第165話 もう一人のユート

 ユート達が到着すると、既に大教会の門は開かれていた。

 門の両脇には、大教会に似つかわしく無い豪奢な鎧を着た護衛兵が立っている。


 マーズに先導されながら中に入っていくと、ユート達を見るなり大歓声が起こる。


 ユートの両脇には、先日ランクアップしたばかりのカイトとダンがおり、それを従えて来ているという事実も少なからずこの場をヒートアップさせる要因となっているようだ。


 どこからか、『あの英雄を護衛に付けているぞ!』とか、『カイト様を従えているだなんて本当にあれが盟主殿なんですな!』とか様々な事を言っているのが聞こえた。

 カイトから聞いていたが、本当にお祭りのような騒ぎだな。


 聖女と大司教ゼーフェンがいる祭壇の前まで来ると、ユートだけ上がる様に言われた。


「初めまして、盟主ユート殿。お初お目にかかります、アリアネル・ハイセリアと申します。本日は、私が儀式を行わせていただきますわ。どうぞ、よろしくお願いします」

 

 カイトの時にはそんな丁寧な挨拶をしなかったアリアネルが、そんな挨拶をユートにしているのを見てカイトが目を剥いていた。


「こちらこそ、本日はよろしくお願いします聖女様。不慣れな田舎者ですので、手際が悪くても大目に見て貰えると助かります」


「大丈夫です、貴方はそんな失敗をするようには見えませんわ。…では、始めさせていただきますね」


 アリアネルがそう言ったかと思うと、柔和な表情を真剣なものに切り替える。


 そして、貴族達に向かって堂々と演説のような宣言をする。

 貴族たちの万歳合唱の中、儀式が始まった。


 カイト達から内容は聞いていたが、実際に目にするとその異様さが想像以上だったので唖然としてしまった。


 聖女がひと際大きな声で言った。


「今、冒険者ユートに宣託が降る。彼の者に神の祝福を!!」


 ──その時だった。


 天から凄まじい魔力がこの祭壇目掛けて

 その力の奔流に飲まれ、自分が内側から変えられていく感覚に襲われた。

 

「これがカイト達の言ってた力の奔流か!?うあああああああああああ!!!!」

 

 まるで、さなぎの中が溶けて別のモノを生み出すかのようにすべてが作り替えられていく。

 その瞬間、俺は意識が飛んだ。


『聞こえる?』


「…だれだ?」


『ボクは、ユート』


「ユート?それは俺だ」


『そうだね、君もユート。でも、この世界のユートは僕だったんだ』


 まるで白昼夢を見ているかのようだ。

 景色は変わっていないのに、まわりの時間が止まったかのように誰も動かない。

 それだけじゃなく、自分も動けない事に気が付いた。


『ここは、意識だけの世界。だから時間の概念はないよ』


「これは一体どうなったんだ?」


『この儀式で、僕の意識は完全に消えてしまう。だからその前に伝えようと思って。…ううん、僕の事を知って欲しくてね』


「・・・」


 消えてしまうと言う事は、ずっと俺の中にいたのか?


『僕は、生まれて物心ついた時には孤児と生活してた。ずっとずっと独りで、物を拾って食べたり、時にはゴミを漁ったりもしてたんだ。そんなある時にさ、神様の声が聞こえたんだ。僕には使命があるって。その時に僕は神様から力を授かって、その力を使って冒険者になったんだ』


「冒険者に?」


『そう、お金無かったから自分で稼ぐにはそれが一番だって神様が教えてくれたんだ』


「そうか…それは大変だったろう?」


 しかし、神様が教えてくれた割には随分現実的な稼ぎ方だな。

 財宝のありかでも教えてくれればいいのにと俺なら思ってしまう。


『ううん、僕は神様から唯一の力を貰ったからね。ねぇ、なんだと思う?…それはね、今君が使ってる錬気術オーラだよ』


「!?このスキルは、元々君が使ってたのか」


『そうなんだ。君に引き継がれたのは正直悔しかったけど、でもその力を引き継いだなら、僕の使命も引き継いで欲しいんだ』


「まてまて、そもそもなんで君は消えて俺の中にいたんだ?」


『あー、そうだったね。あの時ね、悪い神様の手下が僕を襲ってきたんだ。まるで魔王の様な力を持っててね。なんとか逃げ延びたけど、僕はもういつ死んでもおかしくない状態だったんだ』


 そう言う彼はとても哀しげに俯く。


『弱った僕には抵抗する力が残ってなかったんだ。そんな時さ、悪い神様が世界を上塗りしたんだ』


「上塗り?」


『そう、詳しくは僕にも分からない。けど、世界が真っ暗になって僕の神様の声が消えた後に、僕という存在を書き換えられてしまった。そう、君という存在にね』


「なっ、そんな事がっ!?」


『相手は神様だからね、不可能を可能にする存在だよ?その時、最後の力を振り絞って僕の魂をオーラで包み込んで、君が僕に気がついてくれるのを待っていたんだよ』


「そうだったのか…。ごめんな、気がついてやれなくて」


『いいんだ。元々、いつ死ぬか分からないような孤児だったんだし。それに君を通して、家族や仲間の温かさに触れる事が出来た。この二ヶ月間とても幸せだったよ』


「そんな!もう、どうにもならないのか?」


『うん、もう死ぬ寸前だったからね。魂のチカラが殆ど残っていないんだ。だから、これだけは聞いて欲しい。僕の使命は───』


「!俺にそれをやれと…」


『ごめんね、もうひとりのユート。でも、これは運命なんだ。だから僕の最後の力と一緒に、この使命を君に授けるね』


 そう言うと、俺の中で何かが芽吹く様な感覚が起こる。

 それと同時に、肉体が変化していくのを感じた。


「うあぁっ!ああ!こんな、こんなことがっ!?」


『さよなら、もうひとりの僕。僕の分まで頑張って…』


 天井の光に吸い込まれていくこの世界のユートの魂を見送り、そうして俺は、もう一度生まれ変わったのだった。


【スキル『覇王』が覚醒しました。】


 ───

 ──

 ─


聞きなれない、誰かの声が聞こえたかと思うと周りの時間が動き出した。


「あれ、動き出した?」


「…-ト殿、ユート殿?」


「え?」


 聖女アリアネルがこちらを心配そうに覗き込んでいる。


「大丈夫ですか?儀式が終わった後、ずっとぼーっとしてましたよ?なにか体に不調でも?」


「いいえ、大丈夫ですよ。生まれ変わったような感覚がありましたけど」


「良かった…、それであれば儀式は成功ですね。おめでとうございます、これであなたはSSランク冒険者です」


 アリアネルは、そう言うと来賓の貴族たちに向けた宣言する。


「ここに新たな英雄が生まれた。さあ、SSランク冒険者となったユートを称えよ!!」


 おおおお!!と教会が震えるほどの歓声があがり、鳴りやまない拍手が俺を歓迎してくれる。


「まさか、こんな事になるとはな…」


 俺は自分の覚醒スキル欄に表示されている『覇王』を見て、ため息をつくのだった。



 儀式が終わると、そのまま馬車に押し込められ強制的に王城へ連れていかれた。


 カイト達の時は、国民にしらされていたようだが今回は一切国民にしらせていないようだった。

 理由は、後で知ることになるのだが…。

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