Turn161.薬学師『解毒剤の調合』

 デルガン・ピリーチェは不思議な感覚に捕らわれていた。

 目を開くと、自分以外の全ての者が停止しているように思えた。

 苦悶の表情を浮かべる兵士たちも──人間に襲いかからんとする植物たちも──静止したまま動きを止めていた。


 デルガンは試しに、自身の指先を曲げてみた。

──動く。

 この停止した時間の中で、デルガンだけは自由に動くことができた。

「……そうか。ならば!」

 デルガンは思い立ち、すぐさま動き始める。

 薬学師であり薬の調合に長けていたデルガンは、この間に薬を作ることにしたのである。

 毒に犯された兵士たちを助けるためには、それを打ち消す解毒剤が必要になる。


 デルガンは背負っていたリュックを下ろし、荷物を広げた。薬品の入った小瓶やすり鉢など──必要なものを袋から取り出して地面に並べる。

 その後に、デルガンは森の中に入った。

 魔の森には数々の草花が咲いている──。

 その中で必要なものを引き抜き、デルガンはそれらをすり鉢で粉にしていった。一方で、液体の薬品をガラス瓶に混ぜて調合していく──。


 通常であれば一日掛かりの作業である。


 しかし、時間が停止した空間の中では、時間の概念など関係ない。デルガンは長い時間を掛けて、ついに求めていたその薬品の調合を完成させたのだった。

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