以心伝心

「ねえ、私が何を考えてるか当てて見て」


 休日の公園でデートを楽しんでると、ふいに彼女がそんなことを言ってきた。

 思いもかけない言葉に、僕はきょとんとした顔をしながら彼女を見つめる。


「何を考えているか?」

「そ。何を考えているか」


 何を言ってるんだ? と思った。

 そんなものわかりっこないじゃないか。

 大好きな彼女だけど、頭の中まで覗けるわけがない。


 けれども、彼女はそんな僕を面白そうに見つめながら言う。


「何を考えてるか当ててみて」と。


 なんて答えようか返答に詰まっていると、彼女がさらに言ってきた。


「私はわかるよ。たけるくんの考えてること」

「ははは、まさか」

「本当だよ」

「じゃあ、何を考えてるか答えて見てよ」


 言いながら僕はおどけて笑った。

 どうせ、わかりっこない。

 僕をからかってるだけだ。


 すると、彼女は言った。


「どうせ、わかりっこない」

「……は?」

「僕をからかってるだけだ」

「………」


 思わず言葉を失った。

 彼女は、僕がついさっきまで考えていたことを口にしたのだ。まるで心の内を読んだかのように。


「なんで……」

「なんでわかるの?」

「………」

「心が読めるの?」


 真夏の時期だというのに、背中が凍りつく。

 なんで、彼女は僕の心が読めるんだ?


 ポカンとしていると、彼女はくすりと笑った。


「怖がってる怖がってる」

「いや、だって、ほら……」

「たけるくんの考えてることはわかるよ。だって、彼女だもん」

「彼女だからって……わかるわけない」

「わかるよ。心から愛してれば」


 その言葉に、僕は心がズキンと痛んだ。

 それは裏を返せば彼女の心が読めない僕は心から彼女を愛していないということになる。


 僕の顔があまりにも青ざめていたからだろう、彼女は「じょうだん」と言ってほほ笑んだ。

 僕はそれを見てただただ笑うしかなかった。



 けれども、彼女の「僕の心が読める」という言葉には何か信憑性のようなものが感じられた。

 実際、彼女は僕が嫌がることをひとつもしなかったからだ。


 僕が少しでも

「あ、嫌だな」

 と思ったらすぐにそれをやめた。


 洋服選びも、食事選びも。


「これいいんじゃない?」


 そう言ってくる彼女に、僕が少しでも否定的な考えを持つと

「やっぱ、そうでもないね」

 と言って合わせてくる。


 一緒に歩いている時でも、僕が手汗をかいていて手をつなぎたくないなあと思っていたら、決して彼女はつなごうとしなかった。


 そう、彼女はことごとく僕の理想の行動をとっていた。


 もしかしたら僕の態度がわかりやすかったのかもしれない。

 顔に出やすいというのもあったのかもしれない。


 そう思うと、彼女が僕に気を使ってると思う回数は他のカップルよりも多い気がした。


「みゆきはさ」

「ん? なに?」

「その……僕といて、幸せ?」

「何言ってるの? 幸せに決まってるじゃん」

「無理して、僕に合わせてない?」


 その言葉に彼女は「あはは」と笑った。


「たけるくんは、本当に私の心が読めてないんだね」


 笑う彼女の顔は、少し寂しげでもあった。


「じゃあ、もう一回質問です」


 彼女は立ち止まって僕に言う。


「私は今、何を考えてるでしょう」

「……?」


 さっきと同じ質問がきた。

 今度はさっきの時とは違って、真剣な表情だ。

 さっきのように適当には答えられない。

 僕は彼女の顔を真剣に見つめた。


 きれいな肌、つぶらな瞳、切れ長の眉、細い顎。

 彼女は誰よりもきれいだった。

 世界で一番かわいい女性だと思えた。


 きゅっ。とみゆきの顔が赤く染まる。


 ああ、やっぱり。

 彼女は僕の心が読めてる。


「……読めてないよ」

「え? なに?」

「読めるわけないじゃん、心なんて。でも、考えてることくらいはわかるよ」

「そ、そう?」

「たけるくんは今、私の事を世界で一番かわいい女性だと思ってるでしょ」


 ギクリとした。

 確かにそう思った。


「じゃあ私は?」

「……?」

「私はなんて思ってる?」

「………あ」


 僕はこの時ようやく悟った。

 ああ、そうかと思った。

 思ったと同時に、何をバカなことを聞いてしまったんだと恥じてしまう。


「無理して、僕に合わせてない?」だなんて。


 彼女は僕の心など読んでいなかった。

 超能力者などではなかった。


「みゆきは僕の事を……世界で一番カッコいい男性だと思ってる」

「ふふ、正解」


 そう、彼女は……僕と同じなんだ。

 僕の考えてることは彼女の考えてることと同じで、彼女が考えてることは僕が考えてることと一緒なだけ。要するに、思考回路が一緒なんだ。

 心が読めているわけじゃない。


 ようやく気づいた僕に彼女はするりと腕を伸ばして手を握ってきた。

 ちょうど僕も手をつなぎたいと思っていたところだった。


「私はたけるくんに合わせてるんじゃない。私の思ってることが、ことごとくたけるくんの思ってることと一緒なだけ」

「似た者同士ってことだね」

「そうとも言うけど……もっと素敵な表現があるよ?」

「なに?」


 彼女は僕の顔を見てニコッと笑った。


「以心伝心」


 なぜかその瞬間だけ、僕は彼女の心が読めた気がした。

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