第9夜 例の話

 恋の話をしよう。

 いや、どうか。

 恋と言うものの認識は、おたくらと随分違うが、便宜上、そういうしかない、そういう話だ。

 恋というモノを、俺の記憶から掘り起こしたら、それはつまり、あの子の裸ということだ。

 いつからそうなったか、学校で習った記憶はないが、人間は服を着ている。

 社会性。

 そういうことだろう。

 それはとても美しく、悲しい事実でもある。

 もちろん、最初に体を布上の何かで覆った人間の言い分もあろう。

 防御力とか、そういう話。 

 防御力!

 なんて素敵な響きだ!

 そうは思わないかい?

 まさに防御力のおかげで恋をせざるを得ない。

 少なくとも、俺にとってはそうだ。

 ただ。

 ただ、だ。

 何も下衆い話を展開しようって訳じゃない。

 美しく言えば。

 好きな人間の全てを知りたい。

 そう言えば、少しは分かってくれるかい?

 俺は、いつもそう思っている。

 その一番分かり易い指標が、あの子の肌であり、胸であり、その、秘めたる部分な訳であり、更に言えば、唇の感触や、舌触り、どういう風にキスをして、どういう風に恥じらい、どう紅潮するのか。

 それを知りたい。

 そういう話をすると、途端に共感者が減る。

 ちなみに俺は、素面ではその手の話をしない。

 真顔で出来る話じゃないんだ、俺にとっては。

 だから、俺が間違っていてもいい。

 間違っていた方がいい。

 じゃなきゃ、独りでこんなところに居ない。 

 俺が思っている恋は、そこに挙げた通りだ。

 そうじゃない方の恋は。

 お伽の国の、お菓子の家に等しい。

 だがしかし。

 悲しいことに俺はそれを食べたことがない。

 あんたはどうだい?

 もうこの歳になっちゃあ、お菓子は食べられない。

 二択なら、酒に手が伸びる歳だ。

 だから、おれにとっちゃあ、みんなが話す恋の思い出話なんて、寓話のドラゴンと同じだ。

 在るっちゃあ、在るんだろうが、俺にはもう一生縁のない代物ってこと。

 マーグの話はしたよな?

 あれは、過ぎ去りし恋の話をしたんじゃない。

 あれが、芽生えだったという話だ。

 マーグを秘密の場所に誘ったのは、例えば手を握りたかった、例えば、マーグの首筋に顔を埋め、その首に唇を押し当てたかった。

 漠然とだが、出来ることなら柔らかな五月の日差しの下で、裸で抱き合いたかった。

 もちろん、その当時の感想だが。

 あれ以来、興味をそそられた女は、全てを知りたくなる。

 勘違いしないで欲しいのは、そう思う、それだけのことだということ。

 俺は犯罪者じゃない。

 相手の心をへし折って我儘を通したいんじゃない。

 当然、相手のことを思って眠れない夜を過ごしたこともある。

 一般的には、不純な妄想で。

 それでも、相手の気持ちを無視しちまえば、欲しいものは絶対に手に入らないどころか、誰かに殺して欲しいと思うほどの虚しさを、抱えるだろうことぐらい、想像する頭はある。 

 俺が欲しいのは、相手に、あなたを知ることを許して欲しいという許可なのだ。

 止めよう。

 この話。

 どこまで言っても、俺の性欲の話でしかない。

 今日は鳥がいないから、変な話になっちまった。

 でも…またするかもな。

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