第6話<5>
切谷さんと別れた後、僕たちは校舎を抜けてグラウンドに出た。
グラウンドのメインは何と言っても野外ステージだろう。
ここではいろんな催しが、時間を空けずにいくつも行われる。今は生徒会主催による景品付きクイズ大会だ。果たしてどれほどの参加者ではじまったのかわからないが、もう大詰めに入っているようで、勝ち残った数名の参加者がステージ上の○と×を往ったり来たりしている。
「あ、午後からは飛び入り参加歓迎のパフォーマンス大会だって」
と、パンフレットを見ながら、雨ノ瀬。
野外ステージは毎年それでラストを飾るのが伝統となっている。要するに、最後は何でもありで、むりやり盛り上げようというわけだ。
「あたしも参加しよっかなー」
「いったい何するつもりだよ」
「もっちろん、ダンスで」
そう言えばこいつは昔から踊るのが好きで、高校に入ってから本格的にダンスをはじめたんだったな。
「おい、真。三味線弾け、三味線」
と、不意に浴びせかけられた命令口調の声に振り返れば、そこにいたのは美沙希先輩と――、
「あ、古河先輩!」
知らない仲ではない雨ノ瀬が、その懐かしい顔を見て嬉しそうに声を上げた。一方、美沙希先輩のほうは「よっ」と、調子は軽い。
「え、ぁ……」
そして、雨ノ瀬は美沙希先輩の横にいる人物を見て、わずかに戸惑う。
槙坂涼がいたのだ。
「こんにちは、藤間くん」
「どーも」
何がどうというわけではないが、よろしくないタイミングで会ってしまった気がする。
「それから、あなたは確か藤間くんの中学のころのお友達よね?」
しかし、僕の漠然とした不安をよそに、槙坂先輩は雨ノ瀬によそ行きの笑顔で微笑みかける。
「あ、はい。雨ノ瀬です。すみません。藤間、お借りしてます」
雨ノ瀬が彼女を見たのはこれが初めてではないが、間近で感じる完璧超人オーラに圧倒されているようだ。そのお辞儀は、果たして謝っているのか挨拶なのか。
「いいのよ。藤間くんからも聞いてるから。……女の子だとは言ってなかったように思うけど」
槙坂先輩が非難の色を含んだ眼差しをこちらに向けてくる。確かに友人が遊びにきて案内することになっているとは伝えていたが、それが雨ノ瀬であることは伏せていた。たぶん自衛のためだろう。
「槙坂。真の元カノだぞ、元カノ」
美沙希先輩が面白がって煽るようなこと言う。
雨ノ瀬が「せ、先輩っ」と悲鳴じみた声を出した。実際そうはならなかったとは言え、あまり穿り返してほしくない過去である。……どうだ、やりにくだろう?
「元でしょ、元。知ってるわよ」
呆れ調子の槙坂先輩。
「そこを面白がってるのは美沙希先輩だけですよ」
「ちっ。つまんねーやつらだな。おい、真、ステージ上がって三味線弾け」
「……」
とりあえず、この人はほっておこう。酔っ払いが酔った勢いで思いつきを口走ってるのと一緒だ。
そして、問題は僕をほっておいてくれない人がいることである。
「藤間くんは今は自由時間?」
槙坂先輩がすっと僕のそばにやってくる。
「ああ、朝から少し運営の仕事をやってたけど、今は何も入ってないよ。でも、午後から今度はクラスの手伝いだけど」
「忙しいのね、相変わらず」
「仕方ない。実行委員とはそういうものだ」
そこで槙坂先輩はさらに一歩近寄り、僕のネクタイに手を伸ばしてきた。
「ほら、ネクタイが緩んでるわ」
そう言いつつ直してくれる。心なしかいつもより距離が近い気がした。だからだろうか、「うわ、なんか夫婦みたい」と雨ノ瀬が思わず感嘆している。
「ところで、今日はお母様はこられないの?」
「……」
それは僕のお母様のことだろうか。自分の母親のことを僕に聞くのもおかしいしな。だからきっと僕のお母様のことなのだろう。尤も、お母様と言うほどたいそうなものではないが。というか、なぜ今その話を出した!?
「特にそういう話は聞いてないね」
今日も今日とて出勤していることだろう。
僕が小学生のときは学校行事もよく見にきていた。まぁ、きて徒競走の件のようなことをやらかしもしたわけだが。しかし、中学に上がったくらいからだろうか、普通の男なら親が学校に顔を出すのをいやがるころから、むりに都合をつけるようなことはしなくなった。今回も母と学園祭の話はしたが、おそらく見にくることはないだろう。
「そう、残念ね。……はい、できたわ」
僕のネクタイをきゅっと締め、槙坂先輩は一歩下がる。それから改めてそれを眺め、
「ブレザーを着てないと、どうもネクタイのおさまりが悪いわね。わたしがネクタイピンでも買ってあげましょうか?」
「……いいよ、そんなもの」
確かに明慧の制服には大人がしているようタイピンはない。おかげで今みたいにブレザーを着ずに動いていると邪魔に感じることもあるが、誰もつけていないようなタイピンをしたいと思うほどではない。
「槙坂、そろそろ次いこうぜ」
酔っ払い、もとい、美沙希先輩は学園祭を満喫しているようで、槙坂先輩を急かす。
「そうね。じゃあ、藤間くん、また後でね。キャンプファイヤ、楽しみにしてるわ」
「ああ」
そうして槙坂先輩は美沙希先輩とともに去っていき、僕たちはそれを黙って見送った。
程なくして雨ノ瀬が口を開く。
「うわー、やっぱすごい美人……」
「まぁ、そこについては異論の余地がないな」
思わず嘆息感嘆するのもむりはない。
「しっかも、仲がいいし。……いつもあんな感じ? うっらやまっしー、藤間うっらやましー」
「……」
いや、あれは明らかにおかしい。ただ、それを素でやってるのかわざとなのかは判じがたいところではある。
「あ、そうだ。キャンプファイヤなんてあるんだ」
「後夜祭的にね。尤も、不要なものをとっとと燃やしてしまおうって意図もあるみたいだけど」
「ロマンがないなぁ」
雨ノ瀬が苦笑する。
「いちおうロマンらしきものはあるよ。『キャンプファイヤを一緒に見よう』って誘いが交際の申し込みだとか、」
その場合、誘いを受けることは交際の了承でもあるわけだ。
「カップルが一緒に見たら長続きするとか、ね」
いつからか定着した明慧の慣習と都市伝説だ。生徒にとってはこれも含めて学園祭と言える。去年一昨年と、いったい何人が槙坂涼をキャンプファイヤに誘い、玉砕したのだろうな。
「で、一緒に見にいく約束してんだ。やるじゃん、藤間」
と、雨ノ瀬は何やら僕の行動に感心しているふうだが、僕としてはそこに深い意味はなかった。今後の僕と槙坂先輩がどうありたいなどという願いや希望を乗せるつもりはない。
「さ、僕たちもいこうか」
僕は雨ノ瀬を促し、槙坂先輩たちとは別の方向に歩き出した。
§§§
雨ノ瀬とふらふら校内を見て回っているうちに昼どきとなった。
「悪い、雨ノ瀬。そろそろクラスの手伝いに入らないといけない時間だ」
それに関してはあらかじめ彼女に伝えてあった。だいたい今くらいの時間ならひと通り見終って、雨ノ瀬も満足して帰るころだろうと踏んでいたのだが……あまりそんな雰囲気ではないな。
「残念。……あ、じゃあさ、藤間のクラスで何かおごってよ」
「それはいいけど、喫茶店だからケーキとかクッキーとかしかないぞ」
いちおう自慢の商品ではあるが、昼食にするには少々もの足りないのではないだろうか。
「大丈夫。女の子だもの。お菓子でできてるから」
「マザーグースかよ」
しかし、雨ノ瀬は僕の言ったことの意味がわからなかったのだろう、頭の上にクエスチョンマークを飛ばしながら首を傾げている。
「あるんだよ、マザーグースにそういうのが。それによると女の子は砂糖とスパイスと素敵な何かでできてるんだそうだ」
「へー、かわいいフレーズ」
因みに、男の子はカエルとカタツムリと子犬のしっぽでできてるらしい。男に恨みでもあるのだろうか。
「でも、雨ノ瀬の場合、お菓子喰って生きてるだけだろ」
中学のときも、どこからともなくチョコバーを出してきては、よく僕に勧めていた。
「うーん、否定しきれないところもあるけど、そこまで食生活テキトーじゃないつもり」
「じゃ、行くか。何かおごるよ」
「へっへー。ごちそーさまー」
さっそく僕たちはクラスの喫茶店に足を向けた。
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