第31話ギルドマスターの不安

「なに? 砦がオークに襲われてブルックも殺されていただと?」


「ああ。盗賊の連中も、おそらくは全滅だろうな」


 チャッチャカレの街の冒険者ギルドの中でタックが砦の様子をギルドマスターに伝えていた。


 時間は丑三つ時。 ギルド併設の酒場もすでに営業を終えており、残業を終えたギルドマスターが帰宅の準備をしているところへ息を切らせたタックが駆け込んできた。


 ギルド内にいるのはタック、ギルドマスター、そして夜間当直担当の男性職員の3名のみ。


 普段ならあくびを噛み殺しながら仕事を黙々と片付けていくだけの時間帯で、ギルド内で聞こえる音は紙をめくる音とペンを走らせる音くらいの、のんびりとした時間帯だ。


 しかし、今夜はそこには緊張した空気が漂いはじめていた。


「……馬鹿な。生き残りのオークが数匹いたというくらいならともかく、堅牢な砦を落とすほどの数のオークだと……」


 タックの報告が信じられないのか、頬杖をつき唸るギルドマスターにタックがさらに追い打ちをかける。


「ブルックを含む盗賊の死体はほとんど裏口で細切れにされていた。逃げ出そうとしたところを襲われたんだと思う」


「ふむ? 別にそれはおかしくないのでは?」


「正門側にも争った跡が少しはあったんだが、裏に比べるとあきからに少なかったんだ。普通、裏口でそれだけの戦いがあれば正面から逃げ出そうとしたり回り込んだりしようとするやつもいるだろう? なのに、その形跡はほとんどなかった。なぜだ?」


「……裏口にいたオークたちの群れを突っ切るほうが生存率が高いと考えた?」


 自分で口にしておきながら、ギルドマスターはそれはないなとも考えていた。


 ブルックはBランクではあるが、実力的にはほぼAランクだ。たとえオークキングが相手だったとしても負けることはまずないだろう。すくなくとも逃げることくらいは可能だったはずだ。群れで襲われたであろう裏口よりも、多少強い敵がいたところで数が少ない正門からのほうが逃げやすかったはずなのだ。


「正門の分厚い扉が破られていたぜ。それも、おそらくたった一撃で」


「馬鹿な! ありえん!」


 ドンと机をたたくギルドマスターに、信じられないといった表情をする男性職員。


「あの砦は対オークスタンピード用に造られた砦だぞ! たとえオークキングの攻撃であったとしても簡単に破られたりするシロモノではない! それを一撃でだと? ありえん!」


 ギルドマスターがまだ若かった頃にオークのスタンピード対策として建てられた砦。ギルドマスター自身は駆け出しだったため後方部隊に回ったため直接砦で戦ったわけではなかったが、それでも先輩冒険者たちからの自慢話という形で砦の頑強さはよく聞かされていた。


 実際、スタンピード終息後にはハイオークやオークキングが討伐されている。


 酒場で聞いた情報だったため盛られた話があるにしても、砦にダメージはほとんどなかったと聞かされていたのだ。


「あの門を破れる魔物がいたとしたら、それはもう我々の手に負える相手ではない! それこそSランクか神でもないと……」


 そこまで口にして嫌な予感が全身を震わせる。


 正門を破って盗賊を裏口へ逃げ出させた魔物。


 そしてオークキング程度ならなんとかしたはずのブルックを細切れにしたという裏口の魔物。


「まさか、いるというのか? オークキング以上のやつが……それも、2匹……?」


「…………」


「…………」


 タックも男性職員も、ギルドマスターの問いかけに返事を返すことはできなかった。


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