Turn227.魔界演奏家『追手の情報』

 宿屋の亭主に案内された部屋は、三人でも十分に寛げる広さがあった。

 グラハムはソファーに腰掛け、かなり苛立っている様子であった。貧乏揺すりなんぞをして、落ち着きがない。

 この場にはコトハの姿はなく、魔物たちの追跡を警戒して外へ見回りに行っているようだ。


 ドリェンがグラハムの態度が気になり、心配して声を掛けてきた。

「大丈夫ですか、先生。顔色が余り宜しくないようですけど……」

「ああ……勇者って奴は、まったく一筋縄ではいかねぇでやんすな」

「先生が一目置くなんて珍しいですね。さすがは魔王様も脅威に感じる相手というだけはありますね」

 ドリェンは感心したように頷いた。


 物のついでとばかりに、グラハムは何となく気になっていたことをドリェンに尋ねてみることにした。

「ところでお前たちは、よく俺っちのところが分かったでやんすね。魔王城から離れていたところに居たでやんすのに……」

 オールゴーの町から魔王城まではかなりの距離がある。噂を聞いて駆け付けたにしては、随分と到着が早かったようにも思える。

「それは……」と、ドリェンは言いづらそうに俯いてしまう。

「実は……今、僕達は魔王城で勤めているのです。魔王様に進言しに行った先生の姿をお見掛けしまして……それで、後を付けさせてもらったんですよ」

「なんでやんすと!?」

 グラハムは驚きの声を上げたものだ。ずっと見られていた──そのことも驚きであったが、それより何よりドリェンたちが魔王城に勤めていることが良い意味で驚きであったが。

 魔王の側に置かれているということは、数ある魔物の中でも一目置かれているということでもある。

 そんな中にかつての教え子であるドリェンたちが居るとは、グラハムにとっても鼻が高い。

「本当は、もっと早くに出て行こうとしたのですが、機会を見失ってしまいまして……」

 先に申し出た魔物たちが周りを取り囲んでいたので、ドリェンたちは出づらかったのだろう。これでも、グラハムの窮地には飛び出して来てくれた。

 グラハムを思うからこその行動であった。


──コンコンッ!


 そんな話をしていると、外から扉がノックされた。不意な訪問者に警戒したドリェンが扉を睨み付ける。


『あ、あの……コトハちゃん……』


 扉の向こう側から聞こえてきた声は、宿屋の亭主のものであった。

 ドリェンとグラハムは顔を見合わせた。ドリェンは頷くと、応対するべく扉の前まで歩く。

「コトハは今、出ていますが……」

『あ、いや……そうなのか……』

 いくらコトハのファンとは言えど、用もなく客の宿部屋を訪ねてくるとは思えない。

 ドリェンが尋ねると、扉越しに亭主の言いづらそうな声が返ってくる。

「用があるなら伝えておきますが……何かありましたか?」

『あ、うん……こんなものを拾ったんだけど……』

 そう言いながら亭主は扉の隙間から紙切れを渡してきた。粗悪なその紙を引き抜いて広げると、紙面には絵が描かれてあった。


『この顔にピンと来たら、野営地まで首を持ってこい!』


 書き殴りの字で辛うじて読み解けるような乱雑な文字でそう書かれてあった。さらに、その髪には人型の絵が描かれていた。

 線がグチャグチャしていて分かり難いが、どことなくグラハムに似ているように見えた。

 ドリェンの顔が険しくなる。

「どうやら魔物の残党たちが動き出したようですね……。折角情けを掛けてあげたというのに、無駄だったようです」

 期待を裏切られたかのように、ドリェンは失意の溜め息を吐いた。

「それにしても、野営地ってぇのは……?」

 ドリェンから事情を聞き、グラハムは首を傾げたものである。その問いに答えたのは、ドア越しの亭主であった。

『何でも、山の中に魔物たちの町ができたみたいなんだ。そこを拠点に近隣の町なんかを襲っているみたいで……ここが襲われるのも時間の問題かもしれないよ……』

 ブルブルッと声を震えながら亭主が説明をしてくれた。

「……なるほどでやんす。教えてくれてありがとうでやんす」

『いいえ……』

 亭主はどうやら、それだけを伝えに来てくれたらしい。伝えたいことを伝えると、目的のコトハも姿もないので亭主はそそくさと部屋の前から離れて行ってしまった。


 それと擦れ違うようにして、今度はコトハが戻って来て宿部屋の扉を開けた。

「……何も異常はなかったわ……」

 一仕事を終えて、息を吐くコトハ──顔を上げると厳しい二人の姿が目に入り、コトハは不思議そうに首を傾げるのであった。

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