まちがいさがし

@azami0518

第1話 中央線

まちがいだった。

電車に揺られて私は思った。

東京方面の電車に乗っていることも、こんな場所にいつまでもいることも。

ぼうっとつり革を見上げて、その奥に見えるどうでもいいポスターに目をやる。

作り笑いなのかなんなのかわかりにくい表情をした女性タレントが

人差し指を立ててポーズをとっている。

ポスターから視線をずらし、周りにいる人たちをさりげなく見渡す。

眼鏡をかけている人、スーツを着ている人、短いスカートを履いている人、

絶対歩きづらいでしょと思わずにはいられないほど高いヒールの靴を履いている人。

少し体を前かがみにして、車両の奥のほうまで見渡す。

座席はすべて埋まっていて、まばらに人が立っている。

この車両は朝の通勤時間帯でもそんなに混むことがない。

なぜかは知らないが、どの停車駅でもエスカレーターや階段が遠いことが主な理由だろう。

そこまで混んでいないこの車両でも、乗客の約8割がスマホと睨み合っているのは他の車両と相違ないだろう。


私は背もたれに寄りかかりなおして、そっと目を閉じた。

鉄橋を渡る車輪の音が心地いいBGMに感じる。

「次は中野~、中野~、お出口は右側です。」

何を言っているのかわからないほどぼそぼそと話す車掌の声に、腹話術でも極めるつもりか、と心の中で突っ込みを入れつつ、吐息とともに重い腰を上げる。

乱暴に電車が停車し、ドアが開く。

座りたいがために我先にと乗り込んでくる人たちを器用に避け、ホームに降り立つ。

流れに従い階段を下りていると、駆け上がってきたサラリーマンとぶつかりそうになり危うく転びかける。


乗り換えを済ませ、発車時刻までの時間を持て余す。

さっきよりも空いている車内を見つめ、端の席に腰を下ろす。

本を読もうと鞄を開け、ふと思い出す。

「さっきのおじさん、何に焦っていたんだろう」

トイレに行っているうちに、乗る予定の電車が発車しそうになってしまった

乗り換え連絡口に並んでいる種類豊富な駅弁に気をとられているうちに発車時刻になってしまった

勝手に焦っていた原因を想像して、少しおかしく思えた。


その後、3度目の乗り換えを済ませ、ようやく地上に出る。

生温い5月の風が髪を揺らし、思わず目をつむった。

花びらや枯葉をまとったそれを見送り、青になったばかりの信号を渡る。


“平凡”という呪いをかけられた日常が、いつものように幕を開けた。

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