日常㉑

 今日は、全くっていいほどに気が抜けすぎていてた。


 授業もちゃんと聞いているはずなのに、頭の中に入ってこないのは珍しいというか、まるで英語の授業を受けているような感じで放課後まで過ごしていた。


 俺もひとみにもバイトがあるので俺は気を引き締めることに専念した。


 時間が経てば自ずと訪れる放課後、俺は松木と共に重い足取りで生徒会室に向かっていると、松木と洋太から質問が飛んできた。


「なぁ、一彦。何かあったのか、朝来なかったからさ」

「すまん、あったというかやらかしたって感じだな」

「なんだそりゃ!?」

「雑に言えば俺が生徒会室に入った途端に裁判が始まる」

「志村、夫婦の危機なのか?喧嘩か?」


 うーん、危機と言えば危機になるのかも知れない……学生の内にこんな体験をしてしまった所為で……後悔はしてないが反省はしないとな。


 けど、断じて喧嘩ではない!


 っていうか、こいつ等は俺らがそんなことないって分かってるのに弄ってくるんだもんな……


「とりあえず、俺が入れば分か……」


 俺が言い切る前に、どうやら個人的裁判が始まっていたようで、ドアが相変わらずフルオープンの為に喋ってる声が筒抜けなのである。


 当然、聞こえてくる声とは………


「ちょっと、高校生で腰を痛めるほどって。一体、どうやって先輩を壊したのよ」

「どうやってって、お互いに望んだことをしただけだよ?」

「………ねぇ、二人って何回したのよ?」

「……四回……起きて抱いてもらったから五回……」

「………そりゃ、腰だって抑えるわ」


 俺は、今の会話を聞いて方向転換しようとしたら、両手を二人に見事掴まれてそのまま生徒会室に連行されることになった。


 もう、これ……裁判所じゃなくて収監所の間違いじゃない?


 だってさ、洋太と松木が守衛のような振る舞いしてるしさ……


「なるほど。さぁ、早く入って話を聞こうじゃないか?」

「お前、朝からそんなことしてるのかよ!馬鹿だろ!」

「いや、その……はい、すいませんでした」


 あれれ?いつのまにか味方が敵に変わってるんですけど……これ、どうゆうことかな?


 連行されたまま入ると、まるで女子会をしてるような感じだが、ひとみだけ俯いてるのを見れば、ハイエナに襲われた小動物見たくなってしまう訳で。


 同じクラスだから逃げようにも逃げられないか……早く行けばよかったな……


「おーい、容疑者確保したぞ」

「ありがとう、洋太。でも、なんで掴んでるの?」

「話し声が聞こえた瞬間に旦那が振り返ったから掴んだ」

「し、仕方ないだろ……反射的なもんなんだから……聞こえてたし」

「なら、改めて聞きましょうかね。昨日から今日までの経緯を〜」

「………はい」


 こうして、前回の裁判と同じような形で開始されたが……裁判員が増えてるっていうかほぼ全員なんですが……


 裁判長もとい秀子がため息をつきながら『それでは裁判を始めます』の合図に裁判員からの尋問が開始された。


 何をどう言っても有罪判決は揺るがない事だから、俺は敢えて開き直って奥様の膝に頭を乗せながら裁判を受ける事にした。


 奥様も『どうぞ♪』と言って俺の頭を膝まで持ってくる。


 そして、裁判が開廷した。


「愛するのはいいことですが、五回は頑張り過ぎです。まるで作る気満々の夫婦じゃないですか!?」

「俺がひとみにねだられて断れると思うのか?まぁ、確かに俺も頑張り過ぎたのはあるけどな」

「そりゃ、分かりますけどね。ひとみも止めて欲しいって思わなかったの?」

「さっきも言ったけど、私が望んだことだから後悔なんてしてないのよ。それに」

「それに?」

「私の弟と一緒に遊んでる姿を遠くから見ちゃったら、その後は秀子達だって分かるはずよ?」

「あー。それをちゃんと言いなさいよ、察したわ」


 ひとみの言い分に、秀子達も納得してしまったようで裁判と言うか、今後の参考にしてそうな感じにすら思える。


 これって、単なる女子の闇の部分じゃないのか。


「なぁ、この会話に俺は必要なのか?」


 流れが完全に女子会なので、これだけは言いたかったので言ってみると……意外な答えが返ってきた。


「あー、この場合は先輩は大丈夫って言うか女子の戯れになるので」

「それなら、俺が一彦を引き取るわ」


 洋太と秀子の会話で、俺の収監先?が決まったようで奥様の膝から離れないといけなくなってしまった。


 まだ、堪能しきれていないのにな〜


「お願いね~。私達は奥様を愛でてるから。先輩、後処理だけお願いしますね~」

「分かった」「ああ」


 違うな、愛でるというか根掘り葉掘り聞くつもりだな……いいけど、バイトに支障を出さない程度に頼むな。


 後が怖いからさ……森川さんに俺が怒られるから……あの人、意外と怖いのよ……


 結局、裁判の場所が最高裁判所から家庭裁判所に変わっただけの話で尋問を受けるのは変わらなかった。


 そんな訳で、俺は主に洋太からの尋問を受けることになったのだが、俺の話を聞いても面白くないと思うんだが?


 女子なら、多少だが花は咲くと思うが男同士でこの話は下世話な会話にしかならない気がしてならない。


 最初にこの件を聞いたのは松木だった。


「なるほど、だから今日一日変だったんだな。納得と言うかアホだろ……」

「変と言うか気が完全に抜けてるって言った方がいいのかな?実際、まだ抜けてないのがあるし」

「っていうか、泊まってそのまま来るならまだしも朝からって……」

「それについては反省はするが、後悔はしてないけどな」


 洋太は、俺の言い分に納得したのか呆れ顔から普段の顔へ戻っていた。だが、洋太も男だったようで。


「あのさ、朝からって実際どうなのよ」

「お、お前………正直に言えば朝は止めた方がいい。学生の身で朝はやばい……」

「その理由は?」

「愛おしすぎて、学校に行く気が無くなるのと今の俺のような気の抜けた状態になるから。可能ならバイトを休みたいくらいだよ」

「悪い言い方ですまないが、理由付けて休んでしまえば?」


 悪いが、それだけは絶対にしない。


 それは、バイト先には恩しかなくて仇で返すなんてもってのほかだから。


「いや、それだけは絶対にしたくない。これは俺らの問題でバイト先には何の問題も無いから、嘘ついて休むくらいなら出て今後に生かしたいな」

「………やっぱり、一彦は高校生離れしてるわ。色々と……」

「色々とか言うな……」


 俺と洋太が会話してる間、シングル松木はと言うと後輩と共に部活に勤しんでいたっていう形で、いたたまれなくなったんだろうと思ったが……ちょっと待てお前、そこまでシャイじゃないだろうが……


 にしても、シングル松木って勝手に付けたけど地方レスラーみたいだな。


 すると、後ろの女子達から『おーーー』って声がしたもんだからびっくりした。


 バイトの時間も迫ってきたので、俺は未だに会話が継続しているひとみ達に合間を見つけて声を掛けた。


「ひとみ、そろそろバイトに向かう時間だけどどうする?」

「あ、ごめんなさい。話に夢中になっちゃって」

「謝る事は無いよ、話し足りないならギリギリまでいるか?」

「ううん、話なら明日でも出来るけど、バイトは迷惑かける訳にはいかないもん」

「なら、行こうか。みんな、ごめん先に上がるな」

「また、明日ね」

「「「「いってらっしゃい」」」」


 最近、生徒会の中で変わってきたのが送り出し方である。


 上下関係がある以上は『お疲れ様』というのが本来あるべきだが、今の生徒会では何故か『いってらっしゃい』が定着しつつある。


 しかも俺らが出る時だけ……


 以前、みんなに言ってしまったことが尾を引いているのだと思うといたたまれない気持ちになってしまう。


 あれは言葉の綾で、多少はあっても深い意味はない。


 そう言っておきながら、心の中では温かい気持ちになっていて、これ以上の情けない姿を見せまいと引き締めることが出来たのは、ひとみも一緒だったようで。


「お互い、やっといつも通りに戻ったね♪」

「ああ、学校なら別に気にする必要はないけどバイトでこの状況はダメだから、みんなの気遣いに感謝だな」

「あれは、感謝じゃなくてそのままの意味だと思うよ。これも予行練習だと思えばいいんじゃない?」

「はぁ、今日はみんなに助けられてばかりだな。ありがとう、ひとみ」

「どういたしまして♪今日もバイト頑張ろうね」

「そうだな」


 頼りになる後輩たちのおかげで、気を引き締めることが出来た俺らはバイトをしっかりとこなしたのだった。


 帰り道、俺らは今日のことを振り返っていた。


「ひとみは、授業中とか大丈夫だったか?」

「ギリギリだったかな……どっちかいうと眠気の方が酷くて」

「そうか、ごめんな」

「謝るのはダメ!私も望んだんだから」

「頼むから少しは怒ってくれ。そうでもしないと」

「だって、怒る理由がないんだもん」

「全く、ならお互いに今後は気を付けような」

「うん♪」


 俺らのことだから、いくら気を付けたところで気持ちが乗ってしまえば今回のようなことになり兼ねない。


 それがいいのか悪いのかって言われると、お互いが良ければそれでいいのだと。


 俺は、ひとみがそばにいてくれるなら他には何もいらないんだからって改めて感じた日だった。

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