第6話<上>

 その週末、本当に槙坂涼と出かけることになった。


 待ち合わせは近くのターミナル駅の駅前。


 別にどちらかの最寄駅でもよかったのだが、そうすると僕の途中下車か槙坂先輩の逆走が必要になり、ひと手間かかってしまうのだ。そこまでして途中で合流しなければならない理由はなく、ならばもうあっちで落ち合ったほうがいいだろうという結論になったのだった。


 これが現地集合なのかは不明。今日の目的地を聞かされていないからだ。まぁ、彼女の口ぶりからすると、行き先を隠しているというよりは、何も決めていないといった感じだ。そういうのも悪くはない。中学生のころはよく美沙希先輩と目的も決めずに、ぶらぶらと遊んだものだ。……三割くらいの確率で喧嘩が終着点になっていたが。あの人のことだ、案外テキトーな運動相手を探していたのかもしれないな。


 さて、僕、藤間真は異性と話すことに特に抵抗はない。クラスメイトなら当然のこと、普段教室で近くの席に座っていて、名前は知らないけどお互い何となく顔は見知っている程度でも大丈夫だ。数々の学校行事の運営委員、実行委員をこなしてきたからか、用さえあれば知らない女の子に話しかけることもできる。


「すいませーん。今おひとりですかー?」


 なので、その待ち合わせの場所で、Tシャツにジーンズ、腰にはチェック柄のシャツを巻き、足もとはバッシュ。そして、というスタイルで立つ僕に、見知らぬ三人組の女の子が話しかけてきても、僕は特に慌てもしなかった。


「今はね。でも、待ち合わせしてるんだ」

「えー」

「ほら、やっぱり」


 話しかけてきた女の子が落胆の声を上げ、隣の子が彼女を肘で小突く。きっと声をかけようと提案した積極的な子と、それを止めようとしたひかえめな子、という関係なのだろう。とは言え、ほとんど真横に並んで同程度に存在をアピールしているあたり、そこまで本気で止めようとしたわけではないのかもしれない。


 三人とも遊び慣れた感じはあるが、僕と同じ高校生だろう。


 これが何を意図したものかは、さすがに僕でもわかる。まぁ、まさか前回が槙坂先輩で、今日は僕だとは思わなかったが。


「悪いね」

「やっぱり女の子ですかぁ?」


 しかし、最初の子は諦めない。こちらの待ち合わせ相手がくるまでねばり、何かしらの収穫を得る魂胆のようだ。あわよくばアドレスでも聞いて今後につなげるつもりなのか、或いは、相方が男ならそれも巻き込むつもりなのか。その不屈の精神は評価しよう。でも、槙坂先輩のときも感じたが、こういうのは引き際とあきらめが肝心ではないだろうか。


「残念ながら、女の子だよ」

「えぇー」


 あてが外れたように口を尖らせているところを見るに、思惑は後者だったようだ。その子を押しのけ、三人目が出てくる。


「その女の子ってかわいいですか?」

「どうだろう。かわいくはない、かな?」

「じゃあ、私でも勝てたりします?」


 ああ、この子は狙撃手だ――そう思った。先のふたりとやり取りをしているところに、後ろからきて一撃喰らわせる。それが彼女の役割なのだろう。真打登場、である。


 ひかえめなことを言っているが、当の本人はかなりかわいい部類だ。三者三様、それぞれかわいさをもっているが、この子は頭ひとつ抜けている。並の女の子では敵わないだろうし、たいていの男はころりといく。


 にしても、女の子というのはどうして優劣をつけたがるのだろうな。


「それは自分で判断してくれ。……そこにいるから」

「え?」


 三人の少女が間の抜けた声を上げて振り返ると、そこに槙坂涼が立っていた。


 今日はフリル付きの白いオフショルダーのトップスを合わせたパンツルック。トップスは体にぴったりとしていて、そのスタイルのよさを際立たせている。


 片手を腰に当てた立ち姿が、非情に絵になっていた。……なお、『非情』は誤字ではない。いわゆる公開処刑というやつだ。


「こんにちは、藤間くん」

「どーも」


 僕に挨拶をし――それから彼女は女の子たちへと目を向けた。


「こちらはお友達?」

「いや、ちょっと話しかけられただけさ」

「ふうん」


 普段の微笑はどこへやら、槙坂先輩はにこりとも笑わない。学校で見せる人当たりのよい笑みすらない。真顔だ。真顔のまま、ひとりひとりを順に見ていく。いや、見るという表現では生易しく、まるで値踏みするかのようだ。見る以上睨む以下。おかげでその美貌には妙な凄味と威圧感が加わり、視線をより苛烈なものにしていた。


「えっと……じゃ、じゃあ、私たちはこれで……」


 やがて、女の子たちは彼女の視線に耐えきれず、そして、これは絶対に勝てないと踏んだのだろう、すごすごと去っていった。……ま、当然こうなるな。


 槙坂先輩はため息をひとつ。

 そうしてから僕へと向き直った。


「この前は早く着きすぎてあんなことになったから、今日はゆっくりきたのに……女の子と楽しくおしゃべりなんて、いったいどういうこと?」

「話してただけだろ」


 その話だってお断りの最中だったわけで。


「そう。じゃあ、聞くわ。わたしが待ち合わせ場所で男の子と和やかに話しててもいいの?」

「……」


 前回の一件以来思うに、バカなナンパ男、及び、軟派な馬鹿男は一律鉄拳制裁でよくないだろうか。


「ほら、見なさい」

「いや、僕は何も言っていない」

「言わなくてもわかるわよ」


 当然とばかりに、きっぱりと言い切る槙坂先輩。


「それからもうひとつ。……それは何?」


 反論しようとした僕の言葉を制し、彼女は矢継ぎ早に次句を継いだ。


 訝しげに真っ直ぐ見つめてくる。正確に言えば、彼女が言葉とともに視線で示したのは、僕の顔にかかっている装飾品――眼鏡アイウェアである。度の入っていない、アンダーリムの眼鏡だ。


「急に視力が悪くなったのかしら?」

「まさか。伊達眼鏡だよ」

「でしょうね」


 昔から視力はいたって正常だ。おかげで近づくことなく遠くからでも誰かさんを眺めていられた。最近はちょっと近すぎる気もするけど。近づきすぎは目を悪くするし、太陽の直視は非常に危険だ。


「でも、どうして?」

「知り合いがかけていて、面白そうだと思ったんだ」


 その知り合いとは、我が異母兄のことだ。尤も、彼の場合、ファッショナブルなデザインでレンズにも色がついていたものの、実際には度も入っていて、まぎれもない眼鏡だと言っていた。


 僕のは、レンズは透明。一見すると、彼のもの以上にただの眼鏡である。


「わざわざ買ったの?」

「まぁね」


 面白そうなことには金と命をかけるのが僕の主義だ。


 槙坂先輩はため息再度。


「そのせいかしらね」

「何がだ?」

「独り言よ。……兎に角、学校ではかけないでね」

「わかってるよ。これはあくまでもファッションだからね。ある日突然眼鏡をかけていったら、何ごとかと思われる」


 釘を刺されるなんて、えらく不評だな。これでも我ながら似合うと思って選んで、決して安くもなかったのだがな。どうにもテキトーになりがちな服装に何かアクセントをと思ったのに、失敗したようだ。


「で、今日はどうするんだ?」

「そうね。とりあえずぶらぶらショッピングといきましょ」


 やはり決めていなかったか。まぁ、別にいいけど。計画を立てなければ女の子と歩けないほどマニュアル人間ではないつもりだ。


「あなたは? 行きたいところはないの?」

「ないこともないけど、後のほうがいいな」


 いきなり行くような場所でもない。




                  §§§




 槙坂先輩が服を見たいと言うので、まずは百貨店に入ることになったのだが――その前にさっそく寄り道。途中にあったケータイショップに立ち寄った。


 彼女は興味深げに、展示された最新のスマートフォンを手に取っている。


「藤間くんは買い換える予定はないの?」


 一方の僕はというと、いつの間にか新機種が出てたんだな、と感心しつつ店内をただ眺めるばかり。尤も、僕がスマートフォンを手にしたのは中学を卒業する直前。卒業祝いとして買ってもらったものだ。あれから一年以上たっているのだから、ラインナップが一新されていても不思議ではないか。


「今のところは」


 でも、いま使っている端末が壊れでもすれば、その機会に機種を変更するかもしれないが、今すぐに乗り替えるまでの魅力は感じないというのが正直なところだ。


「そう……」


 と、何やら思案顔で応える槙坂先輩。


 彼女が使うスマートフォンも、意外や意外、僕と同じく少し前のものだ。『槙坂涼』なら最新機種を持つべきか、とでも考えているのだろうか。周囲の期待に応えてイメージを保つのも大変だな。


「わたしは少し気になるかしらね」

「だったら買い換えてみればいいんじゃないか?」


 海外旅行の旅費すら心配ないと豪語するのだ。はした金とまで言うつもりはないが、それくらい余裕だろう。


「でも、本当に『少し』だから、藤間くんにその予定があるなら一緒にって、その程度」

「まぁ、何かきっかけがあったほうがいいのはわかるけどね」


 すると、槙坂先輩は僕の様子を窺うように、じっとこちらを見つめてくる。


「どうした?」


 その視線の意味をはかりかね、僕は問い返した。


「わたしって重い?」

「体重か? そう聞かれても、僕には知りようもないんだが」

「あのね藤間くん。女の子にそういう話はやめましょうね?」


 槙坂先輩はむっとした後、「ちがうわよ、もう」とため息を吐いた。


「最近、何でも藤間くんと一緒にって思ってしまうの。一緒にいたい。一緒のものを持ちたい。そういう女の子って、あなたから見てどう? やっぱり重いかしら?」

「別に」


 なるほど。そういうことか。


「まぁ、気持ちはわからなくもない、かな。僕だってまだ例のケースをつけてる身だからね。だから、重いと思ったことはないよ」


 例のケースとは、前に一緒に遊園地に遊びにいったときに、お互いにプレゼントし合ったスマートフォン用の手帳型ケースのことだ。色違いのおそろいで、今もそれぞれの端末についている。……ああ、これじゃ彼女の気持ちの理解どころか、自分にもそれがあると暗に認めているようなものだな。これは恥ずかしい。


「ま、でも、適度に軽いほうが助かるのは確かだね。そのほうがお互い気が楽でいいだろ」


 僕は誤魔化し気味にそう付け加えた。


 実際、べったりというのも疲れる。人間関係を長続きさせたかったら個人を尊重し、ほどほどの距離を保つことだろうな。


 槙坂先輩は、僕の心を見透かしたみたいに、微笑をひとつ。


「大丈夫よ。わたし、軽いし細いもの。ベッドの上でそんなに迷惑かけないと思うわ」

「……」


 自分でそっちに戻すのかよ。

 内容が露骨すぎて、近くにいた人がぎょっとしてるだろうが。

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