第2話「友人と胸中」

「あ、そういえばさ」


 立ち止まり、振り向いてから健斗が僕に話しかける。


「何? またあほなこと思いついたの?」


「またって俺たぶんまだ三回くらいしか思いついてないぞ」


「毎日三回でも充分すぎるよ……」


 バスケも終わり(裕大は体育館についてすぐに健斗の餌食になった)何故か二回連続でボール当番にさせられた僕に、健斗がそう言って指を立てる。そのままその指をぐるぐるとまわしながら僕に近づけてきたので、のけぞりながら悪態をつくが、気持ち悪いくらいにニヤついた笑みをやめるつもりはないらしく困惑する。

 裕大程ではないが、僕も意外と健人の道楽の対象に入っているのかもしれない。


「本当になんなの。碌なことじゃなさそうだけど」


「おいおい。小学生からの仲なのに、俺の思ってることもわからないのか?」


「小学生からの仲だからだよ」


 僕の肩を叩く手を強引に払い、一応続きを促す。健斗のこういう表情は、大抵面白がってる時しかないのだ。それこそ裕大の時のように。

 まるで信じてない僕の表情に若干不満げな健斗だが「まあいいや」と話を続ける。


「お前と同じ委員会の茅野っているじゃん?」


「ああ、健斗と同じクラスの。わかるよ? 昨日も話したし。それが?」


 僕は茅野――茅野有紗のことを思い浮かべる。整った顔立ちに、温和な性格、話してて評するなら「理想の女の子」だ……あぁ、なるほど。

 健斗の言いたいことが大体――というよりほぼ確信するくらいにわかった。下世話な彼らしい思考回路だと悲しくなる。


「それがさ、なんか放課後に話があるからクラスで待っててだってよ! おいおい、俺より先に彼女ができるなんて聞いてないぞ? 色男だなぁ。あんなかわいい子に好かれるなんて」


 首に腕をまわし、ウリウリと小突いてくる。暖かい体温を感じとりつつも、心と目が急激に冷えていった僕は健人の首に腕を回すことなく、むしろ腕から抜け出す。身長は健斗のほうが少し高いので、楽々と抜け出せた。この行動に健斗は肩透かしを食らったようで、口をとがらせ僕を非難する。


「おい、嬉しくないのかよ」


「どちらかというと健斗の脳内が恋愛パラダイスなままなことに失望してるよ。そういう話なわけないだろ?」


「なんでだよ。完全に告白の流れだろ」


 心外だと言わんばかりな顔をする健斗に冷えた目を向け続けるが、依然として健斗は不服そうな顔のままだ。

 中学生のころからそうだが、健斗は恋愛話となるとハイエナみたいだ。裕大の初恋も、応援半分茶化し半分という始末。その性格のせいか、顔はいいし運動神経もあるのにとにかくモテない。そういう性格さえ直せばモテるのにという言葉は、女子が彼を評するときに何千と聞いてきた彼への失望だ。


「あのなぁ、まず大前提としてそれが本当だとして、なんでお前に伝えるんだよ。連絡先は持ってるんだし、それで僕に言えばいいじゃんか」


「あ、持ってんの?」


「委員会一緒なのは健斗も知ってるでしょ。今言ったばかりじゃん。むしろわざわざ健斗に言うほうが絶対緊張するって。ただでさえ恋愛脳だって言われてるんだし」


 空気を入れたばかりのボールを下駄箱の上に置き、完全に冷めていることを示した僕に、健斗は複雑そうな表情だ。大方僕に先越されなかったことへの喜びと、付き合ったとしてそれをネタにできないもどかしさで入り乱れているのだろう。控えめに言ってクソ野郎だなと思う。友人の喜ぶことは一緒に共有してほしいものだが。


「じゃあなんだってんだよ。委員会についての話ならそれこそ俺に言わなくてもいいじゃんか」


「いや……まぁ確かにそっか。じゃあなんなんだろうね? 本当に」


「知らねぇよ。でも、もし付き合ってとか言われたらOKするだろ? あんな性格良くて可愛いんだし」


「そりゃあ、普通に考えたら付き合いたいよね」


「だよなぁ」とうなだれる健斗だが、健斗も同じ状況ならそうするだろう。それが普通だ。茅野レベルの女子なら密かに狙ってる奴なんて何人もいるだろう。

 その中でも僕は彼女と仲が良い方だとは思う。

 だが、はっきり言うと期待はしていない。クラスも違うなら部活も違う。僕はバスケ部なのだが、彼女は軽音楽部だ。委員会では確かに仲良くはしてるが、ショックは小さいに越したことない。


 そんな風に誰にも向けていない言い訳をしている僕に、


「なんだかんだ期待はしてるよなお前。てか好きだろ実際。割とバスケ部のやつらはそう思ってるよ。とにかく、俺の前ではかっこつけなくていいんだぜ?」


 真っ向から健斗が否定してきたものだから、僕は一瞬目を見開いて健斗の顔を見てしまった。本音を見透かされたような気がして、焦りがばれないよう僕はあくまで冷静を装う。


「……かっこつけてたのは認めるけどキモイなそれ」


 肩を抱き寄せサムズアップする健斗。今度はホールド力も相まって抜け出しにくい。階段を上ってるのに危ないと思わないのか。トントンと腕を叩いても緩める気はないようなので、とりあえず噛みつけるくらい近い位置にあるサムズアップを押さえつける。


「ええ。別にいいだろ応援してるってことだぜ?」


「はいはい」


 正直、内心を言い当てられたようでドキリとしたが、健斗はカマをかけた様で本気にはしてないらしい。ホールドに抗うのは諦めて、ともかく別の話題になるよう興味を示さない態度を続ける。


 かっこつけてしまったが、事実僕は茅野のことが好きなんだと思う。好きという感情はいまだによくわからないが、彼女がいると自然と目で追ってしまうのは、そういうことなのだと思う。

 委員会でも、彼女と話すときはテンションが上がってしまう。うん、やっぱり僕は彼女が好きなんだろう。


 しかしそんな話を健斗にするのは御免だ。いいネタとして取り扱われるのがオチだろう。裕大の二の舞になってしまう。

 そんな僕の胸中に、健斗は一瞥もくれないようで、


「あ、俺この上だ。じゃあとりあえず、お前が告られて付き合うに賭けとくから、当たったら駅そばのステーキ奢れよな。それじゃ!」


「あ! おいちょっと待てって」


「結果報告待ってるぜー!」


 僕の静止も振り切り、健斗は階段を駆け上がっていく。今日すでに何度も見たいたずらっ子のような笑みに、僕は呆れてしまう。

 そうだ、健人はこういうやつなんだ。


「せめてそれなら僕が奢られるべき立場だろ……」


 健斗の性格を再確認したところでつい出てしまった僕のぼやきは、ちょうど同時に鳴ったチャイムにかき消されてしまった。

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