うらかぜ

百々面歌留多

うらかぜ

薄暗い浜辺に立っていると、浦風がすっとやってくる。わたしの正面から通り過ぎていき、どこかへ去っていく。


防風林のざわめきは一瞬わき立つけれど、すぐにシンと静まり返ってしまう。

刺激がないから、いけないんだ。


さざ波は打ち寄せながら、白い巻物を作る。つけた足跡も何度か洗われると消え去ってしまうものだから、行ったり来たりしなくてはいけなかった。


沖合に見える船舶の灯りは、闇が深まるごとに、いっそう存在感を増していく。

この海の向こうには何があるのだろう。


わたしの知らない世界があるのなら、誰か連れていってほしい。地に足のついた今よりずっと素敵なことがあるに決まっている。


背後からけたたましいクラクションが鳴り響いた。


飛びかけていた魂が自分の体に引っ込んでしまった。砂を蹴って諫めたものの、跡はすぐに失せていく。


――せっかくいい感じだったのに。


内心の揺らぎを口に出したところで、何が変わるというのだろう。せっかく誰もいないところに来たのに、まさか音に邪魔されるなんて思わなかった。


運転手が短気でへたくそなのか、相手が無神経のクズなのか、ここからでは想像することしかできないわけで、だから余計にムカムカする。


――でも平気。


凝り固まったものも、さざ波の音色を聞いているうちに、だんだんほぐれてくる。どんなヒーリングミュージックよりも、わたしにとっては効果的だ。


昔から音楽はわたしを救ってくれない世間に氾濫するほとんどが、根っこの部分では響いてくれなかったし、代弁もしてくれなかった。


自分が調和できるのは自然の音色だけ。どこにでもあるはずなのに、どこにもないものでもあった。


鴉の鳴き声はかまわない。彼らは勝手に鳴くだけだもの。でも人の出す音は違う。どんな声も、音も、どこか無神経で、圧迫感があって、それに勝手に近づいてくる。


誰かの楽しげな笑い声も、快調に揃う足音も、みんな人工物だ。食器をガチャガチャと洗う音も、床を突き抜けてくる鼻歌も、みんなみんな、わたしの気持ちを掻きむしるだけの力を秘めている。


きっと人の生み出す音に、わたしが愛されていないからなのだろう。


ポケットの中で震える携帯電話を取り出した。お母さんは憤然とした声色で、わたしの帰宅を促してきた。


砂浜にそろえた靴を履き直し、投げ出していた鞄を拾いあげ、振り返っては風の到来を待ちわびた。だが今日ではないのだと、告げられているのだと思い、今日は大人しく陸へと戻るだけであった。

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うらかぜ 百々面歌留多 @nishituzura

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