幼馴染のせいで俺の高校生活が急変した

@uqworker

プロローグ 金木君は勝ち組(偽)

 人生は配られたカードで勝負するしかない、俺が好きな白い犬はそう言った。


 全く持ってその通りだ。


 この世の中という奴は、自由意思に基づいて勝負を行う遊戯ゲームと違って、

シチュエーション次第では強制的に勝負の場に立たされる、人生という名のクソゲーだ。


 最初は自分の持ち札すら分からず、ルールも戦う相手も不明瞭。何が勝利で何が敗北かも人によって異なる。


 それでも、勝負をするしかない、それが人生だ。


 それが生きるということだ。


 俺がどれだけ願い焦がれようとも、東京のイケメン男子にも美少女にもなれないように、この世には生まれた時の、相応の分がある。


 特に富めるわけでも貧しいわけでもない、まあ普通の家庭。


 特に醜くも老いているわけでもない、かといって、フィクションじみて若作りで美形なわけでもない、まあ平凡な両親から生まれた俺の容姿は本当にそれなりだった。


 鏡に映る顔を見ての自己評価は、まあイケメン野郎どもには勝てないけど、そんな

不細工ってわけでもない、少しばかりの期待と見栄を込めて中の上といった程度。


 勉強も平均より少し上程度、運動神経は悪くないが、運動部で毎日努力している人間とは比べるまでも無い。


 例外はあれど、能力の差がそこまで顕著には出ず、物怖じもせず何も理解しない小学生の低学年くらいはともかくとして、中学、そして現在の高校生に至る中で、俺は自分相応の分という奴を弁えることとなった。


 スクールカーストなんてものを、殊更意識しながら生活する人間は、カースト上位に憧れる野心的な中位の人間だけだろうが、それでも暗黙の内に皆それに従って生きている。


 クラスの端で集まるオタクの冴えない男子がクラス一の人気者の女子に用も無いのに話を掛けるのは憚れるし、告白なんてまず論外、事の運び次第じゃ虐めの対象になりうる。


 笑い話や蔑みの対象にはなれど、賞賛や喝采、栄光とは程遠い結果が待っているのが容易に想像がつく。


 そうなればクラス内での立場を失いかねない。


 奇跡的な万馬券、馬鹿勝ちを引き当てる可能性も無くはないが、リスクリターンの天秤が釣り合ってないのは誰の目にも明らか。


 ほとんどの者は、カースト上位の人間の華やかな生活に、あんな風に過ごせたらどんなにいいかと微かな憧れを抱きながらも、自身を取り巻く友人とその日常にある程度満足しながら、毎日を過ごしているんじゃないだろうか。


 ――――そう、人には分がある。


 俺の自らが把握するだけの手札はこうだ。


 顔、普通。

 体格、普通。

 所属部、帰宅部。

 コミュ力、普通。

 勉強、普通。

 運動、普通。


 すべてが、平均付近をふらふらしている俺の学校での立場は、ぼっちで、話す相手も居ないという程悲惨でもなければ、顔の良い同性異性を囲む、華やかな集団の一人でもない。


 数は多くはないものの、それなりの友人と、まあ悪目立ちしない程度に騒がしく、教室の一角で駄弁って賑やかす、いわば、クラスメイトAといったところだろうか。


 それでも――――俺は、薄く張って、それで得られる人間関係勝ち分で充分に人生に満足していたのだ。


 不用意に目立ちたくはない。不特定多数の人の視線はどんな類のものであれ苦手だった、ほとんどの人は苦手だろう。


 誰かの謂れのないうわさ話になったりするのは、トップカーストの人間や最底辺の人間の役割だろうに。


 もちろん、眩い日々を、恋愛に部活にと色づいた青春を送る者たちを羨み憧れる気持ちは多少ある。


 俺だって、思春期の男子なんだ、漫画やアニメ、ドラマのような学校生活に憧れないと言ったらそれは嘘になる。


 だが、その舞台にあがって、その栄光を勝ち取るべく勝っていくだけの手札は俺にはない。


 だから、青春という、十代の色彩豊かな生活を賭けた勝負からは降りることにして、最低限の友人と、居場所を手に入れるよう尽力した。


 そういう風にリスクの高い勝負を避けてきた俺の人生は、今、一人の存在によって狂わされていた。


 放課後、クラスの教室。


 帰りのホームルームが終了し、教室内の各生徒がそれぞれの集団で、寄り道の予定を話したり、雑談に興じていた。


 その教室の中でも、とりわけ華やかな男女六人のグループ。その中の一人が、友人たちに一言謝罪を言って別れを告げてこちらへ向かってくる。そのお友達の視線が、冷やかしの言葉と共に、こちらへと集まるのを肌で感じる。


 その一人の少女が、俺の席の前に立ったことで、いよいよ教室に残った生徒のほとんどから視線を浴びることになる。


「一緒に帰ろ、ロクロー」


 そう俺の名を呼ぶ少女はクラスの、どころか学年のトップカースト。


 声は柔らかく、猫撫で声でありながら、嫌味な雰囲気はない。正直ぞっとするが、このクラスで、学校でそんな感想を抱く男子生徒は俺だけだろう。


 こんな声で女子に声をかけられたら、男子は意中にない相手でも意識してしまうだろう。


 その声を発する女子が、とびきりに可愛いのだから、その台詞の威力は思春期男子にとって悶死ものである。


 その風評は以下。


 容姿良し、勉強良し、運動良しに、性格良し。


 生徒に限らず、教師からの信頼も篤い、非の打ち所がない優等生。


 モデルやアイドルと見紛う美少女。


 校内の男子生徒たちは、誰もが一度は付き合いたいと願いながらも、そのほとんどはハードルの高さに諦めるという、文字通りの高嶺の花。


 その少女――烏丸卯月からすまうづきは、俺、金木緑朗かねきろくろうの彼女である。


「あー……うん」


 世の中には、傍目にはなぜこんな二人が付き合っているのだろうという、あからさまに不釣り合いなカップルが意外と居る。


 俺と彼女は、この校内において、まさしくそういう類の男女となっていた。


 俺の気の無い承諾に、俺を呪う呪詛のようなカースト中位以下の男子生徒の視線が突き刺さる。


 おいカネキ、烏丸さんに誘われておいてその態度はなんだおのれェ!


 と、幻聴が聞こえてくるほど。


 ふわふわとただでさえ落ち着かない心地なのに、血の気が引くのを感じる。


 仕方ないだろう、こんな時の振る舞い、女子と付き合ったことの無い俺に分かるものか。


 自分でも今目の前にある少女が手に余るのは自覚している。


 例えばである。通学路を一緒に歩けば、「もしかしてあの人が例の……」とひそひそと俺達を見た女生徒二人が期待を含んで話す。そして俺の容姿を見て、落胆の音を乗せてこういうのだ。「まあ、悪くはないけどなんであの人?」と。


 そうなんです、金木緑朗って俺なんですよごめんねー……って、じゃかしぃわ!


 そんなこと本人が一番分かってるんです! あと、悪くないって言ってくれてありがとう。


 と、内心傷つきながら、声に出せない叫びをあげるのだ。


 今や校内で、烏丸卯月が金木緑朗と付き合っている、というのは有名な話である。が、しかし学校の有名人たる彼女と違って俺の名前を知る者はそう多くはいない。


 カネキロクロウ? 一体何者なんだ? と。同学年先輩方後輩一同が、そのさぞ凄まじい性能を搭載しているであろうカネキロクロウとはどんな奴だと、隙あらば探すのは想像に難くなく。


 別に隠しているわけでもないこの関係(彼女の事情を考えるなら周囲に伝わる方が良い)は、朝の通学途中や帰宅途中にも散見されるわけで、そのたびに奇異と期待の視線に晒されて、ご覧の通りわたくしめ、外見からして普通なわけでして、落胆と失望の色を含んだ結果を伴うこととなるまでテンプレートのプレパレード。


 まあ、余人から見ても個人的な所感としても、そのくらい身分の差と言うか、手札カタログスペックに差がある俺と彼女が付き合うなんていう、奇跡の勝利を為すには、これが俺の脳内妄想でない限りは理由が付き纏うのが必然であって。


 ――――俺は、ある事情イカサマによって、分不相応な馬鹿勝ちをしたのだ。


 別に俺が脅したりした訳ではない。一応ね。

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