道半ば
土屋シン
道半ば
幸いにも雨は止み、晴れ間が見え出した。不慣れな道で想定していたよりも随分と時間がかかったがこの三瀬川を越えれば目的地だ。
何かを忘れている、そう感じ私は橋のたもとで立ち止まった。川面は雨上がりの陽光を反射してきらきらとしていた。水がまだ少し濁っている。上流では相変わらず雨が降り続いているのかもしれない。河原に目を向けると子供たちが石積みをしている。堤にポツポツと赤い花が咲いている。恐らく早咲きのリコリスだろう。堤の防護のために植えたのだろうか。
道に迷っていると思われたのか老人が話しかけてきた。
「あんた、どっち側へ行くね」
「私は向こう岸へ行くところです」
「そうかい。ワシとは逆方向だ。」そういうと老人は莞爾と笑う。
「いや、何か忘れ物をしていたような気がして。橋を渡る前に思い出そうと思ったのです」
「そりゃええなぁ。ワシぐらいの歳になると忘れたことも忘れとるであかんわ」老人はそういうと今度は大きく口を開けて笑った。
「ワシは思い出せん時はもう諦めるが、そんなに思い出さなあかんことかね」
「そう言われると何か大切なことだったような気もします」
「それならこんな所におっても思い出せんではよ戻ったほうがええよ」そういうと老人は足早に行ってしまった。
◯
気がつくと橋のたもとに立っている。どうやら雨上がりのようで足元がぬかるんでいる。目の前のは三瀬川だ。「どちらへ行くべきだろうか」わたしは一人つぶやいた。川の水はにごっている。上流では相変わらず雨が降り続いているのかもしれない。河原では子供たちが石を積んで遊んでいる。堤には赤い花が咲いている。前に誰かに名前を聞いた花だ。わたしはなんだかこわくなり橋をかけぬけた。
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