「クリスマスプレゼント」と称してお互いのほっぺにチューをし合ってた僕らの話
「かー君、はーい! クリスマスプレゼント!」
幼稚園に通っていた時、僕は同じ組のまどかちゃんにチューをしてもらった。
ほっぺに軽くだったけど、僕はそれがものすごく嬉しくて、
「まどかちゃん、僕もクリスマスプレゼントー」
と言って彼女のほっぺにキスをした。
まどかちゃんもよっぽど嬉しかったのか、キャッキャ、キャッキャと飛び跳ねていたのを今でも覚えている。
それから僕らは毎年のようにクリスマスにはお互いのほっぺにチューをするようになった。
「かー君! メリークリスマスー!」
「まどかちゃん、メリークリスマス!」
家が近所だったこともあるだろう。
僕らはすごく仲が良かった。
そんなまどかちゃんだけど、小学生の高学年にもなるとさすがにチューをしてくることはなくなった。
代わりに文房具とかノートとか、学校で使う必需品をプレゼントしてくれるようになった。
対する僕はまだまだ子どもで、まどかちゃんのほっぺにチューをして終わりだった。
それでもまどかちゃんはすごく喜んでくれた。
「えへへ」と照れながら「ありがとう」と言ってくれた。
変化が訪れたのは中学生になってからだった。
まどかちゃんはクリスマスプレゼントをくれなくなった。
「かける君。メリークリスマス」
「うん、メリークリスマス」
お互いに言葉だけとなった。
まどかちゃんはすっかり大人びてしまい、とてもほっぺにチューなんて出来そうもなくなってしまった。
僕自身、恥ずかしくなったというのもある。
だから学校の中ではなく、家の外で会って「メリークリスマス」と言って終わりだった。
※
そんな彼女からクリスマスデートに誘われたのは高校生になってからだった。
お互いシングルベルということで、まどかのほうから「遊ばない?」と電話で誘ってきたのだ。
「どうせ暇でしょ?」
「暇じゃないよ」
育成ゲームでキャラを育てる最中だったものだから、そう答えた。
「カラオケ行かない?」
彼女は僕の言葉などガン無視だった。
「カラオケ?」
「歌いたい気分だから」
「いや、僕歌うの苦手だし……」
「いいよ、私一人で歌うから」
それは世に言う一人カラオケというやつでは?
「それ、僕行く意味ある?」
「あるわよ。聴いてくれてるだけで気分が盛り上がるもの」
僕の気分はどうなるんだと思った。
「でも行きたくないならいいわ。一人で行くから」
「行くよ、行きますよ」
まどかのわがままは今に始まったことではない。
僕は急いで外行きの服に着替えると、まどかの家に向かった。
こういう時、家が隣同士と言うのは楽でいい。
「お待たせ」
まどかの家に着くと、彼女はもう玄関先で待っていた。
いつにも増してオシャレな格好をしている。
「ごめんねかける。無理言って」
「別にいいよ。暇だったし」
「あれ? 暇じゃないって言ってなかったっけ?」
「ちゃんと聞いてたんじゃん」
クスクスとまどかが笑う。
僕もなんだかちょっとおかしくなった。
不思議だ。
彼女といると、顔がほころぶ。
僕は育成ゲームのことなどどうでもよくなった。
「じゃあカラオケ店にしゅっぱーつ!」
意気揚々と歩くまどかの後ろを僕はついていった。
※
すごい。
すごすぎる。
カラオケで歌う彼女の歌声に僕はビックリした。
プロ顔負けの歌唱力。
高音も低音もバッチリで、音程も完璧だった。
まさかまどかがこんなにも歌がうまかったなんて。
驚きだ。
「あー! 気持ちいいね!」
楽しそうにマイクを握るまどかを見ると、僕まで楽しい気分になった。
「かけるは歌わないの?」
「いや、僕は……」
こんな歌声を聞いた後じゃ歌いづらい。
そもそも音痴だし。
「かけるの歌声、聴きたいなー」
「ウソばっかり」
「聴きたい聴きたい聴きたい聴きたい!」
「あははは、わかったわかった。歌う歌う」
まどかは本当に人をノセるのがうまい。
単に僕がノセられ安いと言うのもあるかもしれないけど。
とにもかくにも僕は曲目から曲を選んでリモコンに入力した。
「『あわてんぼうのサンタクロース』?」
「クリスマスだしね」
一応、無難なのを選んだつもりだった。
童謡とかなら歌えるだろうと踏んだのだ。
案の定、盛り上がりも何もなく、一定のリズムで歌えた。
まどかはそんな僕に「あ、ヨイショ!」「あ、ソレソレ!」と謎の合いの手を打っていた。
僕はそのたびに吹き出しそうになってしまい、歌どころではなかった。
「ちょっと! 笑わすの禁止!」
「えー? 笑わせてないよ?」
彼女はいたって真面目なようだった。
それでも、曲の合間合間に「あ、ソレソレ!」と言われると、自分で何を歌ってるのかわからなくなった。
「あー! 楽しかったねー!」
カラオケ店を出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。
14時に入って18時に出たということは、4時間も歌っていたことになる。
意外と楽しすぎて時間を忘れてた。
この時間になると街のイルミネーションもキラキラと輝いていて綺麗だった。
「あ、見て見て! でっかいクリスマスツリー!」
「ほんとだ」
駅前には、市の職員が設置したのであろう大きなクリスマスツリーが置かれていた。
様々な電飾が施され、たくさんの短冊が結び付けられている。
その短冊は、ツリーの手前のボックスにペンとともに設置されていた。
「恋人同士で結びつけると願いが叶うって書いてあるよ?」
「ふーん」
「うふふ、なんか七夕みたいだね」
どうせ市の町おこし的なものだろう。
こんなので願いが叶ったら苦労はしない。
でもまどかは「いいね、やろやろ!」と言った。
「へ? ちゃんと読んでよ。恋人同士って書いてあるじゃん」
「じゃあ今だけ私たち恋人同士ー」
まどかがわざとらしく腕を絡ませて身体を密着してくる。
僕はちょっとドギマギしてしまった。
「ほらほら、書いて書いて」
「えーと、何を書こう?」
「かけるの願いは?」
「いつまでも健康でいられますように」
「プーッ! ジジくさい」
クスクス笑うまどかにチョップを食らわす。
ジジくさいとは失敬な。
「まどかの願いは?」
「私はねー、クリスマスプレゼントをもらえますように」
「クリスマスプレゼント?」
「うん。かけるからの」
「僕からの?」
なにその願い。
「クリスマスプレゼントって、僕、まどかの欲しいものとか知らないんだけど……」
「えー、ショックー」
残念がってるようで残念がってない。
なんだこれ。
からかわれてるのか?
「それにお金とかあまり持ってないし」
「ほんと、かけるは鈍感なんだから」
「鈍感って……」
「じゃあ、私からクリスマスプレゼントするね」
そう言ってまどかは僕の頬にキスをしてきた。
「ふぁっ!?」
慌ててまどかを引き離す。
な、な、な、何を考えてるんだ彼女は。
いきなりすぎて困惑する僕にまどかは恥ずかしそうに言った。
「えへへ、数年ぶりのクリスマスプレゼント」
「数年ぶり……?」
「だって、かける。いつの間にかくれなくなっちゃったんだもん」
「いや、だって、ほっぺにチューだよ? いくらなんでも……」
「……私には世界で一番好きなプレゼントだったよ?」
「へ?」
ボンッとまどかの顔から煙が上がるのが見えた(気がした)
「と、とにかく! 私の願いはクリスマスプレゼントがもらえますようにってことで!」
「う、うん。じゃあそう書くよ」
僕はボックスの中から短冊を取り出すと、ペンで大きく「クリスマスプレゼントがもらえますように」と書いた。
「じゃあ、これを二人で取り付けますか」
「ちゃっちゃとね、ちゃっちゃと」
急に恥ずかしくなったのか、まどかがソワソワしながらそう言った。
僕らはなるべく木の高い場所に短冊を結び付けると、よくわからないけどパンパンと手を叩いてお参りした。こういう縁起をかつぐところが日本人らしい。
「さてと。遅くなっちゃったし、帰ろうか」
「うん。かける、今日はありがとうね。私のわがままに付き合ってくれて」
「ううん、いいよ。僕も楽しかったし」
「そう言ってくれるところが、かけるだよねー」
あははと笑うまどか。
そんな姿が昔の頃の彼女と重なった。
「ねえ、まどか」
「ん? なあに?」
振り向くまどかに僕は一歩踏み出してその頬にキスをした。
「!?!?!?!?」
バッと飛びのくまどか。
声にならないほど慌てふためいてるのがわかる。
僕自身もちょっとビックリしていた。
「ご、ごめん。えーと、クリスマスプレゼントもらったから僕も何かお返ししなきゃと思って……」
まずったかな? と思っていたら、まどかは僕がキスをした箇所に手を当てて「嬉しい」と言ってくれた。
「やっと、かけるからクリスマスプレゼントもらえた」
「いや、こんなのクリスマスプレゼントといえるかどうか……」
すると今度はまどかがまた僕の頬にキスをしてきた。
「ちょ、まどか?」
「えへへ、お返しのお返し」
「お返しのお返しって。また僕もお返ししなきゃじゃん」
永遠のループだ。
するとまどかはモジモジしながら言った。
「……だったら私、ほっぺ以外の場所にして欲しいな」
「へ?」
「く、くちびる……とか……」
ボンッと僕の顔から煙が出てるのが自分でもわかった。
「く、くちびる?」
「ダメ……かな?」
僕は思いっきり首を振った。
信じられない。
まさかまどかからそんなこと言われるなんて。
「私、かけるのこと、好きだから……」
モジモジしまくるまどかがいじらしい。
「僕だってまどかのこと……」
それ以上は言葉が出なかった。
僕は改めてまどかの正面に立った。
そして震えながら顔を真っ赤に染めている彼女の唇に唇を重ねた。
シャンシャン、シャンシャンとどこかで鈴の音が聞こえる。
駅前に立つ大きなクリスマスツリー。
ここに飾る願い事はどうやら本当に叶うらしい。
なぜなら僕は今までで最高のクリスマスプレゼントをもらえたのだから。
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