林檎
百々面歌留多
林檎
林檎が机の上にあった。
お昼ごろ、そそくさとやってきた女の子は机の上の赤いものを見つけて、手に取った。ずっしりと中身の詰まっていたものだから、台所へと持って行った。
果物ナイフを取り出して、いざ切ろうとしたとき、思わず手を停めた。本当に切ってしまって大丈夫なのだろうか――お母さんが鬼にならないか。
でももし上手に切ることができれば、きっと褒めてくれるはずだ。お母さんの笑顔を想像したら、頭の中の心配がほんの少しだけ消え去った。
まな板にのせて、猫の手でおさえつけ、静かに角度に狙いをつける。ここだと思ったところで、一気に力をこめると、鉄の刃は抵抗もなくめり込んでいった。
真っ二つに割ったあと、同じように四等分にして、さらに八等分にした。全てを切り分けたあとには一度指をすすいで、皮を剥いた。
一個、二個、初めは余分に削ってしまったが、回数を重ねるごとに形を整えていった。七個目に差し掛かったところで、不意に手を滑らした。
刃が指に引っかかり、唐突な刺激を生み出した。染みるような痛みとともに果肉は染まっていった。
赤色がにじみながら広がっていくのを女の子は呆然と見つめていたが、唐突に林檎を落としてしまった。
手を洗い、ティッシュで患部を押さえつけると、直ちに戸棚を漁った。見つけた箱から消毒液と絆創膏を取り出した。
消毒液の滴が傷口を洗ったとき、ツンとした痛みが生まれた。片目を閉じて、歯を食いしばるのは痛いときのくせだ。
止血したあとは絆創膏で傷を隠したものの、女の子はふと台所を見た。途中の林檎と果物ナイフと、痛みの液を吸ったまな板。
すぐさま片づけに取り掛かる。果物ナイフとまな板を洗い、林檎をお皿に並べた。染まった林檎は洗ってはみたものの、一度流し台に落ちてしまったので、処分することにした。
机の上に林檎のお皿を並べて、女の子は無言のにらめっこをする。数分と経たないうちに、玄関の鍵が開く音がした。
お母さんの「ただいま」を聞いた瞬間、渇いた唾を飲み込んだ。
両手に買い物袋を持ったお母さんは、こっちを見ている。初めは自分を、次に机の上に視線へと移動させた。
無言はある種のとがめであった。
沈黙に耐え切れず、自分が何をしたのか白状した。最後の「ごめんなさい」の後、お母さんは鬼にはならなかった。
だが、手はずっと机の下に隠したまま、女の子はジンジンとした痛みに耐え続けた。
林檎 百々面歌留多 @nishituzura
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます