ピアレスセイバー イクスザラ

櫻井 蓮

0話 止められるのは僕だけだ

 ある秋の日の深夜、都内のコンテナターミナルで一人の青年が小型の機械と測定器のような物を持ち、歩いては止まり、また歩き出しては立ち止まって、その度に手にしている機械と測定器を見つめる。その青年は山海紫夜さんかい しや。東京学院大学の工学部の二年生である。

 彼が手にしている機械は紫夜自身で作り出した無線発信機であり、無線発信機が発している電波がどんな場所や天候によって伝わりやすくなったり、伝わりにくくなるのかフィールドワーク調査を行っていた。彼は大学内のサークル、工学研究会に所属している。そこでは各々が関心のある工学分野にまつわる研究を行い、自身の研究を発表してディスカッションを行い、互いに互いを高めあっていく。人によっては発明品を開発する者までおり、紫夜もその一人で、今の彼は電波の発信に関心がある。彼は自作で無線発信機を開発、様々な周波数の電波を多くのシチュエーションでその電波の伝わりやすさを研究しており、最終的には自身の研究成果が、災害現場などの非常事態でもラジオやワンセグがより円滑かつ途切れることなく視聴できることに貢献できればいいなくらいに彼は考えていた。

 紫夜は無線発信機から正常に電波が発信されているのを確認しつつ、計測器を見てその数値などをスマートフォンのメモアプリに記録していた。

(電波Eはコンテナなどの遮蔽物の影響を受けにくい感じだな。なんとなく固有性はわかってきた。よし、後はあっちのコンテナの近くで測定して終わりかな)

 計測後も電波を発して続けている発信機とその電波を計測し続けている測定器を手にしながら少し離れたコンテナに近づいたそのとき、


「おい! 止まれ‼!」

 何やら荒げた声が聞こえてきた。紫夜はとっさにそのコンテナの裏に隠れる。

「止まれ‼」

 再び荒げた声が聞こえてくると同時に、銃声が聞こえる。その銃声に続いて、何発もの銃声が聞こえ、金属に何かが当たる音も聞こえてくる。

(え、これって銃声だよね・・・。もしかして何かヤバいことが起きてるの・・・?)

 恐る恐る紫夜はコンテナの裏から少しだけその光景を覗く。

 紫夜が見た光景は、警察官十名程が、二メートルほどの人型で二足歩行の武骨な銀色のボディのロボットに対して銃を何発も撃ち、そのロボットの頑丈なボディが銃弾を弾く姿。ロボットは銃弾を弾きながら、警察の方へ歩み寄っていた。紫夜はこれが現実で起きている出来事なのかと動揺する。まるでマンガや映画の世界の光景だと。

(なにあれ・・・。でも、ここにいちゃ絶対ヤバい・・・!)

 その光景を見て、一瞬で明らかにこの場にいることへの危機感を感じた紫夜は急いでその場から走り去る。とにかく巻き込まれないように後ろを向かずにひたすら走った。今見たことは絶対に一般市民が見てはいけないものだと思った。もしあの場に留まっていたら、巻き込まれて、最悪ロボットに襲われるかもしれない、警察の銃の流れ弾で命を落とすかもしれない、もしかしたら警察の極秘任務でその光景を見たことで連行されるかもしれない、そんな不安や恐怖を紫夜は抱えながら、先ほどの場所から遠ざかるよう全力で走った。


(ここまで来れば大丈夫だよね・・・)

 紫夜は走り始めて三十メートルほどでのところで、走る速度を落とし始める。

 そのとき、後ろから大きな爆発音が聞こえきた。聞こえた方角からして、さっきの警察やロボットがいたところだ。彼は決して振り向かないようにしていた後ろを反射的に振り向く。先ほどまで警察とロボットがいた場所には大きな火柱が立ち上がるとともに黒いモクモクとした煙が広がっていた。何が起きたのか理解出来ず、紫夜はその場で思考と足を止め、その火柱と煙を呆然と見ていた。

(爆発・・・? しかも結構派手に・・・)  

 すると、すぐ近くのコンテナの奥から、近くからウィーンと何か機械の動く音がする。

(え、まさか・・・)

 嫌な予感がしながらも紫夜は機械が動く音の正体を確認するため、そのコンテナの裏から少し顔を覗かせる。彼が見たのは先ほど遭遇した人型ロボット。そのロボットは頭部を動かし、紫夜が裏にいるコンテナを含めた周囲を見回しているようだった。

(マジか、マジか・・・。もう一体いたのか。やばい・・・。逃げなきゃ‼)

 物音を立てずにこっそりとその場から立ち去ることを紫夜は考え、走り出す。

 そのとき、紫夜が走り出したはずみで持っていた稼働中の無線発信機のレバーが動いてしまった。動いたレバーは発信している電波を切り替えるためのもので、最悪のことに切り替えた瞬間にブザーが鳴る仕様となっていた。ピーッという音を無線発信機が周囲に響かせてしまう。

 そのブザー音が鳴り終わると、ウィーン、ウィーンというロボットの動く音が近づいてくることに彼は気づく。周囲を見渡していた様子のロボットはそのブザー音に反応したのか、裏に紫夜のいるコンテナの方に向かって近づいてきたのだろう。

(ヤバいヤバいヤバい・・・! 絶対終わった・・・)

 紫夜は絶望感に襲われて足がすくんでしまい、頭が真っ白になってしまった。逃げようという気持ちも逃げる力も湧かなかった。

 そのときだった。ロボットからピピピッという音が聞こえた。


 その音が鳴り止む。すると、ロボットはピーッという音を立てる。それと同時にロボットは爆発した。爆発から巨大な炎が湧きだす。紫夜は爆発の音が聞こえた瞬間、とっさに頭を抱えてその場にかがみこんだ。幸い爆発したロボットとはコンテナを挟んでいた場所にいた紫夜はその爆発の炎に飲み込まれることはなかったものの、紫夜はその爆風によって吹き飛ばされてコンクリートの地面に叩きつけられ、体に金属の破片が当たるのを感じた。

(収まったよね・・・。僕、生きているよね)

 彼はその場から立ち上がる。体の所々が痛い。この場から逃げても大丈夫かを確認するため、紫夜は恐る恐る隠れていたコンテナの裏から爆発のあった場所を覗く。

 すると、そこはとにかく巨大な炎が立ち込めていた。爆発したとロボットは粉々になり、そのパーツは周囲に転がっていた。周囲にあるコンテナは散らばったパーツによって穴が開いていたり、爆発によって一部が燃えている。

(え、なにこれ。しゃがまなかったら、こんなホントに死んでたかも・・・)

 爆発の起きた場所を呆然と見ていた紫夜は、ふと先ほどの警察官がロボットに発砲していた場面を思い出す。

(こんな激しい爆発、さっきの警察の人たちがいた場所でも起きたんだよね・・・。でも、警察だし大丈夫だよね・・・!)

 だが、別に思考が彼の頭に浮かび上がる。

(もしかしたら、みんな逃げききれなくて怪我して動けないかもしれない・・・。だとしたら、一応見に行った方がいいよね。救急車呼んだりとかしなきゃいけないかもしれないし)

 そう思った紫夜は警察官がロボットに対し銃撃を行っていた場所に向かう。


 紫夜は最初の爆発が起きた場所のすぐそばに来たものの、人の声が全く聞こえない。嫌な予感がする。

(いやいや、だって警察だよ。みんな訓練されてるからちゃんと無事だったり、軽症で済んでるよ)

 自分にそう言い聞かせる。近くにあるコンテナの奥からモクモクと煙が立ち込め、巨大な炎が見えた。そのコンテナの裏から爆発のあった場所を見ることが出来そうで、紫夜はそのコンテナの裏から少し顔を覗かせた。彼はその光景を見て絶句する。


 目にした光景は二回目の爆発現場と同様かそれ以上に無残なものだった。激しく燃える巨大な炎。周囲にはすら木端微塵になったロボットのパーツ、警察官たちが手にしていた銃や帽子が散らばっていた。そして、周囲には人の姿が全く見られない。

(え、待って・・・。嘘でしょ・・・)

 彼は何度も周囲に確認するが、警察官の姿は誰一人見当たらない。

(え、待って待って・・・)

 紫夜は思考がまとまらずパニックになる。そのまま彼は過呼吸を引き起こす。とにかく自分を落ち着かせようと必死になった。

(とにかく落ち着け! 大丈夫だ!)

 過呼吸を抑えようと息を止め、何度もそう自分に言い聞かせる。

(大丈夫、大丈夫。皆生きてるよ・・・。皆逃げたから誰もいないんだ。もう終わったんだし、帰ろう・・・)

 紫夜は走るようにその場から離れ、そのままコンテナターミナルを出る。



 コンテナターミナルを出た紫夜は、自分の部屋があるアパートに向かって歩いていた。彼はどうしても先ほど巻き込まれた爆発のことが頭から離れずにいる。

(あれは警察の人たちみんな大丈夫だったんだって! とにかく別のこと考えないと)

 そう自分に言い聞かせている帰路の途中に、コンビニが目に入る。

(まぁ、なんか適当に食べ物でも買って食べれば、忘れるよね)

 そう思った紫夜はコンビニで買い物をするために、背負っていたリュックサックを地面に下ろし、中から財布を取り出そうとする。リュックサックの中を開けると、真っ先に稼働中の無線発信機を目に入った。

(あ、そういえばずっと点けっぱなしだった。そうだったそうだった。あのとき、こいつのレバーをつい動かして、ブザーが鳴ったときには死ぬかと思ったよ。)

 そう思い、紫夜は無線発信機を取り出したが、あることに気づく。

(そういえば、ブザーが鳴ったことしか頭になかったけど、あのとき電波Eから電波Fに切り替わったんだよね。爆発するまで電波E出しっぱなしで・・・ん?)

 紫夜の頭に何かが引っかかった。

(この無線機から出る電波が届く範囲は長くても半径三十メートル以内。最初の爆発が起きた場所から三十メートルくらい逃げたら爆発が起きたよね・・・。レバーを切り替えて電波Eが出なくなった瞬間に二回目の爆発が起きた・・・)

 彼は閃いたように思いつく。

(まさか、まさかね。電波Eがあのロボットの爆発を妨害してたなんて・・・。ありえない)

 彼は無線発信機の電源を切ると、それをリュックサックにしまい、財布を取り出して、コンビニに向かう。



 次の日の朝、紫夜はテレビを点けてニュース番組にチャンネルを変えると、

『昨夜、都内のコンテナターミナルで爆発があり、警察官十二人が巻き込まれ全員が死亡しました。爆発の原因は現在調査を進めているところで、警視庁は―――』

(え、嘘だ・・・)

 彼はスマートフォンでたくさんのニュースサイトを巡り始める。テレビで見たニュースが言っていた爆発の起きた場所を調べるが、爆発した場所はどこのニュースサイトも見ても、昨夜彼のいたあのコンテナターミナルで間違いなかった。

(じゃあ、あの警察の人たちみんな逃げられたんじゃなくて、死んだの・・・?)

 紫夜はその場で膝から崩れ落ちる。会話どころか顔も合わせたことの無い警察官たちの姿が頭に浮かぶ。彼らが全員亡くなったであろう事実を受け入れず、胸が苦しくなる。

(そんな・・・。でも、自分はただそこを通り過ぎただけなんだ。別に僕が苦しむ要素なんてどこにも・・・)

 それでも、彼はしばらく胸の苦しみが消えなかった。



 それから約一か月後、紫夜が朝、ニュース番組を見ていると、

『昨夜、都内の工場で爆発があり、警察官十人が巻き込まれ全員が死亡しました。爆発の原因は現在調査を進めているところで、警視庁は―――』

 というニュースが流れてくる。同時に爆発のあった現場の映像が流れてくる中で彼はあるものを見つけ、驚きを禁じ得なかった。それは先月コンテナターミナルで見かけた人型ロボットのパーツ。

(え、まさかあのロボットの自爆? いや、そんなわけ。それに十人もの警察の人が亡くなってるなんて・・・)

 そのとき、紫夜の頭には先月コンテナターミナルで見かけた警察官たちの姿が浮かんでくる。

(だから、関係ないんだって・・・。関係あってもどうしろっていうんだ!)

 彼はそう強く自分に言い聞かせたとき、同時にあるものが頭に浮かぶ。それはコンテナターミナルで運用していた無線発信機。紫夜は部屋の押入れから、その無線発信機を取り出す。

(もしだよ。もし! 電波Eがあのロボットの爆発を止められるなら、警察にこのことを伝えた方がいいよね。でも、こんな話信じてもらえるのか・・・? それ以前にあのロボットの爆発を目撃していることを警察に話して大丈夫なのか・・・。下手したら、捕まるんじゃ・・・)

 そう考えて、何か諦めのようなものを感じた紫夜は、取り出した無線発信機を押し入れにしまう。



 それからさらに約一か月後、紫夜が朝のニュース番組を見ていると、

『昨夜、都内の銀行で爆発があり、警察官十一人が巻き込まれ全員が死亡しました。爆発の原因は現在調査を進めているところで、警視庁は―――』

 というニュースを目にして、もしやと思い、スマートフォンでニュースサイトを巡る。その中でテレビで見た爆発のあった銀行の今の写真を見つけ出し、またあのロボットのパーツと思わしきものを目にする。

(またあのロボットの爆発のせいなの・・・。今度は十一人も亡くなって・・・)

 紫夜は胸が苦しくなる。関係ないことだとわかっている。知らない人の死なんてどうでもいいと思い込んでも苦しみは消えない。だが、同時にある考えが浮かんでくる。

(もしあの電波でロボットの爆発が止められるなら、それで亡くなった人たちが助けられたんじゃないのか・・・。でも、警察に伝えても・・・)



 またさらに一か月後、紫夜がスマートフォンでニュースサイトを見ていると、あるニュースが目に飛び込んでくる。

『昨夜、都内の宝石店で爆発があり、警察官十人が巻き込まれ全員が死亡しました。爆発の原因は現在調査を進めているところで、警視庁は―――』

 そのニュースに添付されている現場検証の写真を見ると、またあのロボットのパーツが映り込んでいた。

(あのロボットのせいでたくさんの警察の人が亡くなってる。これで何度目だ。多分これからもまた起きる。それでまた人が死ぬ・・・)

 彼は胸が苦しくなるのを感じる。それと同時にあることを考える。

(警察に頼れないなら、僕がやるしかないのか・・・)



 三月になったある日の深夜。都内の港で人型の二足歩行の武骨なロボットが何処かへ向かって歩いている。そこに背後から何者かが襲い掛かってきた。ロボットは手足を動かして必死に抵抗するものの、次第にバラバラに解体されていく。ロボットから完全に動く音が聞こえなくなると、ロボットを襲った者はすぐにその場から立ち去る。その者は全身に黒色の鳥の意匠が施された金属製のアーマーを身に纏っていた。

(これで誰も死なない・・・)


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