第217話 サニアで待つ者①

 カルデリアを発ってからサニアに到着したのは、丸一日たった朝方だった。

 行きと違い、迎い風に煽られたのが主な原因だ。


 途中結構時間があったのもあるが、どうやら寝てしまっていたようだ。


「流石にお疲れみたいですね。丁度町が見えてきましたよ?」


 サナティに労われつつ、少し伸びをしてから辺りの様子を伺った。

 一先ず、サニアの上空から町を周回して見てみたが魔物や魔族が襲ってきている様子は無かった。


「良かったサニアは無事か。すぐに屋敷に帰ろう」


 町が無事が事にほっとしつつ、すぐに屋敷に向かう。

 うまく馬を使えていれば、到着しているかもしれないが…


「お帰りなさいませ旦那様。お早いお帰りで…正直、ほっとしました」


 ダイレクトに庭にゴンドラを降ろすと、すぐにゼフが出てきた。

 良かった、無事だったか…。


「他の使用人達は?」


「もちろん、全員おります。言いつけ通りに全力で全員帰還しました。ただ、荷物は残念ながら何も持ってこれませんでしたが…」


 そう言うと、メイド達が出てきた。

 鬼に進化しても、影から出てくるスキルは残ったままみたいだな。


「良かった…お前たちが全員無事なら、あそこの荷物なんか正直どうでもいい。ギルドで王都襲撃を聞いた時は肝を冷やしたぞ」


「はい、私一人であればなんとか倒せる相手もいましたが、全員で無事に脱出するには逃げてくるしかありませんでした」


 Sランクに相当するゼフなら大概の魔物なら蹴散らせるだろう。

 だが高ランクの魔族が多数来ていたみたいだし、逃げる事に徹したのは正解だったであろう。

 魔族の強さはランクだけでは測れないものがある。

 そもそも、肉体の強さが人間よりも遥かに高いのだ。

 同ランク2人に遭遇していたならば、その時点で詰んでいただろう。


「ああ、それでいい。お前たちの仕事は俺と家族たちの世話だからな。非情なようだが、街の人々の命はあそこの兵に任せるべきだろう」


 自分はこの世界の救世主なわけじゃないし、王都の人々の命の責任まで負うつもりも、仲間にそれを負わせるつもりもない。

 綺麗ごとだけでは世の中生き延びれないのは、それなりに歳を食った分知っているつもりだ。


 綺麗ごとを並べて、全員を心中させてしまった奴がどれだけいるか…。


「それで…旦那様。実は、お客様を一人お連れしております」


「それは、王都から?」


「はい、どうしても見過ごせず連れて参りました。お会いしますか?」


 俺の命に反してまで助けた人物か。

 ゼフがそこまでして助け出した人物だ、ここは会っておくべきだろうな。


「分かった、すぐに会おう。メイド達はみんなの荷下ろしの手伝いをしてくれ。ゼフ、案内してくれ」


「畏まりました、こちらへ」


 メイド達もお辞儀をしてから、すぐにメンバー達の荷物を降ろしたりペット達の厩舎への搬入を手伝いに向かった。


 応接間に入ると一人の女性が顔を伏しながら、ソファーに座っていた。

 ここまでかなりの強行軍で来たはずなので、背中からでも疲れが見て取れた。


「なるほどね。貴女だったか…」


「!ユートさん!!もう帰ってこられたのですか!?」


 俺を見るなり立ち上がったその人は、聖女アリアネルだ。

 国の最重要人物がここにいるという事は、王都の方はかなり絶望的と思える。


「アリアネル様も疲れているだろう?まずは座って話をしよう。王都の状況を教えてくれ」


 そう言うと素直に座るアリアネル。

 俺もその対面のソファーに腰かけた。

 二人とも腰が落ち着いた所で、アリアネルが話を始めた。


「まずはどこから話したらいいか…。"ソレ"は突然現れました。なんの前兆も無しに、空に一匹の魔物が現れたのです。それを見た者は恐怖のあまりに気を失うか、パニックになって叫びながら逃げまどいました。一部の兵が気が付いてすぐに攻撃をしようとしたらしいのですが、攻撃の届かない上空にいたため手も足も出ずに…、その殆どが成す術がないまま、その魔物によって殺されてしまいました───」


 生き残った兵の数名が慌てて王宮とギルド、そして大教会へ援軍を頼みに来たらしい。

 そこでやっと王宮とギルドも事態の把握を出来たようだった。


 能力を鑑定するスキルを持った大神官が鑑定した結果、その魔物のランクはSS。

 すぐに緊急事態宣言を街に発令したらしい。


 ギルドもすぐに動いて冒険者達に防衛を依頼したらしいが、今度は街の正門から大量の魔物と魔族が雪崩れ込んできた来たらしい。


 アリアネルも救援に向かおうとしたが、そこで側近の者たちに止められて大教会に留まった。

 正門に向かった冒険者達が突破されてしまい、大教会の前まで魔物が押し寄せてきたので結局は戦闘に巻き込まれてしまったのだという。


 Aランク冒険者が多数いたが、数に押されて思う様に動けないところに強力な魔物を従えた魔族がやってきて事態は悪化。

 ついには自分を守る近衛騎士達も倒されてしまい、自分の命もここまでかと思った時にゼフ達に助けられたらしい。


「もしあの時にゼフさんに助けて貰えていなかったら、私はあそこで命を落とすか捕らえられていたかでしょう」


「そうだったか…、しかし無事で良かった。貴女がいなくなったら王国も大変な事になるだろう?」


「そうですね…。一応聖女なんて役割があるので、人質にされるととても厄介な事になっていたでしょう…。その場合は、自ら命を絶つしかなかったでしょうが…」


 俺よりも一回り以上も若い子がここまでの覚悟を持っているのか。

 この世界の住人は、俺では想像がつかない程過酷な環境にいるようだ。

 ぬるい平和な日本で育った俺には、この子が可哀そうな運命を背負わされている気がしてしまう。


「…。それで、王宮はどうなった?流石に強い近衛騎士とかがいるんだろう?」


「はい、いるにはいるんですが…。上級騎士クラスでSランクなんです。あの魔物と同等のSSランクの人なんか…騎士団長のバードン殿くらいです」


「へぇ、SSランクなんているんだな。最近はSランクすら輩出していないって言ってたのに」


「それは嘘ではありません。ここ最近で若い人でSランク以上になった人はいないですよ。ほとんどが5年以上前にSランクになったきりで、それ以降はせいぜいがAランクまでです」


 聞いている限り、それはかなり厳しいかもしれないな。

 相手はSランクが大勢いるのに、こっちはSランクが殆どいない。

 しかも、SSランクがたった一人。


 その時点で、この戦いは負けが決まっているな。


「王都が直接攻められた時点で負けか…。残念だけど…これから救援に行っても助けれないかもしれないな」


「そこは…、既に覚悟はしています。お父様もそこは王として覚悟は出来ている筈です。ですが…お願いします、まだ生き残っている王都の民を助けていただけませんか?」


 正直、既に敵の手中に収められた王都に向かうのは自殺行為だろう。

 しかも、高ランクの魔族や魔物がいるようだし、普通なら見捨てるだろうな…。


 しかし、もうクエストを受けてしまったし、俺が来ると思って王都へ救援に向ってくれている大勢の冒険者達を見殺しにすることは出来ない。


 それに、ここで逃げてもいつかはサニアまでやってくるだろう。

 そうなったら結局戦わないといけない。


 この町は気に入っているし、知り合った人々や仲間の家族もいる。

 なにより、俺と家族の屋敷があるのだ。


「はぁ…、元よりそのつもりだったし、やるだけの事はやってみるよ。但し俺は英雄でも聖人君子でもない。無理だと思ったら俺は逃げるからな?」


「行っていただけるんですか!?ありがとうございます!ありがとうございます!!」


 俺の手を取り、何度も感謝を述べるアリアネル。

 助けて匿ったのがゼフじゃ無かったら、頼る相手もいなく途方に暮れていたところだろう。

 いや、ゼフに会わなかった時点でその命は尽きていたか。


 俺はギルドの緊急依頼を受けている事も伝えて、既に準備に取り掛かっていることを話すのだった。


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