好きです、改めまして
僕の彼女は、誰もが羨む完璧な女性だ。
可憐で清楚でおしとやかで、優しくて賢くて運動神経抜群で。
背が高く、キリッとした顔立ちでモデルでも通用しそうな体型をしている。
道行く人が振り返るほどの美貌の持ち主であり、僕の通う大学のミス・キャンパスに2年連続で選ばれている。
そんな彼女が恋人だというのだから僕は鼻が高い。
いや、訂正しよう。
実を言うと、肩身が狭い。
彼女と手を組んで歩くと、必ず感じるのだ。
「ええ、あんなのがカレシ?」
という疑惑の視線を。
「なに、あの不釣り合い感」といった目で、いつも見られてしまう。
わかっている、わかってはいるんだ。
僕と彼女は、“外見上は”まったくお似合いのカップルではないと。
月とすっぽん、女神とミジンコ、高級サーロインと生ゴミぐらいの差があると。
服装のセンスだってそうだ。
彼女はまるで雑誌のお手本のような流行を取り入れたファッションセンスを発揮しているけれど、僕は毎回黒のジャージ。しかも上下おそろいの安いやつ。
だって着心地が良くて動きやすいんだからしょうがない。変にカッコつけたくないし。
だから、デートの時はいつもこの格好だ。
さすがに遠出の時は選ぶけど、それでも安っぽいジーンズに白いTシャツという無難な選択しかできない。これが無難かどうかもわからないけれど。
でも、彼女は言う。
「わたしはヨシくんのそんななんにも飾らないところが好きよ」
僕はその言葉を聞くと、ニヤけてしまう。
デレデレと甘えるような顔を見せてしまう。
だからお返しに言ってやるのだ。
「僕も、ナオのそんな優しいところが大好きだよ」と。
顔を真っ赤にしてうつ向くその姿のなんと可愛いことか。
僕はそんな彼女が好きでたまらない。
でも、僕はいつもたまらなく不安になる。
こんなに完璧なナオの彼氏でいることに。
彼女にとって、もっとふさわしい相手がいるのではないかと。
僕なんかでいいのだろうかと。
いや、実際僕なんかよりも数段オシャレでカッコいい男が何人も声をかけてくる。しかも、一緒に手をつないで歩いている僕の前でだ。
明らかにレベルが高く、教養もありそうな彼らを前にすると僕はどうしても腰が引けてしまう。
しかし、彼女はそんな僕を勇気づけるかのようにいつもこう言う。
「わたし彼以外、好きになりませんので」
それが本音とはどうしても思えないのだけれど、そんなセリフを聞けばたいていの男はあきらめて去っていく。
でも、中にはあきらめの悪いやつも何人かいて。
一度、聖女のようなナオがキレたことがある。
長身イケメンの金髪男に
「そんなイモ男のどこがいいんだ」
と言われたからだ。
正直、僕は「おっしゃる通り」と思ったのだが、彼女は鬼のような形相で相手を睨み付けた。
「あなた何様ですか! 彼のことをよくわかってもいないのに勝手にイモ男呼ばわりするなんて。彼をイモ男と決めつけるあなたのほうがイモです! その辺に転がった、腐ったイモです! 彼に謝ってください。土下座して謝罪してください。いますぐ! 即刻!」
眉間にしわを寄せるその姿が妙に恐ろしくて、相手の男は唖然とし、逆に僕のほうが怒り心頭の彼女の手を引いて逃げ出すほどだった。
街の人混みをかき分けながら誰もいない路地裏に駆け込むと、僕は怒りで涙目になっているナオに「ごめんね」と謝った。
彼女は泣きながら
「なんでヨシくんが謝るの?」
と言ってくれたのだが、やっぱり僕が不釣り合いだから彼女を傷つけてしまったことに変わりはない。
ナオはどうして僕を選んだんだろう。
どうして僕なんだろう。
思えば、彼女とは小学校からの付き合いだった。
当時はご近所づきあいという間柄でしかなかったが、同じ中学、同じ高校と進み、東京の大学で一緒になって初めてお互いに意識し合うようになった。
「付き合いたい」と言い出したのは、彼女だった。
同郷で幼馴染ということもあり、住んでいるアパートは別々だったけど慣れない東京生活を二人で過ごして行くうちに恋が芽生えたらしい。
らしいというのも憶測にすぎないけれど。
僕はといえば、小学校の頃から高嶺の花だった彼女が好きだった。
だからナオが恋人になった時、僕は死んでもいいくらいに嬉しかった。
しかし、今になって思う。
僕と付き合っている彼女は、不幸なんじゃないかと。
僕はダサいし、気が利かないし、どんくさいし、要領が悪いし。
いいところなど一つもない。
彼女は、僕でよかったのだろうか。
僕で幸せなのだろうか。
いつも、不安でしょうがない。
「ねえ、食べてる?」
ナオの言葉に、ハッと我に返った。
目の前には、山盛りに盛られた牛丼が置かれている。
デートのランチで「牛丼が食べたい」と言った僕の要望に、彼女が応えてくれたのだ。
誰もが目を引く美女を引き連れて、向かった先が牛丼屋。僕のセンスのなさがうかがえる。
でも、ナオはそんなことお構いなしに
「一度、こういうところに来てみたかったの」
と喜んでいた。
「ごめん、ダイエットとかしてたんじゃないの?」
気の利かない僕に対して、ナオは言う。
「ダイエットなんてしてないよ。むしろお腹ぺこぺこでお肉食べたかった気分」
こういう気遣いができるところが、彼女のすごいところだ。
僕には決して真似ができない。
でも、おいしそうにつゆだくの牛丼を食べる彼女を見て、僕のお腹も「ぎゅるる」と鳴った。
「ふふ、ヨシくんのお腹も食べ物ちょうだいって言ってるよ。はやく送ってあげなきゃ」
「うん、そうだね」
ナオの言い回しがおかしくて、僕は笑いながら箸をとった。
「よし、食べるぞ」
僕はそう言って一気にがっついた。
ナオはそんな僕の汚い食べ方を眺めながら
「よし、わたしも」
と言って僕の真似をしはじめる。
ふたりで牛丼をがっつく姿に、まわりの客たちから怪訝な顔を向けられた。
それに気づいた僕らは、モグモグと口を動かしながらお互いに笑った。
そうだ。今は考えるのはよそう。
僕には最高の彼女がいる、それだけでじゅうぶんだ。
その日のデートは、当たり障りのない一日だった。
ぶらぶらと街を歩いて、ウインドウショッピングを楽しみ、カフェで小腹を満たしたら、近くのゲームセンターでUFOキャッチャーに興じた。
何気ない日常の一コマ。
けれども、僕にはどうしても彼女が楽しんでるとは思えなかった。
時たま、すごく悲しそうな顔をしていたからだ。
怒っているわけでもない、泣いているわけでもない。
たまに寂しそうな顔をしていた。
やっぱり、僕じゃダメなんだ。
僕じゃ、彼女を幸せになんてしてやれない。
そう思った。
「ねえ、ヨシくん」
その日の夕方、沈んでいく夕日が見える公園の展望デッキで僕らがベンチに腰かけていると、ナオは思いつめたような表情で言った。
「な、なに?」
つい別れ話かと思い、緊張する。
正直、別れたくない気持ちでいっぱいだったけど、仕方ないと思った。
僕は彼女には相応しくない。
ナオは少しためらいがちに言った。
「私、ヨシくんの彼女のままでいいのかな」
僕の緊張感が一気に高まる。
やっぱり別れ話だ。
僕は胸に手を当てて高鳴る鼓動をおさえつけた。
「ど、どういうこと?」
わかってはいるけど、聞かずにはいられなかった。
ナオは僕と別れたがっている。
当然だと僕は思うし、そのほうがナオにとって幸せだとも思った。
けれども、彼女の口から出た言葉は僕の予想とはまったく違っていた。
「もしかしたら私、ヨシくんの重荷になってない?」
「お、重荷……?」
「いつもヨシくんに迷惑をかけて。ヨシくんに負担をかけて。今日だって、なんだか思いつめたような顔をしてたし。もしかして、私……邪魔かな?」
そう言って涙目になっていくナオの姿に、僕は頭の中が真っ白になっていった。
「そ、そんなこと……」
ないよ、と言おうとした途端、ナオの目からボロボロと涙が零れ落ちていった。
その姿に、愕然とする。
「ヨシくん、ごめんね。ごめんね……。いたらない彼女で……」
どんくさい僕でも、さすがに気がついた。
なんてことだ。
彼女は不安だったんだ。
僕が距離をとろうとしていることで、嫌っていると思っていたんだ。
疎ましく思っていると感じていたんだ。
僕は慌てて首を振った。
「ご、誤解だよ! ぜんぜんそんなことないよ!」
「本当に?」
「本当だよ」
気が付けば、ナオの顔が涙と鼻水でくしゃくしゃになっている。せっかくのきれいな顔が台無しだ。けれども、そんな彼女が僕にはすごく可愛く見えた。
「私、ヨシくんが好き。大好き。でも、ヨシくん優しいから無理して付き合ってるんじゃないかって」
「ナオ……」
僕は、自分で自分の頬を引っ叩きたくなった。
なんて思い違いをしていたんだろう。
彼女が不幸せだなんて。
僕が彼女に相応しくないだなんて。
そんなの、僕の勝手な妄想にすぎなかったのに。
僕は最低な男だ。
彼女を深く傷つけてしまった。
僕は飛び跳ねるようにベンチから立ち上がると、スッとナオの正面に立った。
頭の悪い僕でもわかる。
ここはちゃんと言うべきだと。
ちゃんと想いを伝えるべきだと。
僕はナオの「彼氏」なんだから。
「ごめん、ナオ。本当にごめん。僕のほうこそ、君が無理して付き合ってると勝手に思いこんでいた。僕のような男は似合わないと自分で勝手に決めつけていた。本当にごめん。心から謝るよ」
「ヨシくん……」
きょとんとする彼女に、僕は手を差し出して頭を下げた。
「改めて言います。僕はナオが好きです。心から愛しています。世界中の誰よりも大好きです。こんな僕でよろしければ、付き合ってください。お願いします」
突然の告白に、彼女は戸惑った顔を見せていた。
唖然とした顔で口をパクパクあけている。
でも、今の僕にできるのはこれで精一杯だった。
大好きなナオに対する、精一杯の愛の告白。
これしか、僕には思いつかなかった。
あとは……。
あとは、ナオの返事を待つだけだ。
けれども、ナオは何も言ってこなかった。
唖然としたまま僕を見つめ続けていた。
「ダメ……かな?」
なにも言ってこなくて、ちょっぴり自信をなくしかけた時、彼女はふっと笑った。
「ダメなわけないじゃない」
そう言って、差し出す僕の手を握る。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
そう言って立ち上がると、僕の胸に飛び込んできた。
思わずよろけて倒れそうになるのを、踏ん張って受け止める。
胸に抱きつくナオの甘い香りが鼻腔をついた。
彼女のぬくもりが、息づかいが、全身に感じられた。
歓喜が僕の身体をつきぬける。
ナオ。
僕の大好きなナオ。
君が幸せなら、それでいい。ずっとそばにいてあげよう。
ずっと。
ずっと。
僕はそう心に決めた──。
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