第264話 その者の名前は。

 まさかの勇者扱い?!

 まぁ、人間族で強いとなればそういう考えもあるかもしれない。


「いいや、勇者ではないよ。…ただ、光の女神よりノームから加護を貰えという使命を与えられただけさ」


 わざと白の女神の話は避けて、その眷属である光の女神にそう言われたという事にする。

 現在、白の女神を知っているのは殆どいない為だ。


「ふーむ、なるほど。今は勇者になる為の試練の最中という事か?そうだとすると、俺らは敵対関係になるか?」


「いやいや、勇者なんてならないさ。俺はこの通り魔物も魔族も仲間にしているテイマーだ。人間がどうだとか、魔族がどうだとかは正直関係ない。…どうだ、俺はお前とも仲良くしたいと思っているんだ。悪い様にはしない、協力するつもりはないか?」


 これは建前では無く、本音だ。

 そもそもこの近くの町でも、いい取引相手がいれば交渉しようと思っていたのだ。


 それが将軍というここを管理している国の幹部が協力してくれれば、願っても無い状況になる。


「それは、我が兵士の命との交換条件というわけか?」


「それで納得するならそれでもいい。別に危害を加えないならそのまま…とはいかないけど無事に返して構わないと思っている」


「レオナルド殿!人間の言葉に騙されてはいけませんぞ!」


 ここで、話を折るかのようにレオナルドの副官の一人らしい人物が口を挟んできた。

 いやこの状況で断るって、命を投げ出すのと一緒だと思うんだけどな。


「お前は馬鹿か!相手がその気であれば、我ら全員既に死んでいるのだ。お前は全員を地獄に送りたいのかっ!!」


 そんな部下を諫めるでは生温い、その怒気だけで殺す勢いで怒鳴りつけた。

 そうだよね、普通に状況考えたら分かるよねぇ。


「で、どうだ?この状況なら是非もないかと思うけど」


「そうだな、この状況では協力するしかあるまい。その話を受けさせてくれ…感謝する」


 しぶしぶ受けたかのようにレオナルドはそう返答した。

 だが内心は、安堵でいっぱいなのであろう。

 ほっと息をついたのを見逃さなかった。


(見かけによらず、結構苦労人なのかもしれないな)

 と、俺は勝手に失礼な事を思うのだった。


「それで…、貴殿の名前を聞いていいか?」


「俺はユートだ。さっきも言った通りテイマーだよ」


「ユート殿と呼ばせてもらおう。改めて、私は獣王軍の第一将軍レオナルドだ。貴殿の恩赦に感謝する」


「とりあえず、君らの町にいこう。ただ、この状態じゃ帰る事も出来ないだろうから治療はしてやるよ。ただ、いきなり襲われても困るから武器防具は全て没収させてもらうからな」


「承知した。って、我らを治療をしていただけるのか?なんとも肝の太い人間だな」


「まぁ、丸腰の相手には負けないさ」



 それから全員の武器防具を募集してから、全員の治療を行った。

 アリア、リン、サナティの聖女三人と、ヘカティアとディアナが次々に回復していく。


 一人だけ自分よりも戦闘力が無さそうだと、回復した途端にサナティに襲い掛かろうとした奴がいたが、影から現れたクロにもう一度瀕死状態までボコられていた。


 そいつの仲間の兵士が数人土下座して『こいつ頭まで筋肉なんです!申し訳ないです、もうこのまま町まで俺らが担いでいきますんで命だけは!!』と懇願していた。


 当事者は、既にボロボロなのに仲間に地面にめり込むくらいまで土下座させられていて、中々に哀れな状態だった。


 そんな様子を見て、(おう、やはり土下座の文化はあるんだなぁ)とどうでも良いことを改めて思っていたのは内緒である。


 ちなみに、聖女三人には最初から護衛としてクロを潜ませていたので心配はしていなかった。

 もちろんカルマとニケも監視はしていた。


「すまない、うちの馬鹿が仕出かしたようで」


「あれだけの数がいれば、そういうのは一人はいるもんさ。こっちも最初から対策済みだから心配もしてなかったけどな」


「それはそうだろうな。しかし、自分の行動が仲間の命を危険に晒しているというのを何故分からんのか…。帰ったら徹底的に扱き直してやる!」


 この超人級の武人に、本気で扱かれる事になったその兵士にはご愁傷様としか言いようがないな。

 自業自得だから、同情はしないけど。


 ちなみに、俺とレオナルドは仮設テントを作ってその中で話をしていた。

 今はメイアが紅茶を用意してくれている。


「ほう、ただのメイドがその強さなのか。下手したら俺のところの隊長クラスより強いんじゃないか?」


「実戦は積んでないから、そんなことは無いさ。ただ、俺の傍にいる限りは負けないだろうがな」


「ほほう…。俺には人の強さを見る力が生まれつきあるんだが…。ユート殿、貴殿は特殊な存在だな。強い上に魂の輝きが殿下と同格か、それ以上だ」


「…。殿下というのは?」


 『覇王』のチカラを持っている事は、どうのように捉えられるか分からないので伏せておく。

 そこはスルーして、聞きたいことだけを聞いておいた。


「獣王ラーザイア様だ。この東大陸の中心部を収めている魔王だ」


 なんと、ここで魔王の名前が出てくるとは思っても居なかった。

 これをキッカケに、俺はまた余計な事に巻き込まれることになるのだった。

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