第3話 小さな春の謎3

その後も昼休みが終わるまで柏崎の話を聞いたが、彼女の息子に関する情報として以下のような点が分かっただけであった。


・彼の父親は数年前に他界しており、柏崎も家へ帰るのが遅いのでそれまで息子が何をしているのかは分からない。

・将来の夢は柏崎と同じ分野の学者になること。そのためにたくさん勉強を頑張っている。

・非常に優しい性格である。

・学校にも真面目に通っている。


 「それでどうかしら?年の近しいあなた達なら何かわかるかもしれないと思ったんだけど……」


 そんなことを言われたところで、これだけの情報で僕たちにどうにかすることが出来るわけもなく、期待のこもった柏崎の視線から目を逸らした。


 柏崎は少し残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔を取り繕った。


「話を聞いてもらえただけでも少し楽になったわ、ありがとう。じゃあ私は次の抗議の準備があるから」


 柏崎はそう言うと、トレイを持って立ちあがった。その時、僕の隣で黙り込んでいた真田が急に声をあげた。


「あっ、そうだ!日下部君のバイト先の探偵さんに相談してみたらどう!」


 柏崎は自身が言った案がさも名案であるかのように言った。晴れやかな表情の彼女とは裏腹に僕は苦虫を潰したような顔をした。


 席から立ち上がりかけていた柏崎は、探偵という言葉を聞くと少し胡散臭そうな表情になった。無理もないだろう、小説の中の探偵とは違い、現実の探偵は泥臭く人のあらを探す職業のイメージが強いのだから。


「いや、僕が働いている、というか手伝っているのは相談所のようなものなんですよ」


僕はすかさず訂正をした。いつものことだ、真田はどうやら探偵を小説の中のような職業だと勘違いしている節がある。


「えぇー、やってること探偵と変わらないっぽいし、探偵でいいじゃん」


真田は唇を尖らせてそう文句を言った。


「いや、やってるのは人の悩みを聞いて解決策を一緒に考えたりするぐらいで、どちらかと言うとカウンセラーみたいなものなんです」

僕の説明を聞いて、柏崎は少し表情をやわらげた。

「そう、その人は優秀な人なの?」

「そうですね、間違いなく優秀ですよ。僕の知る限り今まで間違った回答をしたことはないですから」


少なくとも嘘わついていないよな?と僕は自問自答した。僕の話を聞いた柏崎は少し考えるように目をつぶった。数秒後目を開くと意を決したように口を開いた。


「もしよければなんだけど、その相談所?の方に依頼しても良いかしら?」

よほど息子のことが心配なのだろう。でなければ、得体のしれない人間に相談しようとは思うはずがない。


「……わかりました。先ほどうかがった内容を伝えておきますね。結果は明日明後日にはわかると思います」


「日下部君ありがとう。料金は後で請求してちょうだい」


「あ、いや、料金は取ってないんですよね。ボランティアみたいなものなので」


柏崎はもう少し何か聞きたげな様子であったが、講義の時間のためか僕たちに再度挨拶をすると足早に去っていった。


「いいなー、私もその探偵さんに会ってみたいんだけど、今日もバイトなんだよねぇ……。ってそんないやそうな顔しなくてもいいじゃない」


真田はむっとしたような表情でそう言った。


「いや、ダメっていうわけじゃあないんだけど……」


「なによ、その歯切れの悪い答えは。まっ、いいや。じゃあね日下部君、また明日!」


僕の返事を待つことなく、真田は荷物を持つと足早に去っていった。


「……僕も帰るか」


食器の乗ったトレイを返すと、帰路に就いた。


僕の家、というか居候先の家は大学から自転車で15分程度の距離にある屋敷だ。言葉の綾でもなく、漫画などに出てくる屋敷に居候している。父方の遠縁の親戚と言うほぼ他人の僕を引き取って居候させてもらっている。


もちろんタダというわけではない。居候をするにあたって一つの条件を提示された。僕はほんの少しだけため息を吐くと、屋敷の門をくぐり、玄関ではなく少し離れにある蔵へと向かった。


 蔵は良くある閂ではなく、ごく普通の家の扉のような作りになっており、僕はポケットから鍵を取り出すと、扉の鍵を開けゆっくりと中へと入った。


 蔵と言っても中のつくりはごく普通のワンルームのつくりをしており、古い蔵の見た目と非常にアンバランスな作りになっている。中でも異彩を放っているのは部屋の半分を占領する巨大なベッドである。


 そして、そのベッドの上には、ベッドの大きさとは対照的にとても小柄な少女が、長い黒髪を不造作に広げ、すぅすぅと寝息を立てて眠っていた。この少女の身の回りの世話をするのが、僕がこの家に居候させてもらう条件なのである。


 さらに言えば、柏崎の相談の解決を依頼先もこの少女——日月現世(たちもりありせ)なのである。

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