第10話<1>

 球技大会というひとつ大きなイベントを終え、そうこうしているうちに夏休みはもう目の前だった。今は待つだけの、まるで消化試合みたいな日々。


 そんなある日、学生食堂で昼食を食べながら、槙坂先輩と美沙希先輩が話していた。


「美沙希、確か藤間くんって中学生のころからモテたのよね?」


 問いかけのベクトルは槙坂先輩から美沙希先輩。……まるで今もそうであるかのような言い方はやめてもらいたい。


「んー? まぁ、そこそこ?」

「ふうん」


 美沙希先輩の返答に、槙坂先輩は食べる手を休め、少し考えながら次の質問を口にした。


「ただモテただけ? 彼女はいなかったの?」

「どうだったっけな……」


 美沙希先輩は記憶の糸を手繰り寄せる。こちらは食べる手を止めない。カツサンドをひと口噛み千切り、それを咀嚼して飲み込む。食べ方が肉食獣のそれだ。そして、その間に検索にヒットが出たらしい。


「ああ、確かひとり、噂になったのがいたな。アタシが卒業した後のことだから、数回ちょっと目にしただけだけど」

「どんな子だったの?」


 槙坂先輩はすぐさま聞く。落ち着いた様子ながらも、その質問の速さからも抑えきれない興味が窺えた。


「あー……なんだっけ? UMA?」

「UMAですね」


 こちらを見て疑問形で発音するので、僕は答える。


「UMA?」


 そして、槙坂先輩は美沙希先輩へと鸚鵡返し。


「未確認生物。Unidentified Mysterious Animalの略だろ?」

「それはわかってるわよ。どんな子って聞いて、どうしてそんな答えになるのよ」


 どうにも噛み合わない会話に、彼女は少し怒ったように言い返した。


「仕方ないだろ。こいつがそう言ってたんだよ、あいつはUMAだって」

「そうなの?」


 今度は槙坂先輩が、目をぱちくりさせながら僕を見る。


「大雑把だけど、正しくはある」


 確かにあいつはいろいろとUMAだった。


「というか、ここに僕本人がいるのに、なぜ情報の確認や補強程度にしか話を振られないのだろうな」

「だって、あなた、どうせ聞いても答えてくれないでしょう?」


 何を今さら、とばかりに槙坂先輩。……ちがいない。


「いちおう聞いてみようかしら。どんな女の子だったの?」

「予想通りで悪いね。……僕が言うわけないだろ。お先」

「ほら、やっぱり」と小さく笑う槙坂先輩にかまわず、僕は食べ終えたランチのトレイを持って立ち上がり、席を離れた。




                  §§§




 その日の放課後、

 まるで待ち伏せみたいにして槙坂涼につかまった。挙げ句、言ったのがこれ、


「で、どんな子なの?」

「僕には聞かないんじゃなかったのか?」

「やっぱり気になるのよね」


 槙坂先輩が拗ねたように口を尖らせる。勝手に気になってろと言いたい。


 僕たちは並んで校門へと向かう。


「今の彼女に前の彼女のことを話したくないのはわかるけど――」

「いくらでも話そう。なんでも聞いてくれ」


 僕は槙坂先輩の言葉を遮るようにして、きっぱりと言った。お互いの立場をはっきりさせるための努力は惜しむべきではない。


 それに実際、隠すようなことでもない。


「ああ、そういえば、その子とはつき合ってはいなかったのだったわね」

「そう。今の誰かさんと同じでね」


 僕たちは顔を見合わせ、ふふふはははと笑い合った。


 それはさておき――中学のときのあいつのことだ。


「まぁ、ひと言で言ったら、『決断力のある方向音痴』だな」

「それはまた困った組み合わせね……」


 槙坂先輩は難問に直面したみたいに、軽く頭を抱えながら吐き出した。


「あとは、ダンスが好きでよく踊ってたな。特別美人ってわけじゃないけど、明るくて愛嬌があって、オーバーアクションだからクラスでもよく目立ってたし、人気もあった」


 僕は彼女の個性キャラクタをひとつひとつ思い出しながら連ねていく。


「ふうん。今はどうしてるの? まだ連絡は取り合ってるの?」

「いや、卒業してそれっきりになってる」


 それこそつき合っていたわけでもなく、所詮はクラスメイトの域を出なかったわけだし。


「そういやダンスの腕を磨くからって、自転車で日本一周の旅に出るとか言ってたな」

「大丈夫なの? かなり方向音痴よ?」


 間髪入れず、槙坂先輩は心配そうに聞いてくる。


 尤も、さすがに自転車日本一周は冗談だろう。完全に迷走だ。しかし、卒業してからこっち、一度も会っていないのも確かだ。どうしているだろうか。


 僕は久しぶりに記憶の中からあいつのことを引っ張り出した。


 きっかけは何だったか。そうだ、あれは――。

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