気に入ってくれるのか読めなかったので事前に買うのは諦めた。あといきなり贈り物をして引かれないかとか色々考えすぎたのもある。
「私にプレゼントでも買ってくれるのー?」
エスカレータの後ろから話しかけられる。彼女は後ろに手を組んで前へかがみ、こちらを覗いてくる。
「ああ、そうだよ。そんなに高いものは買えないけど。」
「……。」
目を見開いて言葉をなくしている。
「そんなに驚くか?」
「そーいうのはー。好きな子にしないとねー。でも……貰えるなら、嬉しいかな。」
「じゃあ、ちょっと見て着てみてくれ。」
「うん。」
言葉少なくエスカレータを折返し登って目的階にたどり着く。現実的な話あまり高価な価格帯は手が届かないのでちょうどティーン向けの店を選んでおいた。
冬が本番になっているので、すでに在庫が入れ替わって売れきっていないか心配だったが、ブラウンのモヘア地で彼女か着ているコートとの色の対比と、生地の対比を選んでみたつもりだった。
「これ、だけど……どう?」
商品を手にとった彼女は受け取った後、すぐに近くの鏡で確認している。慣れた手付きで巻き方を調整していく。
「……。誰かに選んで貰ってない?店員さんにおすすめされてない?」
ちょっと訝しんだ顔で聞いてくる。
「いや、自分で選んだけど……。」
「えへへ。センスいいじゃん。薫くん、実は才能あり?」
にこやか花開き咲き誇るように笑う。気に入ってくれたようでとても嬉しい。
「よかった。もしも気を使ってるだけなら他の探すけど。」
「全然。三十%くらいの確率で別の女の子に選んでもらったとおもった。」
「その疑惑があるならよさそうだな。」
「でもー。ちょっと高いんじゃないかな?」
「まあ。情けないけどわりとギリギリのラインだな。」
あまり隠し通してもすぐにバレそうなので正直に打ち合ける。
「じゃあ、そうだねー。……うーん。全部私が払うのも薫くんに申し訳無いし。半分こしよ。」
「……。まだそこまでは上手く行かないな。」
「でもいいのいいの。ありがとう選んでくれて。さ、一緒にレジに行こう?」
「大学生でもなったら、もっと格好良くできるのにな。」
「そうなのかなー。たぶん。大学生にでもなったら薫くんはモテるよ。偶にワイルドに行ったほうもっと持てるかもねー。」
言動は置いておいて、見た目はオヤジのように渋い人間になりたい。酒に酔っている姿は情けないが、仕事をしているときはきっと格好良いだろう。
無事に折半で購入した物を彼女に渡し、次の目的地へ向かう。
「じゃあ次は私がセンス爆発させる番だねー。」
「奇抜な格好は勘弁してくれよ。適度に適度に。」
「美夜におまかせーだよー。」
B1へ向かうため、元に来た道を戻っていく。下りによく見るとクリスマスのイルミネーションはエスカレーターから見下げると光が一緒になって落ちていくようにデザインされているようだ。流れ星と一緒になって落ちていけるなんて、幻想的な発想だ。
「ちょっと前まではこんなことできるなんて思ってなかったなー。」
「美夜、前の学校だと友達多くなかったのか?」
「女の子の友達はいたよ。でも男の子の友達はあんまりいなかった。前の学校共学なんだけど、最近まで女子高だったからねー。まだ男の子があんまりいなかった。」
その環境はさぞ男子生徒の肩身が狭いのだろう。同じ学校の誰かと付き合いでもしたら卒業まで別れるのはNGコースになりそうだ。
「じゃあ、あの日出会えて良かったな。俺はそう思うよ。」
「それはそう。間違えて落とし物するのも悪くないね。また友達いなくなって寂しくなったらピック落としてみようかな。」
それで誰かに出会える可能性はどの位なのか。
「遊びやすいかは進路次第だけど、美夜が良かったら俺はずっと友達だよ。」
「……。キザ。」
「うるさい。」
「なら、私も薫くんが良かったらずっと友達だよ。」
「……。女の子が言うとキザじゃないなあ。」
「なにかの特権かもねえ。」
「友達か……。うーん。それはそれでなのかな。」
「美夜?何か言ったか?」
エスカレータの後ろで彼女がぼそりとつぶやいた単語がBGMにかき消されて聞き取れなかった。
「なんでもないよーだ。」
後ろを振り向くと舌を出してべーっとしてくる。よくよく彼女を見るとグロスにアイシャドウも薄く付けている。
「化粧してるんだな。今日は。」
「気づくのが遅いからさらに減点。」
「ええ……。ごめんって。」
口では期限が悪そうだがそっぽを向いた彼女の横顔から察するは怒ってはいないようだ。彼女はもう一度もう一度舌を出されて。ニコリと微笑む。
「ほら、降りるよー。足元気をつけてね。」
「ああ、あぶねー。」
「あはは。警告してよかったねー。」
彼女のバイトの時間まではまだ時間がある。今日の日をもっと楽しめるようにしていきたい。何気ないやり取りの中そう決めた。
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