第262話 勘違いから始まる、魔族との戦い

 飛行艇ウラノスが上空に退避したころ、地上には平原を埋め尽くさんばかりの獣人たちがいた。


 獣人達は飼い慣らした魔獣達に乗っているものや、魔導士のように杖を持っているもの、槍を持った歩兵など様々な兵を並べている。


 ここは魔王の中でも武闘派である獣王ラーザイアの領地である。

 この東の大地は、各地で戦争が勃発しており未だにお互いの領地をめぐって争いが耐えない。


 そんな中に現れた巨大な空飛ぶ何かを検知しない訳は無かった。


 もちろんそんな事情は人間側の世界に住んでいるユートにはあずかり知らぬところであるが。


「なんだ、あの空飛ぶ船は?!あんなデカい物が空を飛ぶのを初めて見たぞ。もしや、クロノスの差し金か?」


「さすがのクロノスも、あんな建造物は作れないんでは…?もしかしたら、中央の魔王かもしれないですよ?」


「なるほど、あの者達は金があるからな…。あんな化け物みたいな船も作れるかも知れぬか…一先ず、鹵獲したいな。ファルコニア部隊はいつ頃到着する?」


「すぐにでも到着するでしょう。数は100騎ほどですが、過剰戦力でしょうね」


「念には念をいれんとだよ。魔王自身が来ているとは思わぬが、それに相当するものがいるかもしれない」


 獣人の将軍であるレオルドは、その実力もさることながら用心深さでも有名であった。

 そのため、ここまでの手を打っても誰も文句は言わない。

 そうやって、これまでいくつもの戦果をあげてきているからだ。


 そんな時だった。


 空飛ぶ船から5つの影が降りてくるのが見えた。


「敵影です。数は5つ。敵は…ファルコニアとナイトメア?それと大型ドラゴン2体に大型魔獣が1です!」


「魔獣ばかりを5体か。やはり中央の魔王の手先か?しかし、指揮官がいないのは何故なんだ?…油断するなよ?総員戦闘態勢!」


 レオルドの号令に合わせて全兵士が武器を構えた。


 急降下してきた魔獣達は地面に急降下してきた。

 着地と同時に轟音が…起こらなかった。


 すべての魔獣が、直前でふわりと浮き上がり静かに着地した。


 ドラゴンはまだ分かる。

 しかし羽根の生えたナイトメアや、空中で静止する狼のような魔獣など見たことが無い。


 全員に緊張が走る中、その中で異様な魔力を発するナイトメアが言葉を発した。


「全員に告ぐ、大人しく降伏もしくは撤退すれば危害は加えない。しかし、抵抗するようであれば容赦はしない。賢明な判断をすることだな」


「魔獣風情が舐めた口を利く!貴様こそ、この場で命乞いすればペットくらいにならしてやらんことも無いぞ?」


 レオルドの副官が挑発気味にカルマにそう返答する。

 しかし、ナイトメアことカルマは冷静に冷徹に告げるだけであった。


「それが答えか。大人しくひれ伏さなかった事を這いつくばって後悔するがいい。…グラビディフィールド」


 レオルドの陣地のおおよそ半分を魔法陣が包み込む。

 次の瞬間、強力な磁場が発生し殆どの者が地面に這いつくばる。


 そして、それが合図となり戦闘が開始された。


 動けなくなった味方を迂回しつつ、左右からレオルドの軍が一斉に襲い掛かってくる。


 それを向かい討つように金と銀のドラゴンが立ちはだかった。


『さあ、私達に傷つけれる者はいるのかしら?ね、ヘカティア』


『どうだろうね~。あ、どっちが多く倒せるか勝負だよディアナ。なるべく殺すなってマスターの命令だからね?』


『消滅させる方が楽ですのにね?しょうがないです。さあ、始めましょう!』


 殺傷力の高いブレスは使わずに、金と銀のドラゴンは兵士たちを尻尾で吹き飛ばし、同時に広範囲魔法を使って相手を無力化していく。


 風魔法により切り裂き、氷魔法により足を凍り付かせ、爆炎により吹き飛ばす。

 殆どの兵士は成す術も無く蹴散らされていく。


「なんて化け物どもだ!ファルコニア部隊はまだか!?」


「もうすぐです将軍!・・・来ました!」


 その時だった、高速で飛翔してくるファルコニア達。

 その背中にはランスやロングソードを装備した騎士たちが騎乗していた。


「よく来てくれた!頼んだぞ、エレン騎士隊長!」


「お任せください!皆、行くぞ!」


 白い鎧を着た騎士達が色とりどりのファルコニアに乗り、カルマ達に強襲する。


 しかし、彼らを待ち受ける者がいた。


『この先には行かせませんよ』


 辺りを眩い光を放ちながら、稲妻が彼らに襲いかかる。


「ぐあっ!!」

「があっ!!」


 稲妻は狙ったかの様に騎士達だけを穿ち、地面に落としていく。

 無防備に地面に落とされた騎士達は抗う事が出来ずに、そのまま気を失った。


 しかし悪夢はまだ続く。

 なんと、主を失ったファルコニア達がその者に付き従っているのだ。


『私の声が聞こえるか!私は嵐の大精霊の化身であり、ファルコニアの女王のニケです。さぁ、私の眷属達よ私の力となりなさい!』


 ニケが二対の翼を広げてそう言うと、ファルコニア達が騎士達に攻撃を仕掛けた。

 さらにまだ騎士を乗せているファルコニア達も、乗せている者を宙に放り出した。


 あちこちから、うあ〜と悲鳴と共に騎士達が地上に落とされていく。


 彼等はものの数分で、たった一人を残して全滅するのだった。


「な、なんだ?!一体何が起こっているんだ!?俺は悪夢を見ているのか?」


 エレンは必死に自分の相棒を抑えて、なんとか留まっていた。


 ほんの数分前までは、こちらが百で相手が一体だったのが逆になっている。

 流石のエレンでも、百体のファルコニアに襲われればひとたまりもない。


『命は穫らない。投降しなさい』


「くっ、何という屈辱…」


 エレンは戦うことすら出来ないまま、ニケに投降するのであった。


「くっくっく、あっはっはっ!」


 その光景を見てあろう事か大笑いしている者がいた。

 それは将軍と言われた、この軍の総大将レオルドである。


「しょ、将軍?」


「見たかあれを。たった一瞬で虎の子のファルコニア部隊が無力化されるどころか、相手にファルコニアを奪われるだと?しかもよく見ろ…」


 レオナルドが指し示す先には呻く兵士達や騎士達がいる。

 どうやら皆生きているようだ。


「あそこまでやって、全員生かされている。分かるか?我らは手加減された上で負けたのだ。もはや完敗だよ」


 自ら負けたと言っているのに、武器を持って前に進むレオナルド将軍。

 副官が止めようとするも手で制す。


 そして小声で、『撤退の準備をしろ、俺が時間を稼ぐ』と。


 彼は暗に、このままでは本当の意味で全滅すると言っているのだ。

 馬鹿では無い副官はそれを察して、苦渋の表情を浮かべながらも素早く伝令を飛ばすのだった。


「俺は、この軍の総指揮官レオナルドだ!お前達で、一番強いのは誰だ!俺と一騎打ちで勝負をしろ!!受けないのであれば、お前達の大将は腰抜けだと言っている様なものだがなっ!」


 かなり勝手な言い分を述べつつも、誰が出てくるか待ち構えるレオナルド。

 副官はスムーズに兵を引かせ始めた。


 これなら、何とか半数は帰れるだろう。


 …自分の命と引き換えにだが。



「貴様、随分と勝手な事を言っているな。だが、一人で前に出て来た大将をそのまま帰すのは偲びない。我が相手をしてやろう」


 そして、真ん中にいたナイトメアが目の前にやってきた。


 よし、こいつはあの兵を動けなくした奴だ。

 こいつが俺に集中すれば撤退の確率はぐんと上がるはずだ。


「貴殿の名前を聞いてよいか?」


「…そうだな。名乗ってやろう。我が名は、カルマ。そして、その勇気に免じて全力を見せてやろう」


 そう言うと、カルマは闇の大精霊の姿を解放した。

 放つ魔力であたりの空気がピリピリとする。


「カルマだと…?何処かで聞いた事が…人に変化した!?その姿まさかっ!!」


「では、始めよう。そして、さようならだ」


 右手を翳したと思うと、あたり一面に魔法陣が浮かび上がる。

 その数は、数えるのが面倒な程だ。


 魔法陣が一斉に光った瞬間、レオナルドの意識は途絶えるのだった。

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