俺だけはモンスタークレーマー幼馴染を見捨てたりしない。真人間に戻して幸せを掴んでみせる。そう、この催眠スキルがあればね。
ふれんだ(富士伸太)
このモンスタークレーマー幼馴染が凄い 1
「ひこいちくん、あーそーぼー」
「ひこいちくん、いっしょにがっこういこー」
「ひこいちくん、また同じクラスになったね!」
「彦一くんは塾行かないの? 習い事だけ? 良いなぁ」
「彦一、悪いけど塾行くの。それとこのゲーム、レベル上げだけやっといて。シナリオ進めたら殺すからね」
「彦一、あんたこんな問題もできないの? これで高校行ける? ていうか幼稚園ちゃんと卒業した?」
「彦一! あんた私の言うことに逆らうわけ?」
「ちょっと彦一、あんた日曜日ヒマ? タカヤマヤの新しいケーキ屋でこれ買ってきて。あたし? 行かないわよ忙しいんだから。ていうか忙しいから頼んでるって普通わかるでしょ?」
「このグズ! バカ!」
疲れた。
とっても疲れた。
疲れるだけなら百歩譲って受け入れるにしても、生傷の絶えない生活は流石にキツい。首根っこは普通に掴まれられるし、ビンタだったものがコブシに変わってきた。こんな風に幼馴染に苦労している奴がいるだろうか。いたら友達になりたい。
「まったく、ほんとうにあいつときたら……」
俺こと
買制服の襟は、引っ張られる場所だけだるんだるんに伸びている。
襟に付ける校章も叩かれた拍子にどこかへ消えてしまった。
それもこれも、幼馴染の
凛とした立ち姿。
つややかでふわっとした髪はゆるくナチュラルなウェーブがかかり、胸元あたりまで伸ばしている。
ハリウッド女優のようにメリハリのあるモデル体型は誰もがハッとして振り向く。
ぱっちりとして吸い込まれそうな大きな瞳は美しく宝石のようだ。
頭脳は明晰で、中間テストでは堂々たる1位。
予備校の模試も常に全国10位以内をキープ。
だがそれ以上に、身体能力が凄まじい。
中学の頃はテニスと陸上を兼部しており共に全国トップレベル。
スポーツ特待生のお誘いがひっきりなしだった。
が、そんな長所をすべて打ち消すものがあった。
性格が悪い。
いやもう、本当に、性格が悪い。
小学生の頃は明るく素直な性格だったのに、少しずつネジ曲がっていった。
華は、周囲のほとんどの人間が自分より劣っていると気付いてしまったのだ。
そこからはまるで女王様だ。クラスメイトを顎でこき使い、命令をこなせなかった奴を容赦なく無能と罵る。教師さえも華の逆鱗に触れないように気を使った。
ケンカも強い。柔道を少しばかりかじっただけだというのに誰も華に勝てない。ガキ大将どころか年上の不良さえも相手にならない。華を止められる者などいなかった。
一応フォローすると、特定の一人をいじめるとか、徒党を組んで誰かをのけものにすることはしなかった。金品を奪うこともなかったし、身体的なコンプレックスをあげつらったり性的な部分をつつくようなことは言わなかった。華は人間の弱点やナイーブな部分などいちいち攻めずとも、万人に対してマウントを取れる圧倒的強者だったのだ。教室の空気や学校の社会という無形の化け物でさえも、華一人に勝つことができない。
華は常に孤高であり、唯一無二だ。
そんな華は、どんな大人になるのだろうか。
物思いにふけっていると、スマホが鳴った。
画面にはタイミングが良いのか悪いのか、『華』と表示されていた。
「あー、もしもし?
『遅い。ワンコールで出なさい』
「悪かったよ。で、何か用か?」
『明日の朝、雑誌買ってきて。月曜祝日のとき週刊誌って土曜日朝イチで出るじゃない。あと月刊誌も出るし』
「朝イチって、いやコンビニで売ってない雑誌もあるかも……」
抗議しかけたところで、ピッという音とともに電話が切れた。
ええー、めんどくせえ。
華の言う雑誌とは、『週刊少年ステップ』、『月刊将棋野郎』、『月刊趣味のやきもの』、そして女性向けファッション誌とライフスタイル誌。妙に趣味が渋い。
「まったくもう……」
優雅な土曜の朝を過ごそうと思ったのにこの有様だ。
だがこの命令を無視することはできない。そうしたら最後、俺と華のクラスの居心地は最悪になる。俺だけが華の八つ当たりを受けるだけならまだしも、クラス全体を巻き込むのは忍びない。このままでは担任がストレスで倒れるのも間近だろう。そんなわけで俺は朝早くに目覚ましをセットして眠るのだった。
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