Turn83.姫『魔王幹部魔導師の脅威』

『あらぬ希望を抱く、愚か者ども……。そんな貴様らの希望など幻想であることを、身を持ってしるが良い!』

 城の広間の中─どこからともなく声が響いてきた。


 デスサタンを殲滅し、ようやく羽を落ち着けようとしていたところで新たな影が忍び寄っていた。

 お姫様と、この場に居る依り代たちは部屋の中央に集まり、周囲を警戒した。

「どこにいる……?」

 武闘家のシュウゾウが忙しなく視線を動かし、見えない敵の気配を探る。


「上よっ!」

 いち早く勘付いた拳豪リィームが、天井を指差しながら叫び声を上げる。


──グルルルゥ!


 五本足の巨大な節足動物が天井に張り付いていた。

 真っ赤に輝く無数の目には、地上に集まる獲物たちの姿が写し出されていた。

『くたばるが良い!』

 巨大な節足動物は、二本の長い脚を天井に突き刺して支えにすると、残りの脚たちで地上に居る者たちに攻撃を行なった。

 手負いのチビリングやノリットなどは反応が遅くなり、弾かれて壁に体を打ち付けてしまう。

 武闘派組の拳号リィームやシュウゾウは、軌道を予測して回避を試みるが、それでも鞭のように撓る攻撃の全てを躱せず弾かれる。

 次々に人々が飛び、室内に砂煙が巻き上がった。


 やがてその煙が晴れると──広間で立っているのは、お姫様だけとなった。

 身を呈してお姫様を守った者もおり、お姫様だけは危害を加えられてはいなかった。

『ほぅ……』と、これには巨大な節足動物も驚いたようである。まさか、この場で唯一非力なお姫様だけが残るとは予想だにしていなかったようである。

『身を盾として主君を救ったか……。素晴らしき騎士道精神といったところだな……』


「貴方は、何者ですか……?」

 お姫様は物怖じせず、天井にいる巨大な節足動物を睨み付けた。

『私は魔王様直属の部下……魔王軍幹部、ペデロペと申すものだ』

 魔王軍幹部──。

 その肩書きをお姫様の表情が強張る。誰しもが疲弊した状態で、まさかそのような大物が姿を現すなどとは思ってもみなかった。

『散々、魔王軍を翻弄してくれたが……それもここまでのようだな!』

 忌々しげにペデロペは吐き捨てる。

 お姫様は気付いてはいないようだが、魔王城でお姫様を牢獄に閉じ込めたのもペデロペである。牢屋に張り巡らした術式が破られ、お姫様を取り逃がしたことから一度は幹部としての立場も危ぶまれていたのであった。

 自分の立場を危ぶませる憎き元凶であるお姫様に、ペデロペは怒りの籠もった視線を向ける。

『くたばるが良いっ!』

 お姫様に向かって、ペデロペは三本の脚を伸ばした。それでお姫様を串刺しにして、その体を弄ぶつもりであった。

──が、お姫様はそれらの攻撃を素早くを躱す。

 お姫様にしては、見事なまでの卓越された動きであった。


 かと思えば、お姫様は顔に手をやる。

 そして、徐ろに自身の表皮を剥ぎ取った。

 そこに現れたのはピンク色の髪をした奇抜なファッションをした──ピピリ・ガーデンである。

「残念でしたのね。あなたがお相手していたのは、ピピリちゃんでしたのねー」

『な、なんだと!?』

 魔王軍幹部であるペデロペも、その見事な変装術に一杯食わされたようである。


 ピピリはチラリと、床に横たわった兵士の一人に視線を送った。それは、ピピリがお姫様に施した変装であった。

 ペデロペの猛攻により砂埃が上がり、視界が悪くなる中──ピピリはあっさりと気絶させられたお姫様に兵士の鎧を着せた。この場から連れ出す余裕もなかったので、場当たり的な応急処置である。

 兎に角、お姫様が無事であるならそれで良い。

 お姫様の従者であるピピリ・ガーデンは──そうしてお姫様の姿に変装し、自分が犠牲になることを選んだ。

 ──これは、単なる時間稼ぎでしかない。

 時間を稼いだところで状況が変わるわけではないのだが、それでも少しでもお姫様が生き延びれるチャンスがあればそれで良かった。


 ピピリの機転は、ペデロペの動揺を誘ったようだ。

 先程まで居たはずのお姫様の姿を見失い、ペデロペはオロオロと狼狽えていた。

『……まぁ、構わぬ。どこへ逃がそうとも、見つけ出して排除するまでだ。勇者に繋がる者は誰一人として、生かしてはおけん。……貴様も依り代の一人なのであろう? ならば……殺すまでだ!』

 翻弄できたのは一瞬だけであったようだ。再び、ペデロペに戦意が宿る。


 ペデロペは天井に向かって攻撃を始めた。

 天井の一部が崩れ落ち、瓦礫の飛礫が広間へと降り注いだ。


「そ、それは反則なのね……」

 避ければ済むような話ではない。

 これではピピリはおろかお姫様も、この場に横たわっている負傷した依り代たちもペシャンコである。

──かと言って、非力なピピリには瓦礫を受け止めるような力も、それを破壊するような強力な呪文を扱えるわけでもない。

「お助けくださいなのね……」

 ピピリには、目を瞑って祈ることしか出来なかった──。

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