Turn266.勇者『隠れた真実』
「ねぇ……」
ゲーム再開を待っている間、暇になった聖愛が話し掛けてきた。
「単なるゲームじゃない? 何をそんなに焦っているの?」
僕の様子が可笑しいので、表情を読んだらしい聖愛がそんな風に尋ねてきた。
「いや、それは……」
聖愛に何と言葉を返したら良いのだろうか。考え込んでいると聖愛は眉を顰めた。
「もしかして、何か変な罰ゲームにでもやらされることになったんじゃないでしょうね?」
「それは……うん、まぁ、そうだね……」
それが直接的な理由ではないのだが、否定することもできない。
「どんな内容なのかしら?」
──聖愛は何かを察したようだ。
僕が焦っている原因が罰ゲームの内容にでもあると高を括ってきたようだ。
聖愛も当事者であるのだ──これ以上、隠しておく必要もないのかもしれない。むしろ、聖愛も知っておいた方が良いことではある。
全てを打ち明けるには、松葉が居ない絶好のタイミングであった。
「負けた方が、君に金輪際近付かないって話になったんだよ」
「なんですって?」
聖愛はそれを聞いてムスッとした顔になる。出汁にでも使われたように思って、不快になったようだ。
抗議でもするかのように鋭い視線を聖愛がこちらに向けてくる。
「何なのよ。なんでそんな勝負を受けたわけ?」
例えそんな条件を突き付けられても、僕が断れば済む話であろう。聖愛としては、僕がその条件を飲んだことも気に食わないらしい。
彼女の表情は険しかった。
このままでは聖愛との間にも亀裂が生じてしまうかもしれない──。
『別レロ』──。
──『別レロ』。
頭の中で、何度もそんな声が反響する。
このまま突っぱねても良かったのかもしれない──僕一人で全てを背負っても──だが……。
「松葉……アイツ、どうやら君のストーカーみたいなんだ……」
頭の中のそうした導きに反して、僕は聖愛に全てを打ち明かすことにする。
「……えっ?」
当然、僕からの告白に聖愛は驚きの声を上げたものだ。
「君を恐怖に陥れた張本人……それが、松葉だ。本当は黙っておいても良かったんだけれど、ね」
そんな危険人物が側に居ることを知ってしまったので、聖愛は恐怖で体を震わせている。
「向こうから、聖愛に二度と近付かないように持ち掛けてきたんだ。これに勝てば、もうアイツの恐怖に怯えることはなくなる。不愉快な思いをさせたくなかったから、言うつもりはなかったんだけどね……」
「そう……なの……」
ガタガタと聖愛は俯きながら体を震わせていた。相当にショックであったのだろう。
もしかしたら、僕がここまで黙っていたことに反感を買ってしまっているかもしれない。
しかし、それを確認する前に──聖愛を元気付ける前に松葉と紫亜が同じタイミングで戻ってきてしまった。
震えている聖愛を見て二人は首を傾げたものだが、聖愛が「何でもないわ……」と平静を装って返したのでそこまでツッコむことはなかった。
「……さぁ、再開しようか……」
既に勝利を確信している松葉が、仕切り直しとばかりに手を叩く。次の手番が回ってくれば、確実に勝負を終わらせにくるだろう──。
聖愛がダーツを手に取り、ヨロヨロと立ち上がったので僕は彼女に声を掛けた。
「……大丈夫?」
余計なことを言ってしまったものだ。聖愛に恐怖心を与えてしまった。
まともに投擲できるかも疑わしい状態にしてしまった。
「ありがとう……」
後ろめたい気持ちでいると、俯いた聖愛からそんな意外な言葉が返ってきた。
「私のために、戦ってくれていてありがとう。……でも、私だって良いようにやられているだけなんてゴメンよ」
顔を上げた聖愛の体からは震えは止まっていた。
「迷惑ばかりかけていられないわ。私自身で、立ち向かっていかないとね……」
フゥと息を吐き、聖愛がスローラインに立つ。
──『別レロ』
『別レロ』
『別レロ』──。
何度も声が頭の中に反響していたが、もうそれは僕の意識にまで届いていなかった。
聖愛と離れることはない──。
この勝負──聖愛のためにも必ず勝ってやる。改めてそう決意を胸にしたものだ。
聖愛とて、同様であるようだった。真っ直ぐにダーツボードを見詰め、勝利を掴み取るために意識を集中させた。
そして放ったダーツは──ど真ん中の『50』を二回、打ち抜いたのであった。
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