Turn70.姫『お見舞い』
──勇者が降臨されたかもしれない。
その知らせは、すぐにテラの耳にも入った。
どうやら、あの儀式は成功だったようである。
しかし、四人の依り代たちが魔王軍の幹部に襲われて負傷してしまったこともあり、余り手放しで喜べる状況でもなかった。
取り敢えず病床に話しを聞きに、依り代たちが運ばれた部屋へと足を運んだ。
「私たちは、勇者様に命を救われたのです……」
ベッドに横たわった赤髪ロングヘアーの魔法剣士ロエリー・ジェネリックが、天井を見上げながらお姫様に状況を説明していた。全身に包帯が巻かれ、戦いの壮絶さを物語っていた。
「ベヒーモスの強大な力に、私も死を覚悟しました。私がこれまで培ってきた剣術では、ベヒーモスの皮膚に、傷一つ作ることはできませんでした……」
ロエリーの声は震えていた。
死に直面した恐怖心もあるだろうが、何より自分の剣術が全く歯が立たなかったことが悔しかったのだろう。これだけ傷を負わされているが、彼女も一介の剣士であるのだろう。
「それなのに……勇者様は、いとも容易くベヒーモスを退治なさいました。……本当に、見事な太刀捌きでした……」
ロエリーの話しに、お姫様も喜々としている様子であった。それでもそうした興奮を抑えて、お姫様には確認しなければならないことがあった。
「それは勇者様で間違いないのですか?」
もしくはその力が、単なる剣士の底力──チビリング・ガーリーの実力ということもあるだろう。
「それは……分かりません……」
確かに、同じ依り代の一人といえど、出会ったばかりのロエリーにチビリングの実力が分かるわけがないのである。
「ただ……」と、ロエリーはお姫様を真っ直ぐに見詰めながら言葉を返した。
「あれは、勇者様に間違いないと思います。私はあの剣士の影に……凛々しく魔物に立ち向かう、勇者様の姿を見たような気がします……」
「そこのところは、どうなのですか?」
次いで、お姫様は隣りのベッドに目を向けた。此処まで俯いて黙っている当人──ヒョロヒョロ剣士チビリング・ガーリーの病床である。
「……覚えてません……」
チビリング・ガーリーは、か細いボソリとした声で呟いた。その答えで確証を得ることが出来なくなったお姫様は、酷く落胆したものである。
「……でも……」
チビリング・ガーリーが言葉を続けたので、お姫様は顔を上げた。
「誰かに力を分け与えられたような……。とても優しく、清く、力強く……そんな温かな人に……。……もしかしたら、それが勇者様だったのかもしれません……」
「そうですか……」
お姫様の瞳は、再び輝きを取り戻した。
──そして、確信する。胸に手を当てて、お姫様は嬉しそうに目を瞑った。
「やはり、勇者様は私たちのお側に、もう来られているかもしれないのですね……」
確証はなかったが、勇者の影が側にあることがお姫様には相当に嬉しいようであった。
テラも純粋に、お姫様が喜んでいる姿がとても微笑ましく思えて嬉しかった。
できれば、お姫様と勇者を引き合わせてあげたいものである──。
「勇者様降臨の儀式によって、十三人の依り代たちと勇者様がリンクして繋がったのかもしれませんね。もしかしたら、一人の人間に縛られるのではなく、勇者様のタイミングで十三人の依り代の誰かに降臨なされることが出来るようになったのかもしれませんね……」
テラは冷静に分析してみた。
呪文は間違っていなかったし、儀式もきちんと執り行った。確実に、降臨の魔法は発動しているはずである。
──しかし、何かが違えて、少し様相はおかしくなってしまったようだ。特定の一人ではなく、誰かしらに乗り移るようになってしまったという可能性は大いにあり得る。
「これからは、何があっても勇者様が助けて下さるのね。私たちの側で、勇者様が見守ってくれている……。でしたら私たちも、勇気を出して立ち向かっていかなければなりませんね」
お姫様は自身を奮い立たせた。
そして、決意の表情を浮かべたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます